『いけにえ』をめぐる会議【scene15】
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「これは、とんでもない話だぞ」
右大臣ルトガルドが一枚の書類を手に発言を始めた。
ディクスン城の審議室で、定例の会議が開かれて間もなくのことだった。左大臣のヘルベルトは相変わらず、ルトガルドの発言にはしかめ面である。
「何が、とんでもない話かね?」
口調もぞんざいだ。
「愚か者め。アングリア、セルネド、ポラトリス。3つの都市で行方不明になった者たちが、ミュルクヴィズの森に魔侯の元で監禁されているというのだ。あのパジェットとかいう学者も、魔侯はミュルクヴィズの森にいると主張していた。まったく別々のところから、魔侯は魔の森にいると指摘があったのだ」
「そんなことわかりきった話だろう」
左大臣は呆れたように言った。
「王国内で暴れていた魔侯軍の中に、魔侯の姿はなかった。つまり、魔侯は王国内に侵入していなかった。王国内にいないのに、軍に指令できる位置にあるとすれば、王国の隣にある魔の森以外にあるまい。あそこは我々の領域ではないのだからな」
「わかっていないではないか」
右大臣は言い返した。
「これまでは推測の話だった。しかし、今回は複数の筋から信頼性の高い報告として挙がってきたのだ。意味が違う。今後の脅威を取り払うためにも魔侯の討伐はするべき事案だと思うのだが」
右大臣は宰相の顔色をうかがうように言った。宰相リシュリューは無言で目を閉じている。右大臣の話を聞いているのかどうかはわからない。
「教授の通報で、魔導士連盟の不適切な行動は明らかになった。しかし、それだけで教授の話を全面的に信用していいものか怪しいだろう。もっとも、可能性の高い話であることは認めるが」
左大臣はゆっくりと言葉を選ぶように話した。左大臣の目も宰相を向いている。ふたりとも宰相がどのように発言するのか気になっているのだ。
……宰相は何も発言されませんよ。あなたがたの右往左往する様を楽しんでらっしゃるのですから。
宰相のかたわらで、秘書のライアン・リシュリューは心の中でつぶやいた。
「仮に、魔侯の居所が判明したとして、どのような規模で討伐に向かうのですか? 森への遠征となると、戦力の再編は必須ですし、新たな予算を組まなければなりません」
財務大臣が額の汗を拭いながら言った。部屋の中はそれほど暖かくもないのだが、財務大臣の顔には汗の粒が光っている。
「ここでようやく『勇者の団』の出番なのです」
右大臣が我が意を得たとばかりに胸を張った。
「勇者の団はアングリア奪還作戦、メネア防衛戦において、多大な戦果をあげました。アングリアでは黒狼を討ち取り、メネアでは緑龍だけでなく、魔侯の嫡子ガニメデスも撃退しておるのです。彼らであれば魔侯を討ち取ってくれるでしょう」
「ガニメデスを撃退したのはランブル将軍だ。そこは間違えてはならん」
左大臣が訂正した。財務大臣もうなずいている。
「間違いでも良いではないか」
右大臣は手をひらひらと振った。左大臣は不思議そうな表情を浮かべた。「間違いでも良いとはどういうことだ?」
「これまでの戦いはひとえに勇者の活躍があったればこそ。そういうことになれば、国民の期待は勇者に集まる。そんな状況であれば、国民の期待を裏切らないためにも、勇者は森へ入らざるをえんだろう。誰も入りたがらない、あの魔の森にな」
右大臣のその発言に、財務大臣はもとより左大臣やキーマン侯までもが目を丸くして右大臣の顔を見つめた。
「大臣……。今の発言は……、どういう意味……ですかな……?」
キーマン侯が遠慮がちに尋ねた。右大臣はしてやったりの笑顔で、「言った通りの意味だよ」とだけ答えた。
「フッ」
含み笑いが聞こえたので、一同は聞こえたほうに視線を集めた。その先にいたのは宰相だった。宰相は拳を口に当てて、目を閉じたまま笑っていたのだ。
「右大臣。あなたはこの国難を政治的に解決しようとお考えのようだな」
宰相は姿勢を変えることなくつぶやいた。
「政治的に、ですと?」左大臣が顔をしかめた。彼はこうした腹芸を使う話は苦手だった。
「兄上。右大臣は意図的に『勇者の団』だけを森に送るつもりなのです。もし、彼らが魔侯を討ち取れば、それで良し。もし、返り討ちに遭って、『勇者の団』が壊滅することになっても、それを手打ちの材料として、魔侯と休戦する算段なのです」
「ま、魔侯と休戦するだと?」
左大臣はキーマン侯の話に混乱したようだった。左大臣は右大臣に顔を向けた。「そんなことが可能なのか?」
「今回、魔侯は保有する戦力の半数以上を失いました。損失としては非常に大きいものです。これまで四侯は、アルタイルが頭ひとつ抜け出た状態でした。しかし、これまでの戦いで、アルタイルは四侯の筆頭を名乗れないかもしれないのです。弱肉強食の世界では、自身の弱体化は危険きわまるもの。アルタイルは我々より、背後の味方に襲われない用心をしなければならないのです」
キーマン侯が右大臣の考えを代弁するように説明を始めた。左大臣は半ば呆然とした様子で、弟の話を聞いている。
「つまり、アルタイルはこれ以上の戦争の継続は望まないはずなのです。それは我々も同じです。ただ、勇者をはじめ、魔侯許すまじの考えは小さくない。彼らに対して、何らかの行動を示さねば、今後の憂いになりかねません。そこで、『勇者の団』に魔侯討伐へ向かわせて、そうした人びとへの気持ちに形だけでも報いるのです。これが失敗に終われば、国内の論調も、戦争の継続から休戦へと傾くことになるでしょう。一方、アルタイルもこちらと休戦協定を結べば、自らの勢力回復を図ることが出来ます。双方の利害は一致するはずだということです」
「つまり、我々は、勇者をいけにえにするということなのか?」
左大臣は相変わらず放心したような表情でつぶやいた。
「勇者が本物であれば、必ず魔侯を討ち取るでしょう。そうでなければ、我々は労せずに、我々と同じラファールの末裔を詐称する奸物を成敗できるのです。魔侯の力を利用することによって、です」
キーマン侯の声は力強かった。自分の説明に自信を持っているのだ。
「そういう……こと……なのか……?」
一方、兄である左大臣は、いまだ自信のない表情であたりを見渡している。左大臣は、自身の政治力で現在の地位に就いたわけではない。その分、奸計などに長じていないのだ。その点においては、弟のキーマン侯のほうが優っていると言えた。だからこそ、彼は兄の補佐として政治の中心にいるのである。
「あまり、あからさまに言ってほしくないね。それでは、まるで私が勇者を死地に追いやっていると勘違いされる」
……勘違いではないだろう。
ライアン・リシュリューは腹の中で呆れ声を出した。彼にとって、右大臣も、キーマン侯を含めた左大臣も、能力の低い人物であった。ただ、このように他人を蹴落とす算段となると、彼でさえ舌を巻くほどの奸計を思いつく。呆れる一方、感心もする。
「では、『勇者の団』に魔侯討伐のため、ミュルクヴィズの森に入ることを許可なさいますか?」
ライアン・リシュリューは話をまとめるように声をあげた。ちらりとだが、宰相の表情も確認する。宰相は相変わらず目を閉じたままだ。しかし、その口の端に、わずかながら笑みが浮かんでいるのを、彼は見逃してはいなかった。
反対する声はあがらなかった。ライアン・リシュリューは心の中で嘆息した。こんな連中によって、『勇者の団』は死地に追いやられるのか。彼は少なからず彼らに同情した。もし、彼らが使命を果たしたとしても、彼らに明るい未来は約束されないのだ。
「では、彼らにはその旨、下知を下します」
秘書官は短くまとめて、次の議題へと話を移した。
『勇者の団』に出陣の命令が届いたのは間もなくのことだった。ついに魔侯との決戦に向かうことが出来る。『勇者の団』の者たちは、知らせを聞いて歓声を上げた。
「ついに……か」ルッチは感慨深げにつぶやいた。顔にはあの仮面がかけられている。レトが防具職人のメリクに頼んで打ち直してもらったものだ。メリクの腕は、仮面を打ち直すのにも発揮された。ひしゃげた部分は元通りになり、表面の傷も綺麗に消してみせたのだ。ルッチは宿舎でレトたちと出立の準備中だった。四人部屋だが、ルッチ、レト、ガイナス、チェンと、入団審査のときと同じ顔触れである。
「魔の森に行くのは初めてです。どんなところなんですか?」
鞄に自分の荷物を詰めながら、レトが尋ねた。ルッチは苦笑した。「俺だって森は初めてだ。周りのみんなも同じだろうよ」
「魔の森は、こことは別世界よ。用心することね」
ルッチは背後からの声に飛び上がった。
「ガ、ガイナス! 驚かすなよ。それに、あんた、魔の森に行ったことがあるのか?」
ガイナスは片目をつむってみせた。「アタシは経験豊富なのよ」
「まぁ、魔の森に足を踏み入れてはいけないって法律はありませんからね。ただ、命の保障が無いってだけですから」
チェンが荷物を整理する手を止めて言った。
「冒険者であれば、誰もが冒険したいと思う場所ですからね、あそこは。実は、こっちも少しだけ森の探索をしたことがあります」
「本当ですか?」レトは身を乗り出した。
「ただ、空気が合わない者もいて、1週間ほどで退散しましたが」
「空気が合わない?」
「魔素よ」ガイナスが口を挟んだ。
「魔素って知ってる? 魔法を使うにはふたつの力のどちらかが必要になる。ひとつ目は魔力。個人が自分の中に保有する魔法の力ね。その量が大きいと、強力な魔法を放つことが出来る。もうひとつが魔素。空気中に存在する、魔法の元素のようなものね。空気で言えば、酸素と同じって言えばわかるのかしら? 酸素を消費することで燃焼はできるけど、魔素を消費することで魔法を行使できるのよ。酸素が濃いと燃焼が爆発的になるのと同じように、魔素の濃いところでは魔法の威力も大きくなる。ミュルクヴィズの森は、その魔素が非常に濃いのよ。目に見えないものだから普通の森の空気と違うなんてわからないけど、魔の森で過ごせば、敏感な者は魔素で酔ってしまうのよ。いわゆる『魔素酔い』ね。空気の薄い高山でかかる『高山病』とは逆の病気になるのかしら」
「それで『空気が合わない』って話になるんですね」レトは納得したようにうなずいた。
「魔素が濃いとなると、ミュルクヴィズの森では魔力を持たない者でも魔法が使えるようになるのか?」
「理屈ではね」ルッチの問いに、ガイナスは肯定した。
「だったら、レト。お前も魔法が使えるようになるんじゃないか?」
ルッチはレトに顔を向けた。レトは苦笑いを浮かべた。「また、その話ですか」
「また……って、何です?」チェンがルッチに尋ねた。
「ザバダック……参謀がレトのところにやって来て、こいつの魔力を計っていたんだ。俺は、参謀がレトを弟子にするために調べていたんだと思う。残念ながら、こいつは常人の中でも特に魔力を持たない人間だったので、参謀は諦めたみたいだがな」
「参謀がレトを弟子に?」チェンが目を丸くした。「レトはずいぶんと参謀に気に入られたみたいですね」
「素質無し、という結果ですが」レトは笑顔で答えたが、あまり触れて欲しくなさそうな様子だった。レトは他人からの承認願望が高いわけではない。それでも才能無しと見られたことは、彼にとっても残念だったのだ。
「魔の森が別世界と言ったのは、その点もあるのよ」
ガイナスが再び口を挟んだ。
「魔の森で魔法を使えば、その威力はここの数倍は強力になる。ここでは低級の魔法使いも、魔の森では高位の魔法使いになってしまうのよ。そして、魔素の影響かもしれないけど、生態系も別ものよ。ここには存在しない、ひとを喰う樹や歩く植物なんてのにも出くわすわよ」
「樹人と呼ばれる魔物ですよね。僕たちはその若いやつと戦ったことがあります」
チェンがうなずきながら言った。レトはチェンに尋ねた。「どんな魔物なんですか?」
「ガイナスさんが言った通りさ。歩く樹だよ。幹から口が開いて、生き物をバリバリと食べるのさ。『カイルの団』には魔法使いがいなかったから、倒すのは少し苦労したよ。ペックのツヴァイハンダーでも両断できなかったんだ。とにかく動けなくなるぐらい手傷を負わせて、ハイデラの火矢でやっと仕留めたんだ。ただ、樹人は数が少ないから、森に踏み入ったからって必ず出くわすものでもないよ。僕たちが遭遇したのは、結局その一体だけだったし」
「獣の類が、ことごとく魔獣になるのも魔の森の特徴ね。ギガントベアという種は存在しなくて、熊が魔の森で魔獣化するというのが定説よ。ひょっとすると、人間も何年も生活すると魔獣化するかもね」
ガイナスはおどけた調子で言った。
「僕たちはどのぐらいの期間、森で戦うのでしょう?」
レトは誰に尋ねるともなく言った。『魔素酔い』、『魔獣化』。魔の森の長期滞在は、人間にとってあまり良いものとは思えなくなったからだ。
「さぁ。どのくらいかしらね」
ガイナスは上を見上げてつぶやいた。レトの問いに答えられる者は誰もいなかった。




