第四章 第一節 茶室「大黒庵」と「八窓茶室」
息子:国宝の茶室には、妙喜庵の待庵、犬山の如庵、大徳寺の密庵があって、それぞれ、千利休、織田有楽斎、小堀遠州が建てたそうだけど、武野紹鷗は、茶室を建てなかったの?
母:京都市中京区四条通室町上る(のぼる)菊水鉾町にある菊水の井跡の横に、南宗寺の茶室「大黒庵」を建てています。
大黒庵は、四畳半のうち一畳分を床とし、前板を入れて仏間を設け、円窓を切る圍式三畳台目で、躙口はなく、貴人口を設けています。なお、現在の大黒庵は、2002年に復元されたものです。
息子:圍式三畳台目の茶室のイメージが湧かないけれど、図にするとどうなるの?
母:茶室「大黒庵」は、以下のようになっています。
図4-1-1.茶室「大黒庵」
息子:貴人口というのは、何?
母:貴人口は、身分の高い人が立ったまま出入りできるように設けられた出入口です。躙口ができる以前の茶室で多く見られます。
息子:この大黒庵に、由来はあるの?
母:元々、雅楽師・豊原統秋が、銀閣の四畳半茶室「同仁斎」に影響を受けて建てた二畳の茶室「市中の山居」を、武野紹鷗が真似て作ったのが「大黒庵」です。三条西実隆の四畳半の角屋にも影響を受けています。
大黒庵の名は、隣に夷堂があったため恵比寿大黒に掛けて「大黒庵」としました。
他にも、「八窓茶室」や「昨夢軒」が紹鷗好みですね。
息子:八窓茶室というのは、どういう茶室なの?
母:八窓茶室は、堺市の開口神社にある茶室で、昭和20年に戦災で焼失し、平成元年に再建しています。現在は無礙庵と言います。四畳半の茶席には七つの窓があり、床の間は畳です。八つ目の窓は「心」です。
息子:無礙の意味は?
母:八窓茶室と言われるのに、七つしか窓がない茶室。七つという数に捕らわれず、自由な発想を持っているという意味になります。
図4-1-2.茶室「無礙庵」
息子:昨夢軒というのは、どういう茶室なの?
母:昨夢軒は、大徳寺黄梅院自休軒の中にある四畳半の茶室です。黄梅院の襖を開くと茶室が現れるので、大寄せの茶会に似つかわしいかもしれませんね。
図4-1-3.茶室「昨夢軒」




