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神宝町怪異相談  作者: KASANE
雷獣

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【雷獣は、誰の味方か】 第1話 国からの依頼

一週間で、全国十二か所に落雷。全部快晴、全部避雷針無視、死者はゼロ。

国が、看板もない雑居ビルの拝み屋を訪ねるお話です。全4話の第1話です。

国家の危機というものは、たいてい、静かに始まる。


最初の一件は、七月の初めだった。


北の火力発電所に、雷が落ちた。


雲一つない、快晴の空から。


雷は避雷針を無視し、二号機の制御系だけを焼いた。


電力会社は、「設備の経年劣化」と発表した。


その時点では、誰も気に留めなかった。


三日後。


山あいのダム管理棟に、二発目が落ちた。


翌日は、航空自衛隊基地の燃料施設。


その次は、新幹線の変電設備。


港の製油所。


大手食品会社の物流倉庫。


一週間で、十二か所。


すべて快晴。


すべて、施設の急所だけを正確に焼いた。


そして、死者は一人もいなかった。


怪我人さえ、ゼロ。


雷は、建物のなかにいる人間だけを、几帳面に避けていた。


落雷というものは、そんなに行儀のいい現象ではない。


官邸の地下で、深夜会議が三度開かれた。


気象庁は、「観測史上まれな晴天雷」という説明を作った。


公安は、テロの可能性を調べた。


米軍の新兵器という話まで、真顔で議題に載った。


どの説明も、一つの疑問に答えられなかった。


なぜ、避雷針ではなく、隠された設備の急所へ落ちるのか。


私は、戸倉道明。


五十四歳。


表向きは、内閣府の統計関係部署に所属している。


本当の所属は、内閣特異環境対処機構。


通称、TERA。


存在そのものを隠された、怪異を扱う役所だ。


我々は、世に出せないものを測り、封じ、別の名前をつけてきた。


天井から染み出す顔は、雨漏り。


電話線を伝ってくる死者の声は、混線。


人が消えた事案は、失踪。


私が決裁印を押せば、怪異は書類の上から消えた。


それが、国を守る仕事だと思っていた。


誇りもあった。


今回も、観測班が落雷地点を調べた。


一台目の測定器が振り切れた。


故障を疑って二台目を出す。


それも、針が端に張りついた。


気象庁の物差しでは測れない。


我々の物差しでも、上限を超えている。


原因が怪異であることだけは分かった。


だが、名前も、居場所も、目的も分からない。


十二件目の直前、気象観測カメラが、雷雲のなかに巨大な影を捉えていた。


四つ足。


推定全長、四十メートル以上。


解析結果を見た会議室から、音が消えた。


我々の危険度分類、その最上位。


さらに、その外側。


二年前、四国の山奥で、国の手に負えないものが現れた。


それと同じ棚に置かれる存在だった。


術者へ連絡すると、長い沈黙のあとで答えが返ってきた。


『雲へ上がられたら、うちでは追えません』


武力も、術も使えない。


八方塞がりになった会議で、警察の非公式な情報網から、一枚の紙が回ってきた。


神宝町。


看板のない雑居ビル。


拝み屋。


紙の端には、手書きの注意があった。


『視える。聞ける。祓える。ただし、国の言うことは聞かない』


翌朝。


私は黒塗りの公用車で、神宝町へ向かった。


梅雨が明けたばかりで、蟬がうるさかった。


商店街の裏に、古い雑居ビルがある。


エレベーターには、いつのものか分からない点検札が下がっていた。


十階まで上がり、表札のないドアを叩く。


返事はなかった。


代わりに、煙草のにおいが漏れてきた。


ドアを開ける。


よれたアロハシャツを着た男が、机に足を載せ、新聞を読んでいた。


糸のように細い目。


三十歳くらいにしか見えない。


国家の命運を託しに来た部屋には、古い扇風機が一台あるだけだった。


私は身分証を示し、持参したファイルを開いた。


顔写真と、目の前の男を見比べる。


「佐藤士恩さんですね。」


「違います。」


男は、新聞から顔も上げなかった。


私は書類を確認した。


住所。


生年月日。


顔写真。


戸籍上の氏名。


間違いない。


「しかし、こちらの資料には」


「その名前で呼んでいいのは、ぼくに飯を食わせてくれた人だけです」


男は新聞を畳んだ。


「あなたは違うでしょう」


国家機関の身分証を見ても、態度一つ変えない。


私はファイルを閉じた。


「……慈恩さん。」


「はい。それで結構です」


私は、落雷について説明した。


一週間で十二か所。


すべて快晴。


避雷針を無視。


死者なし。


ただし、発電所が二基止まり、ダムの制御系が焼けた。


基地の燃料施設も、新幹線の変電設備も使えない。


このまま続けば、電力と輸送が止まる。


国として、調査と対処を依頼したい。


報酬は、通常の規定に上乗せする。


守秘義務については――。


「めんどくさい。」


話を切られた。


「これは、国家規模の事案です」


「だからです」


慈恩さんは、湯呑みの茶を飲んだ。


「ぼくは拝み屋です。依頼人は、困っている人です」


「国民が困っています」


「いま、この部屋にいるのは、国の都合で来た役人でしょう」


細い目が、私を見た。


「国は、人間じゃありません。顔のないものの依頼は受けません」


私は食い下がった。


「すでに十二施設が損害を受けています」


「でも、死者はゼロ」


「偶然です」


「十二回続いたら、偶然とは言いません」


慈恩さんは、机へ頬杖をついた。


「人間を一人も傷つけず、施設だけを壊している。そんな行儀のいいものを、国家の都合で祓えと言われても、ぼくの仕事じゃありません」


取りつく島もなかった。


私は、ファイルの最後から、一枚の写真を抜いた。


本来なら、見せる予定のなかった資料だ。


昨夜、気象観測カメラが撮影した白黒写真。


積乱雲の底に、四つ足の巨大な影がいる。


その下に、給水塔と、商店街のアーケードが写っていた。


神宝町の空だった。


慈恩さんの視線が、写真に止まった。


面倒そうな笑みが消える。


糸のような目が、わずかに開いた。


扇風機は、変わらず首を振っていた。


それなのに、部屋の空気だけが、急に冷えた気がした。


「これ、いつです」


「昨夜の二十三時十分です」


「いまも、上に?」


「雲は、神宝町上空に停滞しています」


慈恩さんは立ち上がった。


アロハシャツの上から、くたびれた上着を羽織る。


「依頼を受けていただけますか」


「国の依頼は受けません」


写真を手に取り、ドアへ向かう。


「では、なぜ」


慈恩さんは、一度だけ振り返った。


「……案内してください。依頼人は国じゃなくて、この町です」

拝み屋は、国の依頼は受けませんでした。町の空の写真、一枚で立ち上がりました。

雲の中にいるものの正体は、第2話で。

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