ニデイン
サソリ戦による凄惨な実戦訓練から数日。特進一組の教室は、どこか冷え切った空気が漂っていた。
あちこちに点在する、主を失った空席。クラスの再編によって他クラスから数名の生徒が補填されたものの、一度刻まれた死の記憶は簡単に消えるものではなかった。
迷宮探索の初めての授業だが、開始から5分経っても先生はまだ現れてない。
「……おい、あれが噂のレイチェルか?」
「ああ。ジャイアントメタルスコーピオンを素手で粉砕したっていう……」
「へっ、どうせ聖女のバフや、レオンハルトの援護があったからだろ。運が 良かっただけさ」
教室の後ろの席から、編入してきた生徒たちの小声の囁きが聞こえてくる。
私はそれを完全に無視し、机の下で静かに自分の右手を握り、開いた。
首元に巻かれた厚手の包帯。その下で脈打つ『深紅の獣の顎』の紋様は、私に恐るべき魔力量と身体能力をもたらしていた。
だが、あまりに強くなりすぎたが故に、ただ拳を握るだけでも肉体の「内側の出力」が過剰に跳ね上がる。まだ、この人外の肉体を完全に制御しきれていない。
(早く、実戦でこの身体を馴染ませなければ……)
「――おい、整列しろ。ひよっこども」
教室の扉が開き、全身に無数の傷跡を刻んだ、片目の鋭い男が入ってきた。
男は教壇に立つと、不機嫌そうにクラスを見下ろした。
「今日からお前たちの『迷宮探索』を担当する、Sランク探索者のニディンだ。カルミナの奴から、前回の訓練で何人も間抜けが死んだと聞いた。だから学園が、わざわざ俺のような外の人間を雇ったわけだ」
『Sランク』――その言葉が響いた瞬間、教室の空気がピリついた。他クラスから編入してきたモブ生徒たちも、ゴクリと息を呑んで居住まいを正す。
だが、強くなりすぎた私の耳は、後ろの席のモブ生徒たちが、声を極限まで潜めて交わしている「呟き」を正確に拾い上げていた。
(……おい、Sランクのニディンって『不敗の追跡者』か? すげえな、まさか本物が来るとは……)
(でもさ、カルミナ先生やバネッサ先生はSSS級だろ? 正直、戦闘なら超越者の先生たちに教えてもらった方がいいんじゃ……)
かすかな衣擦れの音に混ざった、本音。
ニディン先生は、彼らの小声の呟きに気づいているのかいないのか、鼻で笑って教壇を叩いた。
「おい、後ろの席の間抜けども。今バケモノの戦闘を学びたいとでも考えたか?」
「ッ!?」
話してた生徒たちが、完全に声を殺していたはずの指摘にビクッと肩を震わせる。
「いいか? カルミナのような頭のバケモノなら、この学園にあるダンジョンくらい、正面から力業で更地にできる。罠があろうが魔物が群れていようが、奴にとってはただの障害物にもならん。だが――お前たちは違うだろ?」
ニディンは冷徹な視線で、教室内をゆっくりと見回す。
「お前らのような小魚がカルミナの真似をすれば、一瞬で肉片になる。
だからこそ、お前たちには生き残るための『小手先の技術』が必要なんだよ。罠の解除、気配の隠蔽、生態系の把握……バケモノになれない凡人が生き残るための泥臭い技術を、徹底的に叩き込んでやる。嫌なら今すぐ死ね」




