仮面の綻び14
暗闇に沈む校舎を見あげて弘海はひとつため息をついた。
昼間に比べると冷え込んでいるから、白い息が出ることを期待していたのだが、それは期待外れに終わった。
「本当は《《ここに》》来たくなかったんじゃないの?」
そんな弘海の行動を咎めるように未可子は、見定めるように目を細める。
「違うよ。そろそろ白い息が出るんじゃないかと思ってやってみただけ。残念ながらでなかったけどね」
弘海に釣られる形で未可子も息を吐き出してみるが、白い息は出ない。
「……たしかにそうだね。そろそろそんな季節のはずなのに」
「矢野さんのほうこそ、本当は来たくなかったんじゃない?」
弘海はわざと意地悪にそう聞いてみると、未可子は肩をすくめて答える。
「……そうかもね」
未可子はそう答えると同時に校庭の方へ視線を落とした。
そちらには総勢三十名ほどの大人の姿。
松川の姿もある。
「タイムカプセルの中には何が入っていると思う?」
「……なんだろうね。見当もつかないよ」
そう言って未可子は肩を落とした。
未可子とミキの関係のほんの表層を見た弘海にすら、ミキに対してコンプレックスを抱えていることは容易に推察できた。
「ミキさんのことが少しでもわかるといいね」
「……うん。そうだね」
そう答えた未可子は、決して弘海とは目を合わせようとはしなかった。
「よーし!全員集まったな!そろそろタイムカプセルの発掘を始めるか」
松川は集団の前に立ちそう告げると、頭に付けたヘッドライトを点灯させた。
真正面にいた何人かが、「マツセン眩しいって」とか「相変わらずだな」とか軽口を叩いたがそれを咎めることはしなかった。
「まあいいじゃないか、……諸事情で未希が来れてないんだが、変わりに妹の未可子ちゃんが来てくれたから、優しくしてやってくれ」
後方に陣取っていた、未可子に注目が集まる。
未可子はそれに一礼して応えると、「かわいい」だとか、「未希の面影があるな」だとか一様に似たような反応を示しているが、山川と高橋だけはこちらを見ようとはしなかった。
……古賀は頭上に両手を広げて手を降っている。
裏表のない素敵な人なんだろうなと、弘海は心の奥底で考えるが、口に出すことはしなかった。
「さて、さっそくだが、校舎裏に向かおうと思うんだが、あそこは狭い、力自慢の男連中だけ来てくれ。掘り出して運んで来てここで開封しよう」
松川の提案にみなが肯定的な意見を述べたあと、何人かが選抜して、連れて行かれた。
その中に高橋の姿があったことを弘海は見逃さなかった。
松川達が居なくなると、女性が未可子の周りを取り囲んだ。
なにか不穏な影がないかと弘海は少し警戒心を強めたが、それは杞憂に終わった。
ただ単に、未可子に興味があるようだ。
弘海はその集団から少し距離を取り、ぼんやりと眺めていた。
選抜で選ばれなかった男達は、思い出話を語り合い、女性の方は、未可子の頭を撫でたり質問をしている人がほとんどだった。
よくよく考えてみれば、未可子と彼女たちは多少なりに面識はあるはずだ。
でもその二つの集団にも属さずに、一人暗闇に佇む女がいた。
山川だった。
どこか暗い表情を浮かべているように見えるのは、暗闇に居るせいだろうか。
弘海には、そうは見えなかった。
思わずそちらには歩み寄ると、弘海は声を掛けた。
「山川さん。楽しくなさそうですね」
一瞬、山川は嫌そうな視線を向けるが、すぐに無表情を取り戻すと、弘海と向かい合う。
「そんなことないよ。とっても楽しい」
言葉では無理に繕おうとしても、声そのもののトーンが低い。
「そうなんですか。山川さんはタイムカプセルに何を入れたんですか?」
「さあ、なんだったかな。全く覚えていないんだよね」
その言葉には嘘はないようだった。弘海が見る限り違和感を感じるポイントはない。
「学生の頃の思い出なんてさ、今となってみれば大したものじゃないんだよ。だから、あまり詮索はしないほうがいいよ。未希の私物を受け取ったら、すぐにあの子を連れて帰ったほうがいい」
山川は突き放すようにそう言うと、弘海から離れていってしまった。
「……」
言葉尻になるにつれて、妙に早口になっていたなと思いつつ、山川のことは追いかけなかった。
そして、しばらくすると、力自慢の男たちが、タイムカプセルを運んできたのだった。




