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矢野未可子の顔は黒く塗りつぶすしかない  作者: さいだー
触れなかった理由

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35/38

幕間4

 江間弘海は、重い荷物を背負い、片手にはキャスターバッグを持ち、早朝の国道を進んでいた。



 ゴールデンウイークということもあり、通り過ぎていく車は物流に関わるトラックばかり、黒煙を上げて通り過ぎていく。

 乗用車なんかはいつもに比べれば少ない気がした。


 この時間にこの道を通ることがもともとないからあくまで推測にしか過ぎないが。



 弘海は立ち止まり、ポケットからスマホを取り出す。


 時刻は5時45分。


 乗車する予定の6時13分の電車まで、あまり時間はない。


 弘海はスマホをポケットにしまうと、気を引き締めた。


 なにせ、このあたりは電車が1時間に1本しか電車が来ないのだ。


 この電車を乗り過ごしたら駅舎で1時間も待つハメになる。


 それだけは避けたかった。


 弘海は気持ち早歩きで、駅を目指した。



──────────────────────

 


 

 弘海が駅にたどり着いたのは、電車が到着する5分前だった。


 駅に設置されている時計を見上げで弘海は安堵する。


 これで待ちぼうけを喰らうことはなくなったと。


 いつもは駅の向こう側に見える、延々と続く成長途中の稲穂の姿は視認することができない。


 今日は濃い霧が出ていたのだ。


 近場を見るのはいいとして、遠くを見るには良くないコンディション。


 弘海はキャスターバッグを開くと、母親から持たされた水筒を取り出し、喉を潤す。


 目的地までは40分以上を要することを弘海は思い出す。

 トイレにも行っておこうと思いついて、弘海は周囲を見渡す。


 人の姿は弘海以外には見られない。


 このままここに置いておいても大丈夫だろうと、判断して、弘海は駅の外にあるトイレに向かう。


 弘海の最寄り駅には改札が存在しておらず、出入りは自由なのだ。


 往復で5分はかからない距離。でもギリギリだ。


 弘海が用を足していると、踏切がカンカンと騒ぎ出す。


 ヤバい。電車が来る。


 弘海は大急ぎで手を洗うと、一目散に駆け出した。


 弘海がホームに走り込んでいくのと同時に、電車も滑り込んでくる。


 ギリギリ間に合ったと安堵しながら荷物を持ち直すと、弘海は開いたドアから電車に乗り込もうとした。


 その時、降りてくる人物がいた。


 母親から降りる人が優先だと聞かされていた弘海は足をとめる。


 その人物が会釈をしてホームに降り立つのを見届けてから弘海は電車に乗り込む。


 その時にその人物から不意に声をかけられる。


 「この借りは必ず返すよ。江間弘海くん」


 名前を呼ばれたことで反射的に振り返るも、その時にはすでにドアはしまっていた。


 その人物を残し、電車は無情にも進んでいく。


 

 少ししてその人物の姿は完全に見えなくなった。


 弘海は誰かに似ているような気がしたけれど、それが誰なのかは瞬時には思いつかなかった。


 気を取り直し、車内に目を向けると、車内はゴールデンウイークということもあり、一人しか乗客はいない。


 どこでもいいかと、なるべくその乗客から遠い席に座ると、弘海はスマホを開いた。


 仙台に着くまでの、時間を潰すためだ。


 「おはよう。朝早くから偉いね」


 弘海は顔を上げる。


 そこには山川の姿があった。


「おはようございます」


 弘海は反射的に挨拶を返す。それと、同時に違和感も感じる。まるで、弘海が何をするためにここにいるのかを知っているかのような口ぶりに。


「未可子ちゃんから聞いたよ。おばあちゃんが入院してしまったから、おじいちゃんの面倒を見に行くんでしょ?」


 未可子の名前を聞いて、弘海は一人そういことか。と納得をする。

 

「そうなんですよ」



「横、座ってもいい?」


「どうぞ」


 弘海は誰もいないからと横着して自分の横に置いていた荷物を網棚に上げる。


 そこに山川が座り、弘海に向き直る。


「未可子ちゃんとは一緒じゃないんだね」


「ええ。まあ矢野さんには関係ないですし」


「そんな言い方したら未可子ちゃん泣いちゃうよ」


 口下手な山川にしては珍しく、饒舌にそんなことを言ってきた。

 少しの違和感を覚えつつも弘海は返事を返す。


「矢野さんとはそんな関係じゃありませんし、そんな関係になることは今後もないと思います」


「ふうん」


 山川は右手で眼鏡のブリッジの部分を右手で上げながらニヤリと笑う。


 その意味が弘海にはわからなかった。

 でも、そこに山川という人間の深淵をみたような気がした。


 少し嬉しくなってしまって弘海は、思わず歪な笑みを浮かべる。



 それを見た山川は表情を曇らせ、怪訝を示すが弘海は気にすることはない。


「ところで、山川さんはこんな朝早くからどちらへ行くんですか?」


「……」


 山川はとっさには答えなかった。


 手荷物も持っていない。よそ行きの格好をしているわけでもない。都会に行く雰囲気には見えなかった。


 弘海には、山川の沈黙は答えられないように見えた。


「どこだろうね。私にもわからない」


「……そうですか」


 それ以上突っ込んでもなにも答えは返ってこないような気がして、弘海はなにも言わなかった。


 その先は会話もないまま、車内にはガタゴトと走行音だけが響く。


 間もなくして、次の駅に到着するとアナウンスが入る。


 すると山川はなにも言わないまま立ち上がった。


 次第に車両は速度を落としていき、プラットホームに滑り込み、電車は止まった。


「またね」


 そう言い残し、弘海の前から姿を消した。



 しばらくその後ろ姿を見ていたけれど、ある程度距離が離れると霧に阻まれて見えなくなった。



 姿が見えなくなるのと同時に弘海はスケッチブックを取り出す。


 そして、欺瞞に満ちた山川の顔を真正面から描いた。


「これはいい」


 満足のいく出来に思わず笑みが溢れる。


 弘海1人だけを乗せた車両が、仙台に向けてガタゴトと進んでいく。

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