格の違い
――オォォォォォンッ!!!
巨大な黒い魔法陣から這い出たドラゴンゾンビが、この世の終わりを告げるような咆哮をあげた。
直後、その巨大な尾が、鬱憤を晴らすかのように一閃される。
「――みんな、私の後ろにっ!」
木葉が悲鳴のような声をあげながら、両手を前に突き出した。彼女の全魔力が一瞬で吹き荒れ、私たちの前に何重もの光の障壁が展開される。
だが、ドラゴンゾンビの質量は、1年生の限界を遥かに超えていた。
ドガァァァァンッ!!!と凄まじい衝撃音と共に、木葉の光障壁が文字通り一瞬でガラスのように粉砕される。暴風と化した衝撃波が、広場の巨大な木の根をへし折り、周囲の岩盤を派手に消し飛ばした。
「あ、が……っ!?」
魔力を使い切った木葉が、血を吐いて倒れる。
その瞬間、私は自分の肉体のリミッターを完全に引き抜いた。ドォンと地面を爆破し、吹き飛ぶ木葉と、腰を抜かしたライア、セシリアの前に強引に割り込む。
(私の肉体なら――この衝撃でも、耐えられる!)
背中を丸め、3人を抱え込むようにして、人外化しつつあるその頑丈な肉体で竜の暴風を直接受け止める。
背中に、巨大な衝撃走り、背骨が砕けて内臓に刺さっている感覚がある。
「ぐっ……、あぁぁッ!!」
私の身体は3人を抱えたまま、弾丸のように後方へと吹き飛ばされ、広場の頑丈な壁へと激しく叩きつけられた。凄まじい土煙が舞い上がり、周囲の瓦礫がバラバラと降ってくる。
「あはは、呆気ないね。僕のドラゴンゾンビの初撃に巻き込まれて生きてるなんて、中々しぶといけどさ。……じゃあ、バイバイ」
土煙の向こうで、着崩した制服の上級生が冷酷に言い放つ。
ドラゴンゾンビの巨大な鋭爪が、今度こそ私たちを消し飛ばそうと、頭上高くに振り上げられた。
視界がスローモーションになる。体が壁に埋まり、身動きが取れない。死の爪が迫る。
その、絶体絶命の瞬間だった。
――キィィィン、と。
空間そのものが、鋭く、冷たく割れるような奇妙な音が響いた。
「――お前ら、授業中に何やってんだ」
気の抜けた、けれど、地獄の底まで響くような絶対的な安心感を伴った声。
気づけば、私たちの目の前に、外套を纏ったニデインが滑り込んでいた。
ニデインは、迫り来るドラゴンゾンビの巨大な爪を、『片手』で、無造作に受け止めていた。
ズゥゥゥン、と大地が重く沈み込む。
「なっ――!?」
上級生の目が、初めて驚愕に大きく見開かれた。
「言ったはずだ。一層の素材集めが今日の課題だ。三層まで何をしに来た、クソガキども」
ニディン先生は後ろを振り返りすらせず、気怠げにそう告げた。
直後、先生がもう片方の手で、腰の武器を静かに『一凪』した。
魔力の刃が巨大なドラゴンゾンビを襲う。
次の瞬間、ドラゴンゾンビの体がずれる。
さっきまで広場を崩壊させ、私たちを死の恐怖に陥れていたアンデッドドラゴンゾンビの巨躯が、頭部の先から尾の果てまで、綺麗に分かれている。
これが、SS級。
世界を滅ぼす災害すら、ただの蚊を叩き落とすかのように処理する、異次元の怪物。
消滅した竜の灰が静かに舞い散る中、対面に立つ上級生が、顔をしかめて忌々しそうに、けれどそのアメジストの瞳に狂気的な色の笑みを浮かべて、先生の名を呼んだ。
「……あーあ、やっぱり先生は化け物だなぁ。相変わらず意味が分からない。ねえ、ニディン先生?」
それに対し、ニディン先生は武器の切っ先をわずかに下げ、冷徹極まりない視線でその上級生を見据えた。
「下級生を狩るなとは言わんが、この時期はまだ保護期間中だ。退学になりたいのか。……ここで何をしている、アルトリウス・ヴァルプ」
アルトリウス・ヴァルプ。
それが、この制服を着崩した、死を弄ぶ上級生の名前だった。
「ひどいなぁ、僕はただ、散歩ついでに教育の成ってない下級生を教育してただけだよ?」
アルトリウスはドラゴンゾンビを一瞬で消し飛ばされたというのに、全く動じていなかった。それどころか、懐から小さな手帳を取り出すと、サラサラとペンを走らせるような余裕すら見せている。
「でも、いいデータが取れたよ。さすがにあの程度のアンデッドじゃニデイン先生には通用しないか……あーあ、めんどくさいなぁ」
アルトリウスはボサボサの灰髪をガリガリと掻きむしり、手帳を懐に仕舞い直すと、ニヤリと気味の悪い笑みをニディンに向けた。
「ねえ、先生。せっかくだからさ……先生に、どこまで僕の術が通じるか、もっと上の個体で検証させてもらうよ。別に先生に戦いを挑むことは禁止されてないからね」
アルトリウスが再びパチン、と指を鳴らした。
直後、私たちの足元の床一面に、さっきの比ではない、血のように赤黒い巨大な魔法陣が何重にも、複層的に展開された。
三層の、いや、迷宮そのものの空気が劇的に凍りつく。深層の『底』から呼び出された、ドラゴンゾンビすら前座に過ぎないような、大量の骨が召喚される。
終わらない絶望、さらなる激突の予感に、私はただ息を呑むことしかできなかった。




