第三章 第三節 利休百首の分析
息子:お母さん、利休百首を分類してみたので見てください。
自分が亭主側に立った場合と、客側に立った場合、それぞれの短歌での心や役割を表にしたものです。
母:何か所か直したので、一緒に表にしてみましょう。
出典は、上が『茶道古典全集10』「茶道教諭百首詠」、下が淡交社『利休百首ハンドブック』です。
| | 文琳や茄子丸壺大海は 底に指をばかけてこそ持て
| | 置き合せ心をつけて見るぞかし 袋は縫目畳目に置け
| | ともしびに陰と陽との二つあり あかつき陰によひは陽なり
| | 風炉濃茶必ず釜に水さすと 一筋に思ふ人はあやまり
| | 茶の湯とはただ湯をわかし茶を点てて のむばかりなる事と知るべし
息子:これをグラフにすると、こうなります。
母:このグラフから、あなたは何を読み取りますか?
息子:客側から見たら「■傍観者」というのが一番多いので、利休百首は主に「亭主側の心配りや気構えを詠んだもの」ではないかと思います。
母:それでは、次の表を見た後、もう一度、考えてみましょう。
これは、亭主や客、水屋仕事や、半東の行う大まかな項目を表にしたものです。利休百首の表と見比べて、何か気づきませんか?
息子:客側から見ると、亭主の心配りを感じられれば、それほど細かいことを気にしなくてよさそうに見えるけど。亭主は、道具の準備から点前の所作に到るまで、心を尽くしていかなければならないということ?
母:茶会に限らず、茶道では常に「一期一会」の精神で臨みます。亭主にしても客にしても、一生に一度しか会えないという状況で、どう対処して良いか悩むものでしょう。その指針として、利休百首はあると思っています。
息子:利休百首は「一期一会の精神を伝える短歌」であり、その精神は「互いの心配りを感じる事」なんだね。
母:そして、亭主と客の間に通う人間的なぬくもり「和敬清寂」の精神を教えています。




