第二章 第六節 茶道松尾流の始祖・辻玄哉
母:紹鷗の弟子に辻玄哉がいます。彼は、武野紹鷗から台子の秘事を相伝しています。その後、千利休は、辻玄哉から古流の台子点前として秘事を相伝します。
『茶話指月集』に「そのころ辻玄哉というもの、古来の台子をしる、宗易、玄哉の所へゆきて古流をならひ、御殿においてつかうまつる」とあります。
息子:つまり利休は、辻玄哉の弟子ということ?
母:台子点前に関してはそうです。辻玄哉は、武野紹鷗の元で茶の湯を共に学んだ千利休の兄弟子に当たります。
『茶話指月集』を見ると、利休が辻玄哉の古流の台子点前を学び、利休流に手直しをして豊臣秀吉の前で披露します。それ以後、秀吉は利休の台子を推奨するようになります。
息子:辻玄哉はどういう人なの?
母:禁裏御用、今で言う宮内庁御用達の呉服商で 、墨屋と称していました。武野紹鷗と共に三条西実隆に歌道を学んだ連歌師です。
歌道は茶道に通じています。井上治著『歌・花・香と茶道』によれば、連歌師の心敬は「心・言葉が少なくて、寒く痩せた句の中に秀逸なものがある」と述べています。
具体的には以下のようなものです。
心敬著『所々返答』「其上は文曲、ひえやせたるはいはぬ最尊のことなるや」
心敬著『老のくりごと』「さかひ入はててはふけさびたるかた最尊なるべしとなり」
心敬著『ささめごと』「ある人の歌をばいかによむべき物ぞと尋はべれば、枯野の薄、有明の月とよみ給へといへり。是はいはぬ所を心にかけ、ひえさびたるかたをさとりしれとなり」
これらに共通するのは、武野紹鷗が目指した「わび」の世界です。
息子:心敬という人が突然出てきたけれど、武野紹鷗とはどういう関係なの?
母:心敬は、村田珠光に影響を与えた連歌師です。三条西実隆の師・飛鳥井雅親と同世代の人で、心敬の弟子には宗祇がいます。宗祇の弟子は、宗長、宗碩。その弟子が谷宗牧。谷宗牧と交友関係にあったのが三条西実隆で、谷宗牧の弟子の里村宗休、その弟子が里村紹巴。宗休と紹巴の弟子が辻玄哉です。
息子:武野紹鷗と連歌の関係を図にするとこうなるね。
図 2-6. 武野紹鷗と連歌師心敬の関係




