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世界譚ー復讐 砕けた角の鬼人族は、世界の創造主に拾われ「死より過酷な修行」の果てに怪物となる  作者: もちもち


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会敵

 翌日。二デインは私たちに好きなように迷宮を探索するように言い残して姿を消した。そして私たちも自由探索を開始した。

 周囲には、昨日と同じように青々とした樹海が広がり、頭上では魔力の太陽が眩い光を放っている。時折、草むらからフォレストウルフが飛び出してくるが、今の私たちの敵ではなかった。

 木葉が光障壁で防ぎ、ライアが剣を振るい、セシリアの魔術が炸裂して順調に倒していく。


だが、私だけは、激しい焦燥感に駆られていた。


(……ダメだ。やっぱり、全然練習にならない)


 私の前に飛び出してきたウルフを睨みつける。

 昨日と同じだ。普通に一歩を踏み出そうとすれば、足元に込めた魔力が出力に耐えきれず、ドォンと爆音を立てて地面の土を派手に吹き飛ばしてしまう。

 さらに、迫り来るウルフの爪を避けて軽く触れるように拳を突き出しても、私の肉体はウルフの硬度を遥かに上回っており、それだけで骨を砕いて消し飛ばしてしまうのだ。


 出力を抑えるための練習が、この層では全く成立しない。

 私の砕けた角は魔力を溜める器を失っている。行使するたびに首筋の紋様がジリジリと焼け付くような鈍痛を放ち、肉体が「もっと強い力を出せ」と飢えたように内側から吠え続けている。


 「これじゃ、加減の練習にならない……」


 ポツリと呟いた私の声に、ウルフの死体から武器を引き抜いたライアが振り返った。

 「あ? どうしたんだよレイチェル。お前、さっきから不完全燃焼って顔してるぜ?」

 「うん。……ねえ、みんな。ちょっとだけ、下の階層に行ってみない?」

 「はぁ!?」


 私の提案に、セシリアが素っ頓狂な声をあげた。

 「ちょっとレイチェル、何を言い出すのよ! まだ自由探索の初日よ!? 一層で魔導素材を集めるのが今日の課題じゃない!」

 「そうだよレイチェルちゃん、下に行くのは危ないよ……」

 木葉も心配そうに私の袖を引く。だが、私の視線は一層の中心にそびえ立つ、あの圧倒的な大樹の幹へと向いていた。


 あの大樹の洞には、ダンジョンの魔力を利用した巨大な昇降魔導具が設置されている。行きたい階層の刻印に魔力を通せば、一気に深層へと移動できる転移エレベーターだ。


 「一層の魔物は、今の私の力だと軽すぎて触っただけで壊れちゃうの。もっと皮膚が硬くて、私が本気で戦っても壊れない場所に行きたい……三層あたりなら、ちょうどいいと思う」

 「本気で戦っても壊れない、って……」

 セシリアがあきれながら迷う。

 普通の1年生なら、命知らずの暴論だ。だが、昨日今日と私の力を間近で見ている3人は、私の言葉がハッタリではないことを知っていた。


 「ガハハ! まあ面白そうじゃねえか! 俺も三層の魔物がどれだけ強えのか拝んでみたいぜ!」

 ライアが獰猛に笑って賛成する。

 「ちょっとライア、あなたまで! ……もう、信じられないわ。何かあったら本当にすぐ戻るからね!」

 セシリアは頭を抱えながらも、最終的には私の底知れない気迫に圧されるようにして、渋々大樹の虚へと足を向けた。


 大樹の内部にある昇降機の床に刻まれた『三階層』の刻印に、私が少量の魔力を通す。

 次の瞬間、大樹の根の内部を高速で滑り落ちるような、独特の浮遊感が私たちを包み込んだ。


 ――ガコン、と重苦しい音が響き、昇降機の扉が開く。


 「……っ、寒ッ。なによここ、一層と全然違うじゃない」

 セシリアが身を震わせた。

 三層『大樹の根の底』。

 そこは、明るい樹海だった一層とは一転し、天井と床を巨大な木の根が蠢く蛇のように埋め尽くす、薄暗く湿った世界だった。

 何より異常だったのは、その『静寂』だ。


 「おい、おかしくねえか? 三層って、もっと獰猛なトカゲや熊の魔物がウジャウジャいるって聞いてたんだけどよ……」

 ライアが剣を構え直し、野生の勘で周囲を警戒する。生き物の気配が、不自然なほど一切しないのだ。


 空気中に漂っているのは、どろりとした死臭と、魔力。

 ライアたち3人が本能的な恐怖で身を硬くする中、私の首筋の紋様だけが、その不気味な魔力に反応してドクドクと激しく脈打ち始めていた。戦慄と、脳裏を焼き尽くすような奇妙な高揚感。


 「……あっちから、変な音がする」


 私は3人を背後に従え、巨大な根の死角となっている開けた広場へと足を踏み入れた。

 そこで目にしたのは、悍ましい光景だった。


 三層のボス級であるはずの、体長五メートルを超える巨躯を持つ大蛇の魔物が、無惨に引き裂かれて血の海に沈んでいた。

 そしてその死体の前で、一人の男が退屈そうにしゃがみ込んでいる。


 学園の制服を着ているが、ボタンは全て外され、泥と魔物の返り血で酷く汚れていた。上級生のネクタイをしているが、結んでおらずほぼ首にかけているようなものである。ボサボサの灰色の髪の隙間から、深刻な睡眠不足のようなドス黒いクマの浮き出たアメジストの瞳が、死体を見つめている。

 彼は、死体に向けて不気味な漆黒の魔力を注ぎ込みながら、気怠そうに愚痴をこぼしていた。


「あーあ、また骨が折れてる。3層の魔物じゃ、手加減するのもめんどくさいなぁ。長めの骨が欲しかったけどもっと頑丈な方がいいし、やっぱ7層ぐらいの方がいいかな……ん?」


 男が面倒くさそうに振り返り、私たち1年生に気づいた。

 その瞬間、心臓が握り潰されるような圧倒的なプレッシャーが広場を満たす。先日戦ったジャイアントメタルスコーピオンよりもはるかに濃厚な死の気配。


「なんだ、1年か。……おい、邪魔だからそこに転がってるゴミ、適当に捨てといてよ。僕、今イライラしてるんだよね」


 私たちの命を、人間とも思っていないような、そんな声色。

 ライアたち3人は、その絶対的な実力差の前に圧倒され、指一本動かせずに立ち尽くしている。


 だが、私だけは違った。

 男が放つ強烈な魔力の圧を前に、私の人外の野生が、最大級の警報を鳴らしていた。


(――この人は、ヤバい。生半可な攻撃じゃ、私が殺される!)


 恐怖。そして、それ以上の歓喜。

 ここなら、この人なら、私がどれだけ力を込めても、壊れない!


「くっ……!」


 私は全身の毛を逆立たせ、一切の手加減を捨てて地面を蹴った。

 ドォォォンッ!!!

 三層の頑丈な岩盤すら爆破して粉砕するほどの踏み込み。一瞬で空間を消し飛ばし、私は上級生の眼前に肉薄していた。全身の魔力を右拳に集約し、大気を引き裂く「本気の一撃」を叩き込む。


 「おっと、狂犬か」


 上級生は、ボサボサの髪の隙間から瞳を細め、気怠そうに片手をスッと掲げた。

 その瞬間に、彼の目の前に何重もの漆黒の防御障壁が展開される。


 ズドォォォォンッ!!!


 激突。私の拳は、上級生が展開した障壁を力任せにバリィィィンッ!と何枚もブチ破っていく。凄まじい衝撃波が周囲の木の根を吹き飛ばす。

 だが――最後の一枚。上級生の目の前、わずか数センチのところで、私の本気の拳が、まるで巨大な壁にぶち当たったかのようにピタリと止められた。


「なっ……!?」


 本気の一撃を防がれ、私は目を見開いた。

 最後の一枚の障壁の向こうで、上級生がニヤリと不気味に笑う。


 「へえ、1年のくせにいい威力だね。僕の障壁をここまで割るなんてさ。……でも、まずは挨拶からじゃないかなクソガキ」


 正面から魔力をたたきつけられ、吹き飛ばされる。


 「礼儀のなってない後輩には教育してあげないとね」


 上級生が、気怠げにパチン、と指を鳴らした。


 直後、彼の背後の空間に、禍々しい黒泥のような魔力が噴き出し、空間を侵食するように巨大な『黒い魔法陣』が不気味な光を放ちながら展開された。

 三層の空気が劇的に重くなり、世界が軋むような、おぞましい「肉のきしむ音」が鳴り響く。


 ――ゴォォォォッ!!!


 地を揺るがす咆哮と共に、その黒い魔法陣の奥から、ドラゴンゾンビが這い出るように姿を現す。


 圧倒的な絶望の光景を前に、私は息を呑むことしかできなかった。

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