第4話「神の花嫁」
数えるほどに、合わなくなる。辿るほどに、最初の一人へ届かない。
選ばれた娘は、三人のはずだった。
府警に持ち込まれた訴えを、如水は諳んじていた。
坂の下の里から、上の家へ登ったきり戻らぬ娘。
ハナ、ユキ、それにもう一人——三人。
母親たちが交番に泣きついた数だ。
間違えようがない。
だが、上の家に、年若い娘は、二人しかいなかった。
白い衣の中に紛れて、如水は幾度も数えた。
粥をすする列。
井戸端に立つ影。
夜、広間に伏せる背。
どこをどう数えても、若い女は、二人だった。
一人、足りない。
里が三人と言い、家には二人しかいない。
残る一人は、どこへ消えたのか。
消えたのなら、まだいい。
事件になる。
骨でも、跡でも、探しようはある。
如水を凍らせたのは、そこではなかった。
翌る朝、もう一度数えると、娘は、三人いた。
昨日いなかった顔が、当たり前のように、井戸端で水を汲んでいた。
誰も、新しく来たとは言わない。
ずっといた、という顔をしている。
如水は、その娘に近づき、いつ坂を登ってきたのかと尋ねた。
娘は、少し首をかしげて、微笑んだ。
「わたし、ずっと、ここにいます」。
声は、ほとんど、聞こえなかった。
数が、合わない。
人が、増えたり減ったりしているのではない。
数えるたびに、答えのほうが変わる。
二人だったものが三人になり、また二人に戻る。
まるで、数えるという行いそのものを、この家が、嫌っているかのようだった。
数が辿れないなら、言葉を辿ればいい。
如水は、井戸端の女に、そっと訊いた。
神の花嫁の話は、誰から聞いたのかと。
女は、迷いなく答えた。
奥の間の、年かさの信者からだと。
その者を訪ね、同じことを訊いた。
わたしは、門番の娘から。
門番の娘は、粥を配る男から。
粥を配る男は、また別の誰かから。
——如水は、幾人も辿った。
指を折るように、口づてに、人から人へ。
だが、辿った先が、いつのまにか、最初に訊いた井戸端の女へ、戻っていた。
輪だ。
誰も、外から持ち込んでいない。
この家の中で、言葉だけが、ぐるぐると巡り、誰の口から始まったのかを、誰も知らない。
訊かれた者は、みな、同じ顔をした。
少し首をかしげ、それから、微笑む。
「さあ……いつのまにか、知っていました」。
声は、ほとんど、聞こえなかった。
この家にも、帳面はあった。
信者の名を連ねた、古い和綴じの一冊。
あるじの部屋の隅に、無造作に積まれていた。
夜、皆が寝静まってから、如水はそれを開いた。
名が、並んでいた。
墨の色が、上へ遡るほど、古い。
何十年分か、と思うほどの厚みだった。
如水は、いちばん新しい頁から、指で名をなぞって、遡っていった。
誰が、この家を始めたのか。
いちばん最初に、ここへ登った者は、誰なのか。
それが分かれば、「神の花嫁」を最初に名乗った人間に、たどり着ける。
だが、遡っても、遡っても、最初の頁が、来ない。
厚みは、指の下で減っていくのに。
あと少し、と思うたび、まだ、先があった。
墨は褪せるばかりで、始まりに届かない。
如水は、いちど数えた頁を、もう一度、数え直した。
数が、合わなかった。
さっきより、増えていた。
そして、どの名の脇にも、同じ一行が、添えられていた。
《神は花嫁を選ぶ。》
筆跡は、みな違う。
何十、何百の、別々の手だ。
それなのに、一字も、狂っていない。
墨の褪せた、いちばん古い頁にも、それは、あった。
誰かが最初に書き、皆が倣ったのなら、辻褄は合う。
だが——その、最初の一行が、どこにも、無い。
いちばん古い頁にも、言葉は、もう、書かれていた。
まるで、帳面よりも先に、その言葉のほうが、あったかのように。
如水は、帳面を閉じた。
誰が最初に言ったのか。
辿ろうとするたびに、道が、一歩ずつ、後ろへ伸びる。
追いつけない。
追いつくべき先が、初めから、無い。
「……どこにも、いない」
最初の一人が、どこにも、いなかった。
どこか壊れています。ブクマして、一緒に数えていただけたら。




