↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武野紹鷗って誰  作者: shoundo
第四章 紹鷗の茶室と茶道具
PR
20/30

第四章 第一節 茶室「大黒庵」と「八窓茶室」

息子:国宝(こくほう)の茶室(ちゃしつ)には、妙喜庵(みょうきあん)の待庵(たいあん)、犬山(いぬやま)の如庵(じょあん)、大徳寺(だいとくじ)の密庵(みったん)があって、それぞれ、千利休(せんりきゅう)、織田(おだ)有楽(うらく)斎(さい)、小堀(こぼり)遠州(えんしゅう)が建てたそうだけど、武野紹鷗(たけのじょうおう)は、茶室を建てなかったの?


母:京都市(きょうとし)中京区(なかぎょうく)四条通(しじょうどおり)室町(むろまち)上る(のぼる)菊水(きくすい)鉾(ほこ)町にある菊水の井跡(あと)の横に、南宗寺(なんそうじ)の茶室「大黒(だいこく)庵(あん)」を建てています。

大黒庵は、四畳半のうち一畳分を床(とこ)とし、前板(まえいた)を入れて仏間(ぶつま)を設け、円(えん)窓(まど)を切る圍式(かこいしき)三畳(さんじょう)台目(だいめ)で、躙(にじり)口(くち)はなく、貴(き)人口(にんぐち)を設けています。なお、現在の大黒庵は、2002年に復元されたものです。


息子:圍式三畳台目の茶室のイメージが湧かないけれど、図にするとどうなるの?


母:茶室「大黒庵」は、以下のようになっています。


挿絵(By みてみん)

図4-1-1.茶室「大黒庵」


息子:貴人口というのは、何?


母:貴人口は、身分の高い人が立ったまま出入りできるように設けられた出入口です。躙口ができる以前の茶室で多く見られます。


息子:この大黒庵に、由来(ゆらい)はあるの?


母:元々、雅(が)楽師(がくし)・豊原統秋(とよはらのむねあき)が、銀閣(ぎんかく)の四畳半茶室「同仁(どうじん)斎(さい)」に影響を受けて建てた二畳の茶室「市中(しちゅう)の山居(さんきょ)」を、武野紹鷗が真似(まね)て作ったのが「大黒庵」です。三条西実隆(さんじょうにしさねたか)の四畳半の角屋にも影響を受けています。

大黒庵の名は、隣に夷堂(えびすどう)があったため恵比寿(えびす)大黒(だいこく)に掛(か)けて「大黒庵」としました。

他にも、「八(はっ)窓(そう)茶室(ちゃしつ)」や「昨夢軒(さくむけん)」が紹鷗好みですね。


息子:八(はっ)窓(そう)茶室(ちゃしつ)というのは、どういう茶室なの?


母:八(はっ)窓(そう)茶室(ちゃしつ)は、堺市(さかいし)の開口(あぐち)神社にある茶室で、昭和20年に戦災(せんさい)で焼失し、平成元年に再建しています。現在は無礙(むげ)庵(あん)と言います。四畳半の茶席には七つの窓があり、床の間は畳です。八つ目の窓は「心」です。


息子:無礙(むげ)の意味は?


母:八(はっ)窓(そう)茶室(ちゃしつ)と言われるのに、七つしか窓がない茶室。七つという数に捕らわれず、自由な発想を持っているという意味になります。


挿絵(By みてみん)

図4-1-2.茶室「無礙庵」



息子:昨夢軒(さくむけん)というのは、どういう茶室なの?


母:昨夢軒(さくむけん)は、大徳寺(だいとくじ)黄梅院(おうばいいん)自休(じきゅう)軒(けん)の中にある四畳半の茶室です。黄梅院(おうばいいん)の襖(ふすま)を開くと茶室が現れるので、大(おお)寄(よ)せの茶会(ゃかい)に似(に)つかわしいかもしれませんね。


挿絵(By みてみん)

図4-1-3.茶室「昨夢軒」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。