表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宝町怪異相談 ~働く人専門の拝み屋は、怪異の奥にある事情を読む~  作者: KASANE
夜の踏切(全4話)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/70

第3話 向こう側

妖でも、霊でもありませんでした。


もっと古いものでした。

そして、月に一度、来ないはずの列車が来ます。


第3話です。


祓えるんですか、と私は訊いた。


慈恩さんは、首を横に振った。


祓うものが、いないんです、と。


あの踏切には、妖も、霊も、憑いていない。


慈恩さんは調べ物に何日かかけて、図書館で古い地図を借り、土地の年寄りに話を聞いて回った。


あの場所は、線路が敷かれるずっと前、街道の辻だったそうだ。


もっと前は、浅い川の渡しだった。


行き倒れを葬った塚が、あったともいう。


米屋の隠居のばあさんは、子どものころ、親にこう言われて育ったと話した。


あそこは、日が落ちたら渡るんじゃない。


用もないのに立ち止まるんじゃない——理由は、親も知らなかった。


ただ、代々、そう言い伝えるのだそうだ。


昭和のはじめまで、誰かが季節ごとに、あの角に花を供えていたという話もあった。


誰のための花かは、もう誰も覚えていない。


つまり、あそこは昔から、境だった。


こちらとあちらの、あいだ。


慈恩さんは、それを古い言葉で、境界さかいと呼んだ。


人が「生きる」と「死ぬ」のあいだで迷うとき、迷った魂が立つ場所は、いつの時代も、決まっている。


辻。


橋。


渡し。


そして、いまは——踏切。


「死にたい」と一度だけ思って、誰にも言わなかった魂が、夜ごと、無意識に、あそこへ並ぶ。


切符を持って、順番を待つように。


本人は知らない。


家族も知らない。


会社も学校も知らない。


あの主婦の家では、夫が隣の布団で眠っている。


中学生の部屋の前を、母親が夜中にそっと通って、寝顔を確かめて、安心して戻る。


その寝顔の持ち主が、そのあいだ、線路の上に立っている。


誰も知らない。


守っているつもりの家族の、その腕の中から、魂だけが、毎晩、律儀に通う。


慈恩さんはそれを、通勤みたいなものです、と言った。


冗談の口調ではなかった。


怖いのは、と慈恩さんは続けた。


並ぶだけなら、まだいいんです。


並ぶ日数が増えるほど、昼の側が、痩せていく。


魂が夜ごとあちら側に立つぶん、生きてる側に持って帰れるものが減るんです。


最初は、笑わなくなる。


それから、眠れなくなる。


会社を辞める。


学校へ行けなくなる。


最後は——誰にも、相談しなくなる。


私は、この秋の町の噂を、ひとつずつ思い出していた。


辞表の営業マン。


無断欠勤の教師。


失踪した職人。


前から様子がおかしかった、笑わなくなっていた、誰も理由を聞けなかった。


あれは、列の古株たちだったのだ。


そして、月が変わる最初の新月の晩に、わたしは、あれを見た。


いや、正しくは、わたしには見えなかった。


終電が行ったあとの、午前一時過ぎだった。


ダイヤには、もう何もない。


なのに、警報機がひとりでに鳴りはじめた。


カン……カン……カン……。


遮断機が下り、レールが、遠くから、鳴りはじめた。


細く、高く、震えるように。


電車が近づくときの、あの音だ。


風が来た。


砂埃が舞って、わたしの帽子を飛ばした。


轟音が、目の前を通過していった。


——何も、見えないままで。


隣で、慈恩さんだけが、開いた目でそれを見ていた。


あとで聞いた。


灯りのない列車だったそうだ。


窓は暗く、行き先の表示もなく、ただ、一両だけ、内側にぼんやり明かりのある車両があった。


乗っている客は、ひとり。


列の先頭に立っていた、金物屋の隠居と——同じ顔をした、誰か。


列車が停まりもせずに通り過ぎたとき、先頭の隠居の姿が、ふっと、消えた。


迎えに来たのが自分で、乗って行ったのも自分だった、と慈恩さんは言った。


翌朝、金物屋の隠居が、自宅で亡くなっているのが見つかった。


警察は、事件性なし、とした。


町の人は、歳だったから、と言った。


わたしと慈恩さんだけが、日付を数えていた。


慈恩さんが役場や寺で確かめると、この半年、町では月にひとり、同じような亡くなり方が続いていた。


先々月は、辞表を出したあの営業マンだった。


どの月も、新月の晩の、翌朝だった。


毎月、一人ずつ。


列の先頭から、順番に。


列は、二十九人になっていた。


そして、新しい先頭には、若い女の人が立っていた。


二十代の、会社員。


毎朝七時十二分の上りに乗る、経理の子だ。


改札で、小さく会釈をしてくれる子だった。


三年前、この駅を使いはじめたころは、友だちと二人で、よく笑いながらホームに立っていた。


いつからか、ひとりになった。


いつからか、会釈が浅くなった。


この頃は、目も合わなくなったな、と思っていた子だった。


順番に思い出せてしまうことが、こわかった。


壊れていくところを、わたしは毎朝、改札越しに見ていたのだ。


何も、気づかないままで。


その晩、慈恩さんは、初めて遮断機の内側へ入った。


魂の列は、生きた人間が割り込んでも、身じろぎひとつしなかった。


慈恩さんは先頭の彼女の横に並んで、同じ方向——線路の先の闇を、しばらく一緒に眺めた。


それから、世間話のような声で、訊いた。


「誰を待ってるんですか。



列に並ぶ魂は、誰も口をきかない。


それまで、ひとりも、一度も。


でも、彼女の唇だけが、そのとき、かすかに動いた。


夜気に溶けそうな、細い声だった。


「私が、来るのを。



わたしは、遮断機の外で、その声を聞いた。


意味が分かるまでに、少しかかった。


分かった瞬間、腹の底が冷えた。


あの列車を、思い出したからだ。


隠居を乗せて行った、隠居と同じ顔の乗客。


彼女は——彼女たちは、三十人が三十人とも、誰かに殺されるのを待っているのではない。


連れて行かれるのを待っているのでもない。


いつかの夜、自分自身が、自分を迎えに来る。


その一本を、毎晩、あそこで待っている。


次の新月まで、あと二十六日だった。

列の先頭は、毎月、自分が迎えに来ます。

拝み屋が何をするのかは、最終話で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ