触れなかった理由5
帰り道、やけに未可子は静かだった。
車通りも少ない田んぼの合間に作られた舗装路。
会話もしないまま、未可子と弘海との家の分岐点を迎えた時、未可子は言った。
「じゃあ、また明日」
いつもなら『うん。またね』って返す弘海ではあるが、どうしても一つ、確認したいことがあった。
「ちょっと待って」
漕ぎ出そうとしていた未可子が足を止める。
「どうかしたの?」
「今から未可子の家に行ってもいいかな?」
「……どうして?」
未可子は訝しげな視線を弘海に向ける。
それも無理はない、未可子と交流を始めてから一年、弘海がこんなことを言い出すのは初めてのことだったからだ。
「家に上がるつもりはないんだ。ちょっと裏庭を見せて欲しくて」
「そんな大したものじゃないわよ?小さな頃からあまり行ったこともないし」
いったいどんな豪邸に住んでるんだよと、弘海は心の中で突っ込みをしてから言葉を続ける。
「ほんの数分で済むと思うんだ。未希さんの本心を知るためには、そこに行く必要があるんだ」
「……お姉ちゃんの?」
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未可子の許しを得て踏み込んだ裏庭は、弘海が想像した以上に立派なものだった。
「これは……裏庭というより、庭園だね」
「なに?」
「いや、なんでもないよ」
弘海は庭園そのものに用があるわけではない。
未希が残した残滓を探し出すところにある。
その残滓の出で立ちを見れば、未希が何を思ってどう過ごしていたのかすらわかる気がした。
それにしても、これは骨が折れそうだ……
庭には学校にある以上の大きさの池もあるし、よく手入れのされたローズガーデンのようなものまである。
隅から隅まで探していたら日が暮れてしまう……
弘海は考える。
自分ならどんな場所に埋葬をするか……
きっと踏み荒らされたくはないから、端のほうに埋めるはずで、未可子が気がついていないところをみるに、死角になっている場所。
左右を見渡して、ある地点に当たりをつける。
右奥。それも、少し手入れの行き届いていない低木の生えている場所。
「ちょっと向こうのほうに行ってもいい?」
「いいけど?ここにお姉ちゃんの何があるって言うの?」
弘海は低木をかき分けて進んでいくと、ほんの一部だけ、雑草すらも生えていない場所を見つける。
そこには、小さな石を丸く縁取った形で区画整理されていて、その真ん中には少し大きめの石が鎮座していた。
その石には、少し歪に『とら』と掘られた形跡が見られた。
苔も生えていないし、その前には皿に入った猫の餌らしき物まで入っていた。
それもまだ新しい。
つい先ほど置かれました。と餌が語りかけてくるようだった。
横に置かれた湯飲みに注がれた水にも土一つ入っていない。
「……矢野さん。ちょっと向こう向いてて。ちょっと準備が必要なんだ」
「え、うん……別にいいけど」
未可子からは弘海の背中しか見えていないはずだ。
弘海は振り返って未可子が向こうを向いているのを確認してから、餌と水を低木の陰に隠すと声をかける。
「もういいよ」
「まるで、かくれんぼでもしてるみたいね」
悪態をついて未可子がこちらに向き直る。
「二つほど聞きたいんだけだ、この場所、誰かが出入りしていたこと?」
未可子は少し考えるように首を傾げて答える。
「さあ?来るとすれば庭師さんとかかな。私も陽ちゃんもここに来ることはないよ」
「そう。じゃあもう一つ。とらの命日っていつ?」
未可子は思考を巡らせるように、こめかみの当たりを指でトントンと叩いく。まるで試験中に思い出せそうで思い出せないところに苦戦しているような仕草。
そして三十秒ほどの間があって答える。
「……もしかしたら、今日だったかも」
「そうか」
その答えだけで弘海には十分だった。
「じゃあこのお墓も矢野さんは知らないってことだよね」
弘海は体を少しよじり、未可子に『とら』の墓であろうものを視線で示した。




