触れなかった理由4
「そうです。その『とら』についてお聞きしたいんです」
弘海はどこまで聞いていいものか考えていた。
未可子が自分に打ち明けてくれた、未希に対しての思い。
それを第三者に勝手に話していいものかと。
好奇心から崖を踏み外しそうになるが、弘海は一歩すんでのところで踏みとどまる。
「普段未希さんはどのように『とらに』接していましたか?」
山川は即答で答える。
「可愛がっていたわよ。猫っ可愛がりってのはまさにああいうことを言うんだと思うくらいに。とらも未希にとても懐いていたしね」
未可子から聞いた情報そのままだった。
だとするならば、なぜ未希は死期が近づいたとらに関わろうとしなくなったのか?
普通なら逆の対応をするはずだ。
弱れば付き添うだろうし、世話もさらにこまめにするようになるはずだ。
やはり未希は、未可子より強固な仮面を被って生活をしていたのかもしれない。
それは家庭環境のせいなのか、未希が生まれ持った性質なのかは弘海に知る由はないが……
「でも、どうしてとらのことを?
あなたは知らないはずよね」
きっとこの程度なら裏切りには当たらないと判断して弘海は口を開く。
「矢野さんから聞いたんです。幼い頃に猫を飼っていたって。未希さんが可愛がっていたことも」
未可子が抱えている思いさえ話さなければ何ら問題はないだろうと弘海は判断する。
あとで未可子になにか言われたら、その時はその時だと高をくくる。
「なるほど。未可子ちゃんから聞いたんだね……懐かしいね。あの未希があんなふうになっちゃうなんて思わなかった」
「あんなふうとは、どんな感じなんですか?」
「とらが亡くなってしまった日、未希を宥めるの大変だったんだから。学校に来るや早々に泣き出しちゃってね。クラスの女子たちで理由を聞いてもなかなか話してくれなくてさ」
未可子と聞いた情報とは大きく乖離している。
未可子は未希がとらに無反応で、触れることすらしなかったと言った。
未希も仮面を被った結果、他人からの評価を恐れてそのような行動になってしまったのだろうと弘海は推測する。
それで泣けるなんて大した役者だと弘海は心の中で未希の評価を上げる。いつか、機会があれば会ってみたいとすら思った。
「へえ。意外ですね」
「意外?」
山川は弘海の答えに、不服そうに目を細める。
「未希は優しい子だよ。なんで意外だと思ったの?」
山川にしては珍しい、咎めるような口調に弘海は思わず及び腰になってしまう。
未可子と未希の思い出を話さずにこの場をやり過ごす方法はなにかあるか……?
心の中で弘海は未可子に謝罪をしてから口を開く。
「いやほら、あの矢野さんのお姉さんなのに意外だなと思いまして」
ハハハと乾いた笑いを春風が吹き消した。
「……あなた未可子ちゃんと仲いいんじゃないの?よくわからない子ね」
これなら、弘海の株を下げただけに留まったはずだ。
「……褒め言葉のつもりだったんですけどね」
苦笑いを浮かべて誤魔化すと、山川は弘海から視線をそらす。
「そういうの今のうちに直しておいたほうがいいよ。将来苦労するから」
「……肝に銘じておきます」
山川は何も答えなかった。ただ、吹き下ろしの街を見下ろしていた。
「……それで、そのあと、未希さんはどうなったんですか?」
弘海がそう発した瞬間に、まだ聞くの?と山川の視線が弘海に突き刺さる。
しかし、そんなことを気にするような弘海ではない。
しばらく見つめ合っていると、山川は一つため息をついてから話しだした。
「まったく……」
「恐れ入ります」
「その後は、学校を数人で抜け出して、とらのお墓を作ったんだ。未希の家の裏に。
月命日にも毎回お参りしていたし、命日の日にはとらの大好きだったおやつもお供えしたりしてたんだから!そんな未希を悪く言うのはもうやめてね」
新たな証言だ。そんなこと、未可子は一言も言っていなかった。
家の裏にお墓があることも、毎月お参りしていたことも。
「きっと、今だって、どこかでとらの命日には祈っていると思うよ。この空はどこまでもつながっているから」
そう言って山川は雲一つない空に目をやった。
釣られて弘海も目をやるが、そこに銀色の機体は存在していなかった。




