↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宝町怪異相談 ~働く人の怪異をほどく、神宝町の拝み屋~  作者: K3/KASANE
神の花嫁

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/100

第5話「神の花嫁」

ここまでは、潜入の話。


 露見は、あっけなかった。


 夜、帳面をもとの場所へ戻しに、あるじの部屋へ忍んだときだった。


 襖を開けると、暗がりに、マリアが座っていた。


 まるで、待っていた、というふうに。


 如水は、動けなかった。


 逃げ道を探すより先に、女が、静かに口を開いた。


「府警の方でしょう」


 咎める色は、なかった。


 怒りも、恐れも。


 ただ、事実を確かめるだけの、水のような声だった。


 如水は、答えなかった。


 答える必要も、なかった。


 女の目は、初めから、何もかも、知っていた。


「三人目の刑事さんも、そこに座っておいででした。あなたと、そっくり同じ顔で」


 三人目。


 戻らなかった、あの男。


 如水の背を、冷たいものが伝った。


 ここで、消されるのか。


 そう身構えた如水に、マリアは、ただ、微笑んだ。


 笑うと、目が、消えた。


「お引き止めは、しません。神は、選んだ方だけを、お留めになる。あなたは——選ばれなかった」


 門は、開いていた。


 最初から、鍵などかかっていなかったのだと、如水は今さらのように思い出した。


 閉じ込められていたのではない。


 出ようとする理由のほうを、この家が、少しずつ、溶かしていただけだった。


 坂を下りながら、如水は、幾度も振り返った。


 上の家は、杉の梢の上で、白く、静かに、里を見下ろしていた。


 何も、追ってはこなかった。


 府警に戻ると、如水は、堰を切ったように喋った。


 洗脳。


 監禁。


 戻らぬ娘たち。


 数の合わぬ名簿。


 上司は、渋い顔をした。


 物証がない。


 奇跡だの、消える娘だのは、調書には書けん。


 だが、警官が一人戻らぬ以上、放ってはおけなかった。


 潜入は、そこで打ち切られた。


 次は、表から行く。


 令状を取り、家宅を検(あらた)め、人を挙げる。


 オカルトとしてではなく、事件として。


「これは、事件だ」


 如水は、自分に言い聞かせるように、言った。


「神じゃない。人の仕業だ。人の仕業なら、証拠が残る。証拠が残るなら、必ず、挙げられる」


 久しぶりに、地に足がついた心地がした。


 無音の家を出て、電話の鳴る、雑然とした、人くさい世界へ、戻ってきたのだ。


 ここでなら、戦える。


 奇跡は、犯罪に翻訳できる。


 花嫁は、ただの女に、引きずり下ろせる。


 頭の中で、如水は、種を並べ直した。


 臥せった老婆は、初めから歩けたのだ。


 火事は、乾いた季節の、確率にすぎない。


 無音は、躾(しつけ)だろう。


 喋るな、音を立てるな、と刷り込めばいい。


 数の食い違いは、人を入れ替えて見せる、手妻(てづま)の類(たぐい)だ。


 帳面に始まりが無いのは、古い頁を、抜いたか、燃やしたからだ。


 ——一つずつ、そう翻訳していけばいい。


 まだ解けない結び目も、いずれ、ほどける。


 ほどけない結び目など、この世に、無いのだから。


 ただ一つ。


 あの一行だけが、どうしても、種に落ちなかった。


 誰が、最初に言ったのか。


 それだけは、どう頭をひねっても、人の手の跡に、還(かえ)らない。


 如水は、その引っかかりを、頭の隅へ押しやった。


 あとで、いい。


 まずは、挙げられるところから、挙げる。


 如水は、机に向かい、潜入のあらましを、報告書に書き起こしていった。


 一枚、また一枚。


 乾いた文体で、見たままを記す。


 無音のこと。


 数の食い違い。


 帳面のこと。


 ペンが、滑らかに走った。


 最後の行を締めくくろうとして——如水は、ふと、自分の手元に、目を落とした。


 調書の末尾に、几帳面な、自分の字で、こう、書かれていた。


 《神は花嫁を選ぶ。》


 書いた覚えは、なかった。


 戻ってきたはずの三人が、取調室で、同じことをした。


 里を出て、幾日も経ってから、指が、勝手に、あの一行をなぞった。


 ——如水は、ペンを、握りしめた。


 世界は、まだ、人の側にある。


 そう言い聞かせたそばから、言葉のほうが、先に、ついてきていた。


 坂を、下りきってなど、いなかった。


ここからは、捜査の話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。