二人の進路
「今週中に進路票出さなきゃいけないけど、弘海くんはどこにしたの?そのまま絵描きさんになっちゃうとか?」
放課後の公園のベンチ。
青々としげる葉桜の隙間から漏れる木漏れ日に揺れる未可子は仮面を脱ぎ去った意地悪な笑顔でそう問うた。
スケッチをしていた弘海はゆっくりと顔をあげる。
「……とくに、決めてはいないかな。でも高校には進学するつもりだよ。もう少し、学生気分を味わいたいしね」
大人びた返しが不服だったのか、未可子は頬を膨らませてからプーと音を立て、空気を抜く。
「……でもまあ、なんか弘海くんっぽい答えだよね」
「そうかな?」
「そうだよ。私はそう思う」
弘海はこれで会話が一段落したものとしてスケッチブックに視線を落としかけてから、未可子のほうに向き直る。
「矢野さんはどうするの?」
未可子は目を丸くして弘海を見つめる。
なぜそんな目をされるのかが弘海にはわからなかった。
「そんなこと聞いてくるなんて、弘海くん熱でもあるんじゃないの?」
「……熱はないと思うけど、どうしてさ?」
「弘海くんが人の進路に興味を持つなんて絶対におかしいよ。……あっ!」
未可子は意味ありげに口元に両手を運び、ふさぐ。
「なにがいいたいの?」
「弘海くんもしかして私に気があるんでしょ?
だから同じ高校に行こうとして────」
そこまで言ったところで耐えきれなくなった未可子は吹き出す。
そして、未可子と弘海は同時に口を開く。
「「ないない」」
良くも悪くも未可子と弘海は悪友止まり。助け合いこそしたとしても、それ以上の関係に発展することはないだろうと弘海には断定できた。
未可子の様子をみるに、弘海と違わない思いを抱いていることは明らかだった。
「で、どこにいくの?」
未可子は少し遠い目をして、深呼吸をしてから口を開く。
「お父さんが決めたところ」
それだけで答えは十分だった。
未可子自身には決定権がないことを弘海は知ったのだ。
「そうなんだ」
それ以上弘海が聞くことはなかった。
そんな弘海を尻目に、未可子は言葉を続ける。
「お姉ちゃんが行った高校なんだ」
「へぇ。未希さんの……」
弘海は心の何処かで思う。
未希がそうであったように、未可子も決められたレールの上から逃げられない存在なのだと。
「……まさか。矢野さんまでいなくなったりしないよね?」
未可子は何も答えなかった。
ただ曖昧な笑みを浮かべるだけ。
未可子らしくもない。
いつものように即断、即決。とはいかない事情があるのだと、思慮の足りない弘海にですら理解できた。
「まあ、無理はしないようにね。俺で良かったら相談のるし」
「えっ!?」
未可子は全身を後退させて絶句する。
なぜそのような行動をとったのか、弘海には理解できなかった。
「どうかした?」
「……弘海くんが自分からそんなこと言うなんておかしいよ!雪でも降るんじゃないの!?」
季節は五月も終わりを迎えようとしている。
生暖かい風が吹き抜けていく公園で弘海は嘆息した。
「矢野さんは俺のこと、なんだと思っているの?」
「────」
未可子は口を開きかけてやめた。
そして首を左右に大きく振ってから答える。
「頼りになる《《友達》》だよ」
その言葉には、どこか含みがあるような気がして弘海は睨めつけるような視線を未可子に送るが、未可子はたじろいだりはしない。
このときふと弘海は思ったのだ。
以前より境界線が曖昧になっているような気がするなと。
それが何をしてしているのかは弘海自身にもわからない。
でも、そう思ったのだ。
弘海は持っていたスケッチブックをそっと閉じた。
「あれ、やめちゃうの?」
「興がそげた」
「なにそれ?」
「なんか今日は描く気になれないんだ」
「ふーん。だったらさ」
未可子は満面の笑みを浮かべると、もったいぶって二の句を継がない。
「……なに?」
「良かったらカフェにでもいかない?」
「べつに、かまわないよ」
弘海はそう答えながら、スケッチブックを鞄にしっかりとしまいこんだ。




