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武野紹鷗って誰  作者: shoundo
第四章 紹鷗の茶室と茶道具
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第四章 第六節 紹鷗棚と紹鷗水指棚

息子:紹鷗(じょうおう)棚(だな)って大小2種類あるの?


母:紹鷗(じょうおう)棚(だな)と紹鷗(じょうおう)水指(みずさし)棚(だな)のことですね。

まず大きい方は「紹鷗水指棚」と言います。当初は単に「水指棚」と呼んでいました。その後、片桐(かたぎり)石州(せきしゅう)・小堀(こぼり)遠州(えんしゅう)・一(いっ)灯宗室(とうそうしつ)の好み物で水指棚が登場したことで、この水指棚を特に「紹鷗水指棚」と呼ぶようになります。

『茶道(ちゃどう)望月集(ぼうげつしゅう)』に「紹鷗の水指棚といふもの有、是は四方共、棚木地板にて中棚もある、両脇上下の四所に茶碗すかしとて、志野袋棚の香ざまのごとく成すかし有」とあります。


息子:小さい方の「紹鷗棚」というのは?


母:「紹鷗棚」は、袋棚の一種です。特に「紹鷗袋棚」と呼ぶ場合もあります。村田(むらた)珠光(じゅこう)の弟子の鳥居引(とりいいん)拙(せつ)が使用した「引(いん)拙(せつ)棚(だな)」を、武野紹鷗が改良して「紹鷗棚」を作りました。

「引拙棚」は溜(ため)塗(ぬり)、「紹鷗棚」は春慶塗(しゅんけいぬり)です。


息子:鳥居引拙はどんな人?


母:鳥居引拙は、山上宗二(やまのうえそうじ)著『山上(やまうえ)宗二記(そうじき)』に「茶湯物ノ数寄者ハ古今ノ名人ト云、珠光ならびに引拙、紹鷗也」と言われるほどの名人です。

名人の由来は、「引(いん)拙(せつ)名物(めいぶつ)」として30種ほど道具を所持していたためです。引拙棚は、この引拙名物を飾るために考案した袋(ふくろ)棚(だな)です。


息子:もう少し「紹鷗棚」のことを教えてくれる?



母:『茶道筌蹄(ちゃどうせんてい)』に「紹鷗棚 古名紹鷗袋棚と云ふ、今の紹鷗棚の事なり、紹鷗所持はやりかんなの木地、引違へのフスマの大縁は萌黄地古金襴、小縁は金地古金襴、南蛮サハリ水指添ふ、山中栄三郎所持、鴎の歌に、我名をは大黒庵と云ふなれば袋棚にそ秘事はこめけり」とあります。

炉(ろ)の点前でのみ用いる棚で、水(みず)次(つぎ)で水をつぐ時や柄杓(ひしゃく)で水を掬(すく)う時は、平水指(ひらみずさし)が襖(ふすま)から半分出ている状態、地板(じいた)いっぱいまで水指を出して行います。


息子:結構、特殊なことをする棚なんだね。


母:紹鷗棚に関しては、武野紹鷗著『紹鷗(じょうおう)袋(ふくろ)棚記(だなき)』に「ふくろだなの習」として詳しく出ています。

以下、武野(たけの)宗延(そうえん)著『利休の師 武野紹鷗』にある「紹鷗袋棚記」を元に訳をしてみましょう。

始めに「袋棚の置き方」が書いてあります。

 原文「ゆるりのすみより八寸のけて置也。但置所のさきのつかへざるところは、さきつめておくもよし。たなを置くたたみのへりの上一ぱいに置也。勝手の方はあまり次第に置也。」

訳「炉縁から八寸分ずらして置きます。但し、狭い場所では、八寸に拘らず、畳のへりの上いっぱいに置きます。勝手口に置く場合は、うまく調整しましょう。」


息子:基準は炉縁なんだね。ちなみに「ゆるり」というのは炉縁のことなの?


母:正確には「囲炉裏(いろり)」を指します。茶道で囲炉裏は炉に相当するので、このように訳しました。

では、次に進みましょう。

原文「袋棚にて茶立る時 ちゃ入れ茶碗をもとりおろし 水指の所に置合 ひしゃくをなおし さて茶わんを茶立る所へなをし さて茶入をとりてぎんじて すぐに水指の所へもなをす也」

訳「抹茶を点てる時は、まず茶入と茶碗を降ろして水指と置き合わせ、柄杓を蓋置へ置きます。茶碗を正面に置き、茶入から抹茶を掬い、再び水指と置き合わせます。」


息子:濃茶のことを述べているね。



母:濃茶(こいちゃ)に対する薄茶(うすちゃ)の語が生まれたのは、1532年~1555年頃です。紹鷗の時代、「濃茶」を練(ね)ることが真(しん)の茶とされていました。その後、利休が侘び茶(わびちゃ)における真(しん)の茶は「薄茶」を点てることだとして、今日に伝わっています。

原文「ふくろだなの置あわせは 茶入わん下のたなにおき ひしゃくは 上のたかき棚に置也 ふた置を其わきに置也 いずれもおきように習ある事也」

訳「道具を荘る場合、茶入と茶碗は地袋の上に、柄杓と蓋置は天板の上に置きます。また置き方にも作法があります。」


息子:紹鷗は薄茶を点(た)てなかったということ?


母:どうでしょうね。ただ「棗(なつめ)」は、文献上『天王寺屋(てんのうじや)茶会記(ちゃかいき)』の永(えい)禄(ろく)7年(1564年)に津田宗(つだそう)達(たつ)の茶会で用いられたのが初出(しょしゅつ)です。

原文「茶入ばかりを下のたなにも一ッ置事あり 茶たつる時は水こぼしもちて出る也」

訳「茶入だけ地袋の上に置く場合、抹茶を点てたら、建水は水屋へ下げます。」

原文「さゝく ちゃきん ちゃ入ふた たなにも置也 おき所は下のだんのたなの右わきに置也 茶入の袋は上の天井の左の方の置也」

訳「茶筅、茶巾、茶入の蓋は、地袋の上の右わきに、仕覆は天板の左に置きます。」

原文「水さし初より一の下のだんにおきあはする物也」

訳「水指は、最初から地袋に入れておきます。」


息子:この辺は、道具の置き方の説明だね。


母:そうですね。このように棚に茶道具を置き合わせるのは、「書院の七所飾」からきているのでしょうね。

「書院の七所飾」は『太平記(たいへいき)』によると、佐々木(ささき)導(どう)誉(よ)が南朝方(なんちょうがた)の軍勢に攻められて都落ちするとき、茶道具一式を飾りつけ、寄せ手の将に一献(いっこん)をすすめたことがその始まりです。その時は、本尊(ほんぞん)・脇(わき)絵(え)・花瓶(かびん)・香炉(こうろ)などの茶道具、 また王羲之(おうぎし)の草書(そうしょ)の偈(げ)と韓退之(かんたいし)の文を対幅(ついふく)にしたものを飾りました。

足利(あしかが)義(よし)政(まさ)の時代、村田珠光や能阿(のうあ)弥(み)らが「書院の七所飾」を参考に「書院の台子飾(だいすかざり)」として台子の寸法や茶式(ちゃしき)を決めています。

台子(だいす)の起源は、喜多村信節(きたむらのぶよ)著『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』によると、1267年、南浦紹明(なんぽしょうみょう)が宋(そう)の径山寺(きんざんじ)から持ち帰ったものが崇福寺(そうふくじ)→大徳寺(だいとくじ)→天竜寺(てんりゅうじ)の夢(む)窓(そう)疎(そ)石(せき)と渡り、点(てん)茶(ちゃ)に使用したのが始まりです。台子の記述が始めて登場する茶会記としては、1537年の松屋家(まつやけ)著『松屋会記(まつやかいき)』です。


息子:台子の点前は、利休の時代、秘伝だった気がするけれど。


母:「台子(だいす)七人(しちにん)衆(しゅう)」のことですね。豊臣秀吉は利休の台子点前を秘伝として、豊臣(とよとみ)秀(ひで)次(つぐ)・蒲生(がもう)氏(うじ)郷(さと)・細川三斎(ほそかわさんさい)・木村重茲(きむらしげこれ)・高山(たかやま)右近(うこん)・瀬田掃部(せたかもん)・芝山(しばやま)監物(けんもつ)の7人にしか伝授しませんでした。以後、台子点前は高尚(こうしょう)な点前となり「奥秘(おうひ)十二段(じゅうにだん)」として現在も一般には伝授されない点前になっています。

「奥秘(おうひ)十二段(じゅうにだん)」は、草之草(そうのそう)・草之行(そうのぎょう)・草之真行(そうのしんぎょう)・草之真(そうのしん)・行之草(ぎょうのそう)・行之行(ぎょうのぎょう)・行之真草(ぎょうのしんそう)・行之真(ぎょうのしん)・真之草(しんのそう)・真之行(しんのぎょう)・真之行草(しんのぎょうそう)・真之真(しんのしん)のことです。このうち、行之行(ぎょうのぎょう)(乱れ)と真之行(しんのぎょう)(真台子)は、割と一般化していますね。


息子:話を紹鷗(じょうおう)袋(ふくろ)棚記(だなき)に戻しましょう。


母:原文「茶入をたなの上に置事習也 かうろを置 客人にかうろも所望し 又ていしゅもかうをいれんため也 其時はすみいれの火ばしをもいれんためにすみいれを置事也 さてこうろをとり入れ 茶わんにてもちゃ入にても置かゆる也 こうろはくわいせきの前に置合る也」

訳「茶入を棚の上に置きます。香炉を置いた場合、客は香炉を所望し、亭主はお香を炉に入れます。その時、火箸も使うので炭斗が必要です。香炉は懐石前に置き合わせ、点前の間はしまいます。」

原文「袋棚一の上の所には羽ばうき かうばこ かまのくはんなどとり合 何にても二色置べし 但香箱は一ッも置也 たきようはまん中にも置 又さきへもよせておく時は 羽ばうきはすぐに置事よし まん中に置時はゆがめて置也 たびたびのすき出す時は ちと又すぐにも置合る也」

訳「棚の天板には羽箒、香合、釜鐶などを2種類置きます。但し、香合は1つだけでも良いです。火にくべる香の入った香合は、天板の中心に置き、香合を天板の角にずらす時は、羽箒を香合の近くに置きます。香合を天板の中心に置く場合は、羽箒はずらして置き、使かった後は、すぐ置き合わせます。」

原文「袋棚をおくに まづさきのつかへたる時は ゆるりへちかきによって 水指の前に茶入 ちゃせん 茶わん置事ならぬにより 其時はたなの中のしきりのとをりを 茶入 ちゃわん 茶せん置時 しきりをまん中にして 茶入茶碗茶せんを置て 茶過てとりおく時も その所へ茶入わんなどを置事也」

訳「狭い茶室で袋棚を置いた場合、炉の方へ体を寄せると、水指の前に茶入、茶筅、茶碗を置くスペースがありません。そこで、地袋のしきりを中心に茶入、茶筅、茶碗を置き、点前が済んだら、再び地袋の前に置きます。」


息子:狭くても、地(じ)袋(ふくろ)の中に入れたりしないんだね。


母:地袋の戸は、基本的に右側を開いて水指が少し出るため、始めから左側に物を入れても取り出せませんが、点前の後の拝見の際、蓋置(ふたおき)と柄杓(ひしゃく)を左側に入れます。

また、現在の裏千家の点前では、茶筅(ちゃせん)などを水指の前に置くことはないです。


息子:紹鷗時代は今と違って、茶入、茶筅、茶碗を水指の前に置いたんだね。


母:水指の前に置いたのは、炉の大きさや茶室の広さによったのではないかと思います。

炉の大きさは、『南方録(なんぽうろく)』に紹鷗と利休が相談して一尺(いっしゃく)四寸(よんすん)に決めたとあります。この『紹鷗袋棚記』を書いたのが天文18年(1549年)なので、まだ、すべての茶室が一尺四寸に統一されてはいなかったでしょうね。


息子:炉が大きくて紹鷗棚を置くには狭い茶室などへの対策もちゃんと考えていたわけだ。


母:さて、『紹鷗袋棚記』の続きを見てみましょう。

原文「ちゃせん茶入を水さしのまん中に置 又茶入を少水さしのまん中をはずして ゆるりの方へよせても置也 ちゃせんはすぐにも置 また少ちゃ入より引きさげてもおく也 これがよき也」

訳「水指を中心に茶筅と茶入は置き合わせますが、茶入は炉の方へ少しずらし、茶筅は水指の近く、茶入より少し手前に下げて置くと見栄えが良いです。」


息子:実際に置くと少し歪な三角形だけど、なぜか懐(なつ)かしいような。


母:次の文章は、結び(むすび)帛紗(ふくさ)のことだと思われますが、棚付き(たなつき)でするのは、私も聞いたことがありません。ただ、表千家では、平水指(ひらみずさし)に水(みず)次(つぎ)をした後、帛紗(ふくさ)を飾り置きします。これは結び帛紗とは違い、蝉や金魚といった形に結ぶものです。

原文「ふくろ棚にもふくさぎぬをむすび付て置也 むすび所はかっての方はしらより二三寸下にむすび付てよしたてになるように付る事也」

訳「紹鷗棚でも結び帛紗を行います。結び目を勝手付の柱から二・三寸ほど下にして、縦になるように置きます。」


息子:原文を見ると、袋棚の柱に、直接、帛紗を結んでいるようにも取れるね。


母:もしかしたら、当時は、そのようなことをしていたのかもしれませんね。

原文「袋棚を四でう半に置合る事あり その時は水さしつねの所のひしゃくをおく所にふたおき一ッ 上の段に茶入計ぼんにのせて 水指の方へよせて置也」

訳「四畳半の茶室に紹鷗棚を置く場合、水指はそのままで、柄杓を置く場所に蓋置を置きます。天板には、お盆に載せた茶入を右側に寄せて置きます。」

原文「なつめ中つきに茶いれやうの習あり ふるき茶は杉なりに入れてよし これは茶わんに入さまに まん中をわきへさゝくにてはねやりて まん中をすくふ事也 茶のいきをつよくせんため也 又あたらしきちゃは杉なりにてなし そのまゝ入て 扨すくふ時も其まゝすくふ也」

訳「抹茶を棗や中次に入れる場合、古くなった抹茶は、杉形(杉の木のように、上がとがり、下が広がっ た形)に入れます。茶碗に抹茶を入れる時は、山の頂点から崩して一気に中心部を掬います。これにより、古くなった抹茶でも、良い味が出ます。又、新しい抹茶は杉形にせず、普通に入れて、普通に掬います。」

原文「右ふくろだなの習 すき道の一秘事にて候まま 必人に御おしへあるまじく候」

訳「以上、袋棚に関しては、数寄人の秘事なので、関係者に教えてはいけません。」

原文「我名をば大黒庵というなればふくろだなにぞ秘事はこめける

天文十八年己酉 卯月四日 大黒庵紹鷗(判) 

生嶋助之丞殿 参」


最後の「我名をば 大黒庵と いうなれば ふくろだなにぞ 秘事はこめける」の狂歌は有名ですね。無理に訳さないでおきましょう。


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