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燃えカスの守り人 外伝  作者: K3
燃えカスサッカー

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16/16

相談屋さん

——菜々子

つぎの朝、わたしは、おとなりのビルに行った。

 

 うちのお店の、となり。

 

 十階だてのビル。

 

 ジオンさんの事務所は、いちばん上。

 

 エレベーターのボタンに、手をのばす。

 

 とどかない。

 

 せのびしても、十のボタンは、すこしたかい。

 

 もういちど、せのびする。

 

 指の先が、やっととどいた。

 

 ぽん。

 

 ボタンが、ひかった。

 

 エレベーターが、ゆっくり上がっていく。

 

 かいだんの数字が、ひとつずつふえていく。

 

 一、二、三。

 

 むねが、どきどきした。

 

 大人のところへ、ひとりで行くのは、はじめてだった。

 

 十。

 

 とびらが、ひらく。

 

 うす暗い、ろうかだった。

 

 いちばん奥のドアに、ちいさな札がかかっている。

 

「相談屋 ジオン・オフィス」

 

 わたしは、ドアを、こんこん、とたたいた。

 

 へんじが、ない。

 

 もういちど、たたく。

 

「……開いてますよ」

 

 なかから、声がした。

 

 ねむそうな、声。

 

 ドアを、あける。

 

 たばこの、匂いがした。

 

 ううん。

 

 匂いが、した気が、した。

 

 煙が、見えたから。

 

 だから、匂うはずだと、思っただけ。

 

 よく、かいでみると。

 

 へやのなかは、ふしぎと、なんの匂いも、しなかった。

 

 へやのなかは、ものが、いっぱい。

 

 本とか、紙とか、よくわからないものが、つみあがっている。

 

 まどぎわの机に、おにいさんより、ずっと大人の男の人がいた。

 

 糸みたいに、ほそい目。

 

 たばこを、もっている。

 

 けむりが、まっすぐ上にのぼって、天井のあたりで、すうっと消えていく。

 

 ジオンさんだ。

 

「……お、中野さんとこの、ちびっこじゃないですか」

 

 ジオンさんは、わたしを見て、ちょっと、めをほそめた。

 

「どうしました。お父さんのおつかい?」

 

「ちがう」

 

 わたしは、首をふった。

 

「あのね、おねがいが、あるの」

 

「おねがい?」

 

 ジオンさんは、たばこを灰皿においた。

 

「めずらしいですね。ちびっこが、ひとりで来るなんて」

 

 わたしは、こくり、とうなずいた。

 

 ジオンさんは、いすに、ふかくもたれた。

 

「で、なんですか。おねがいって」

 

 わたしは、いっしょうけんめい、はなした。

 

 公園の、植え込みのこと。

 

 その奥に、おにいさんが、いること。

 

 まいにち、おちゃをもっていってること。

 

 でも、おにいさんは、そこから出てこないこと。

 

 長そでを、着てること。

 

 けがをしてるのに、ころんだ、ってうそをつくこと。

 

 はなしは、あっちこっちにとんだ。

 

 じぶんでも、うまくせつめいできなかった。

 

 でも、ジオンさんは、だまってきいてくれた。

 

 わたしが、はなしおわると、ジオンさんは、すこしだまった。

 

 それから、言った。

 

「で。ぼくに、なにを、してほしいんですか」

 

 わたしは、はっとした。

 

 そうだ。

 

 わたしは、ジオンさんに、なにをしてほしいんだろう。

 

 たすけて、って言いに来た。

 

 でも、どうやって、たすけてほしいのか。

 

 それは、じぶんでも、わからなかった。

わたしは、こまった。

 

 なにをしてほしいか、じぶんでもわからない。

 

 でも、なにか言わなきゃ。

 

「えっと。おにいさんを、たすけてほしいの」

 

 ジオンさんは、ふうん、と鼻でわらった。

 

「たすける、ねえ」

 

 たばこのけむりを、はいた。

 

「ぼく、そういうの、やってないんですよ」

 

「やってないの?」

 

「相談屋ですからね。話を、きくだけ」

 

 ジオンさんは、いすにもたれたまま、うごかない。

 

「それに、頼まれてないですし」

 

「いま、たのんだよ」

 

「きみに、じゃなくて。そのおにいさんに、ですよ」

 

 わたしは、わからなくなった。

 

「おにいさんが、たのまなきゃ、だめなの?」

 

「まあ、ふつうは、そうですね」

 

 ジオンさんは、めんどくさそうに、目をつむった。

 

 もう、おしまい、っていうかんじだった。

 

 わたしは、どうしよう、と思った。

 

 でも、ここで、かえったら。

 

 おにいさんは、ずっと、あのまま。

 

 ずっと、植え込みの、奥。

 

 わたしは、ぎゅっと手をにぎった。

 

「おにいさんは、たのめないの」

 

 ジオンさんのまゆが、ちょっとうごいた。

 

「たすけて、って言えないの。言ったら、まけだと思ってるから」

 

「……へえ」

 

「だから、わたしが、かわりに、たのみに来たの」

 

 しん、と、なった。

 

 ジオンさんは、目をあけた。

 

 糸みたいな目が、ほんのちょっとひらいた。

 

 わたしを、じっと見ている。

 

 なにか、かんがえてるみたいだった。

 

「……まいったな」

 

 ジオンさんは、あたまをかいた。

 

「そういうの、いちばん、ずるいんですよね」

 

「ずるい?」

 

「いや。こっちの話です」

 

 ジオンさんは、ながいためいきを、ついた。

 

 それから、のっそりと立ち上がった。

 

「……めんどくせぇ」

 

 ちいさく、そう言ったのが、聞こえた。

 

「ちょっと、見に行くだけ、ですよ。たすけるとは、言ってません」

 

「うん!」

 

 わたしは、うれしくて立ち上がった。

 

 ジオンさんは、たばこを消した。

 

 うわぎをはおって、ドアのほうへ歩いていく。

 

「案内、してください。その、植え込み」

 

「うん!」

 

 わたしは、さきにドアをあけた。

◆◇

 

公園に、ついた。

 

 お昼すぎの、いつもの時間。

 

 だれも、いない。

 

 わたしは、植え込みを指さした。

 

「あそこ。あの、奥に、いるの」

 

 ジオンさんは、立ちどまった。

 

 植え込みまで、まだずいぶんある。

 

 そこから、うごかない。

 

「ちかくに、行かないの?」

 

「いいんですよ、ここで」

 

 ジオンさんは、目をほそめて、植え込みのほうを見た。

 

 ただ、見ている。

 

 じっと、見ている。

 

 なにを、見てるんだろう。

 

 わたしには、ただの、植え込みにしか、見えない。

 

 でも、ジオンさんの目は、なにかべつのものを見ているみたいだった。

 

 しばらく、ジオンさんは、だまっていた。

 

 それから、ちいさくつぶやいた。

 

「……へえ」

 

「なに?」

 

「いや」

 

 ジオンさんは、すこしわらった。

 

 いつもの、めんどくさそうな顔とちがった。

 

 なにか、おもしろいものを見つけた、みたいな。

 

「……もったいない、ですね」

 

「もったいない?」

 

「こんなところに、置いとくには」

 

 わたしには、いみがわからなかった。

 

 ジオンさんは、それ以上なにも言わなかった。

 

 かわりに、たばこを、もう一本くわえた。

 

 火は、つけない。

 

 ただ、くわえたまま、植え込みのほうを見ている。

 

 それから、ちいさな声で、なにか言った。

 

 ことばじゃ、ないみたいだった。

 

 おまじない、みたいな。

 

 わたしには、聞きとれなかった。

 

 風が、ふいた。

 

 植え込みの葉が、さわさわ、とゆれる。

 

 それだけだった。

 

 なにも、起きなかった。

 

「……はい。おわり」

 

 ジオンさんは、たばこをポケットにしまった。

 

「え?」

 

「厄除け、しときました」

 

「やくよけ?」

 

「おまじないみたいなもんです。気休めですよ」

 

 わたしは、きょとんとした。

 

 厄除けって、なに?

 

 それで、おにいさんが、たすかるの?

 

「これで、おにいさん、げんきになる?」

 

「さあ。どうですかね」

 

 ジオンさんは、はぐらかすように、そう言った。

 

「ぼくは、なにも、してませんよ。ただの、気休めです」

 

 わたしは、なんだか、もやもや、した。

 

 わざわざ、来てくれたのに。

 

 見ただけ。

 

 おまじない、しただけ。

 

 おにいさんは、まだ、植え込みの奥。

 

 なにも、変わってない。

 

 帰り道、ジオンさんは、ずっと、だまっていた。

 

 わたしも、だまっていた。

 

 ほんとうに、これで、いいのかな。

 

 でも、ひとつだけ、きになることがあった。

 

 ジオンさん、植え込みを見て、「もったいない」って言った。

 

 あれ、どういう、いみだろう。

 

 おにいさんのこと、なのかな。

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