触れなかった理由1
青空に銀色に輝く機体が、五つ。
その通り道に五つの白煙が道となって残る。
弘海と未可子、そして満開の桜並木の上を、爆音を鳴らし通り過ぎて行った。
「ブルーインパルスはやっぱりかっこいいよね」
「弘海くんって人間の内面以外にも興味を示すことあるんだね?」
未可子は意外だと目を細めるが、弘海は案外ブルーインパルスが好きだった。
小さな頃から航空祭に連れて行ってもらっていたこともあってか、上空を通るたびに見上げるくらいには。
地元民には、騒音が……なんて言われているみたいだけれど、弘海はそんな風に思ったことはなかった。
「それは心外だね。俺だって空くらい見上げるよ。夜空だって見たりする。
……今だってこうして、桜を見あげているじゃないか」
「なんか、弘海くんが弘海くんじゃないみたい」
普通の人だったら怒りだしても仕方がないような言われかただけど、弘海は苦笑いを浮かべるだけだった。
「そう言うなら、矢野さんだってちょっとおかしいよ」
「……私は別に」
未可子は伏し目がちに答える。
弘海の目には未可子はいつもに比べると元気がないように映った。
厳密に言えば、ここに到着する少し前から。
───────────────────────
未可子と弘海は、自転車で滝山公園を目指していた。
田んぼや畑、民家を通り過ぎてくる途中、泣いている子供と行きあった。
未可子はすぐに自転車を停めてその子供に話し掛けた。
弘海はさして、子供には興味がなかったけれど仕方がなく自転車を停めた。
『どうしたの?お母さんとはぐれちゃった?』
未可子が質問をしても子供は泣きじゃくるばかり、未可子は困り果てて弘海の顔を見てくるが、弘海は解決方法がわからなかったから両手を広げて合図をすると、未可子はため息を一つついてから子供に向き合った。
ブロック塀に座らせて頭を撫でてあげたりしていると、次第に子供は落ちついていった。
そして、ポツリポツリと泣いている理由を語りだしたのだ。
『チーちゃんがしんじゃったの……』
そこまで語ると子供はまた泣き出してしまった。
『それは、かわいそう……大事な人だったんだね』
未可子は眉尻を下げて子供を抱き寄せる。
『ペットだったんじゃないか?』
弘海は子供に近寄り、服に付着していた毛を一本摘みながら言った。
『弘海くん……』
未可子の睨めつけるような視線が弘海に突き刺さるが、弘海はそれにも動じない。
『この毛の感じだと大型犬じゃないかな……ゴールデンレトリバーとか』
未可子はやめるようにと目で訴えかけるが、それに反して返事をしたのは子供の方だった。
『そうだよ……』
『そうだったんだ。大事な家族だったんだね……』
弘海は未可子が子供をなだめているところをただ黙って見ていた。
しばらくすると子供も落ち着いて、家まで送り届けることになった。
幸い、歩いて五分ほどの距離だったから、予定を変えることにはならなかった。
後にして思えば、あの直後から未可子の様子はおかしくなった。
なんというか────桜を前にしても、心ここにあらずといった感じ。
弘海と会話はしていても、未可子の言葉には感情が乗っていない。
「さっきの子供のこと、まだ怒ってるの?」
「……そういうわけじゃないよ」
未可子がそんな小さなことで怒るわけがないと弘海も理解していた。
弘海が見る限り、未可子の言葉にはきっと嘘はない。
他に何かあるのだ。
弘海は注意深く未可子の観察をしていると、遠い目をして空の彼方を見た。
それは、ブルーインパルスの通り過ぎて行ったあとを見ているわけでもなければ、青空を見ているわけでもない。
ここにはない《《なにか》》を見ているようだった。
「……ねえ、弘海くん。面白くもない昔話になるんだけどさ、聞いてくれない?」
唐突に口を開いた未可子は言ったのだ。
弘海は後頭部を軽く掻いて細めていた目を開くと、気を取り直して返事をした。
「ああ。もちろん」




