第三章 第二節 紹鷗茶湯百首だけの教え
母:紹鷗百首は、ほぼ利休百首と同じです。
其道に 至んと思う 心こそ 我身ながらの 師匠なりけれ(利休百首)
其道に 入らむと思う 心こそ 我身ながらの 師匠なりけり(紹鷗百首)
息子:「なりけれ」だと利休百首、「なりけり」だと紹鷗百首なんだね。
母:古典だと「係り結び」といって「こそ~已然形」の法則があります。
助動詞「ける」の已然形は「けれ」なので、文法上は、利休百首が正しいです。
このことより、紹鷗百首に文法上の直しが入って、利休百首になったと思われます。
息子:「至んと思う」と「入らむと思う」というのも少しニュアンスが違うね。
母:『茶道古典全集10』の茶道教諭百首詠には、紹鷗茶湯百首との比較が出ています。中でも以下の短歌は、紹鷗茶湯百首にしかないものです。
我を捨 人に物とひ 習ふこそ 後は上手の もとい成けり
茶を立は 茶筌に心 能付て 茶碗の底へ 強くあたるな
棗にて 濃茶を立は いつとても 蓋するときは 服紗にてふけ
我呑し すゝきの跡を 載て呑は あやまり あしらいと聞
輪口をは 姥口居へに すへてよし されと恰好 見合てせよ
茶杓にて 飜しをたゝく 人多しとても 服紗てふく ものそかし
懸物の 釘打ならば 大輪より 九分下ケて 打つ釘も 九分也
中央に 香匙香筋 指其時は 灰押左り 火箸右なり
香合か 釻か羽箒 かさなりは 右羽左羽 吟味しておけ
繪によりて 花に心は 多からん 風にたてつく 艸はなし
小壺にて 茶をたつるには すくふ共 汲ともいはし さしぬくと云う
何にても 花を拝見 する時は 扇をぬきて 寄て見るもの
振舞は 酢皿屏風に 味噌畳 亭主機嫌に 天気能酒
息子:一首ずつ意味を見ていきたいな。
まずは、「我を捨 人に物とひ 習ふこそ 後は上手の もとい成けり」から。
母:「我」は自分のプライドのこと。下手なプライドは捨て、人から教えを乞うことこそが、その道で上手になるコツだということです。これは、茶道に限らず、全ての道に通じることでしょうね。
息子:「茶を立は 茶筌に心 能付て 茶碗の底へ 強くあたるな」は?
母:抹茶の点て方は、茶筅におもてなしの心を込めて、一生懸命に点てましょう。ただ、力を込めすぎて、茶碗の底に押し付けるような点て方になってもいけません、という意味です。
『裏千家ホームページ』の利休七則の項に、茶道の根本について、自然体のままで季節感を大切にし、「もてなし」と「しつらえ」を基本にした生活文化と言うことができるとあります。
自然体であることは難しいのですが、茶の点て方ひとつで、「もてなし」の心を表現できるように精進していきたいものです。
息子:「棗にて 濃茶を立は いつとても 蓋するときは 服紗にてふけ」は?
母:これは、包帛紗の話ですね。棗を帛紗から取り出した後、四方捌きで拭くのですが、その帛紗は、棗を包んでいた帛紗で拭きなさいという意味です。
包帛紗は、濃茶点前ですが、棗の扱いは、薄茶の平点前と同じく、蓋を「この字」に拭きます。ですが、拝見に出すときは、濃茶の扱いで、棗の甲を拭いたら、帛紗を下に置いて、蓋をあけます。このあたりの動作は、特殊ですね。棗を用いた濃茶点前には、大津袋や表千家の男点前などがあります。
息子:「我呑し すゝきの跡を 載て呑は あやまり あしらいと聞」は?
母:自分が飲んだ茶を飲んだ後、残った跡を批評するのは良くありませんという意味です。味が苦かったり、泡の点て方が下手だったりと、茶碗の飲んだ後を見ると、おおよその技量がわかります。ですが、相手には失礼にあたるので、やめましょうという意味です。
息子:「輪口をは 姥口居へに すへてよし されと恰好 見合てせよ」は?
母:輪口釜は、姥口釜と同様、炉の6・7分に据えても良い。ただし、姥口釜同様、柄杓の合を口縁に被せるように使った際の、見た目も考慮しなさいという意味です。
息子:「茶杓にて 飜しをたゝく 人多しとても 服紗てふく ものそかし」は?
母;良し悪しは別として、この短歌が詠まれた当時は、茶杓をトントンと叩いて、そのまま片づけるというのが一般的だったようです。ただ、正式には、帛紗で清めるものだと言っています。
息子:「懸物の 釘打ならば 大輪より 九分下ケて 打つ釘も 九分也」は?
母:大輪とは通常より大きい掛軸のことです。釘を打つならば、その掛軸に合わせず、3cm弱下げて、打ちなさいという意味です。9分というのは、3cm弱です。
現在でも、軸釘は廻り縁から9分下がったところに9分出して打ちます。この短歌がその根拠かもしれませんね。
息子:「中央に 香匙香筋 指其時は 灰押左り 火箸右なり」は?
母:火入の灰型に関する話です。灰型を作る場合、灰匙で押すときは左側から、火箸で線を引くときは右側からすると勝手が良いとなります。
息子:「香合か 釻か羽箒 かさなりは 右羽左羽 吟味しておけ」は?
母:炭斗にセットする際の説明です。香合や釜鐶などは、炭斗に比べ、大きいものや小さいものがあります。その場合、全体のバランスを考慮して羽箒を用意しなさいという意味です。
息子:「繪によりて 花に心は 多からん 風にたてつく 艸はなし」は?
母:お軸にある絵が華やかな場合、茶会が台無しになることが多いため、茶会の風情を台無しにするような絵は掛けないように、となります。
息子:「小壺にて 茶をたつるには すくふ共 汲ともいはし さしぬくと云う」は?
母:茶入から茶碗に茶を入れる場合、「掬う」とか「汲む」とは言わずに「さしぬく」と言いなさいという意味です。「掬う」や「汲む」というと、一回ずつ丁寧に入れる様相ですが、「刺し抜く」となると、力強く且つ一生懸命さが伝わってきます。
上のお点前では、基本的には、回し出しをしません。常に緊張感を持って茶入から「刺し抜く」必要があります。
息子:「何にても 花を拝見 する時は 扇をぬきて 寄て見るもの」は?
母:花と花入の拝見の仕方です。どんな時でも、床の間の花を拝見する時は、扇子を帯から抜いて、床の間に寄ってみるものですという意味です。
息子:なぜ、拝見する時は、常に扇子を使う必要があるの?
母:相手への敬意を表すと同時に、結界としての意味を持ちます。
扇子は、鎌倉時代には貴族や神職者しか使えなかったのですが、室町時代になり、庶民の使用が許されます。
同じく、鎌倉時代、茶寄合として発展する茶の湯は、室町時代になり、琵琶法師の息子である村田珠光が茶禅一味の境地を開きます。
息子:つまり、茶道の発展と共に、扇子が庶民にも普及していったということ?
母:扇子は、平安時代に木簡から派生して作られ、鎌倉時代、片面貼りの扇が中国へ渡り、室町時代に唐扇として両面張りの扇が逆輸入されます。扇子が能や演劇、そして茶道に取り入れられたのはこのころです。扇子が茶道と共に庶民に普及していったのだとしたら、素敵なことでしょうね。
息子:最後の「振舞は 酢皿屏風に 味噌畳 亭主機嫌に 天気能酒」は?
母:紹鷗百首の最後に「右百四首有」とあり、その後に続く一種の狂歌です。
「酢皿」は、懐石の「止め肴」のこと、「屏風」は贅沢の象徴です。「味噌」は質素なことで「畳」は部屋のこと。亭主はそのまま亭主で、「機嫌」は仏教用語の譏嫌のことです。「天気」は、晴れから転じて良いという意味になり、「良い酒」。
まとめると、茶会で振る舞う場合、懐石は豪華に、茶室は質素に、亭主はおもてなしの心で客に接し、最後に良い酒を出しなさい、となるでしょうか。
息子:「譏嫌」って何?
母:「息世譏嫌戒」という仏教用語から出た言葉で、そのままだと「そしり、嫌う」とか「世の人から嫌悪される」という意味になります。ただ、1300年代に書かれた『徒然草』第155段に「世に従はん人は、先づ、機嫌を知るべし」とあり、当時、既に「譏嫌」を「機嫌」と書いていますね。




