再戦【scene12】
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マイグラン――通称『魔国』と呼ばれる国は、ハイクラスと呼ばれる魔族によって治められている。かつてはデーモン族によって支配されていた。デーモン族は強靭な肉体と絶大な魔力を有しているとされている。しかし、いつしかデーモン族はマイグランから姿を消した。その理由については一切が謎である。そして、支配者を失った国では、数多の魔族が覇権を巡って争った。その戦いに勝利したのがハイクラスなのだ。
ハイクラスが他の魔族に較べて優れていたのは、知能が高いということと、もうひとつ、特殊な異能力を持っているということである。ほかの魔族には無い、この特殊な能力で、彼らは他の種族を制し、マイグランの支配者となった。この特殊能力の実態は不明である。それというのも、その能力は個々によって異なるもので、それを称して『個性』、あるいは『個能力』と呼ばれている。つまり、同じハイクラス同士であっても、個人によって使える能力が異なるのだ。魔法だけでなく、正体不明の特殊能力を併せ持つ、ハイクラスは魔族の中でも異端の存在なのである。
突然オークからひとの姿へ『変身』した若い男を見て、レトは「これがハイクラスと呼ばれるものか」と思った。魔法に疎い彼であっても、変身魔法が高度のものであることは知っている。それを楽々とやってのける者は、それだけでも『別もの』の存在だと理解できた。
「ハイクラスは通常の魔法以外にも、個々で特別な能力を持っていると聞いている。『変身』がお前の能力か」
変身を解いたガニメデスに、リオンは話しかけた。ガニメデスは不気味な笑みを崩さず、口の中でクククと笑った。
「まぁな。おかげでお前のすぐそばまで近寄れたわけだ。指揮官姿のままじゃ、恐れをなして逃げられたかもしれないからな」
「……ハイクラスは何ごとにおいても高位だと聞いていたのだが、冗談の能力は並み以下だな」
リオンはつぶやくように言った。ガニメデスの顔から笑みが消えた。
「それが遺言か」ガニメデスの声からも明るさが消えている。
「その冗談も、かなり低級だ」リオンは構えを崩さずにつぶやいた。気がつけばリオンの身体が金色に光り始めている。
「団長……」レトはつぶやいた。リオンの全身が光るのを見るのは、これが2度目だった。最初は自分を攻撃するために使ったときだ。
……まさか、聖光十字撃?
しかし、耳鳴りのような音は聞こえない。何かが違うと感じた瞬間、リオンの身体が動いた。光の帯をまといながら、ガニメデスたち、敵の群れに突っ込んで行ったのだ。
「団長!」
レトは後を追おうとした。その肩をガイナスが掴む。
「待つのよ」ガイナスは恍惚とした表情で囁いた。振り返ったレトはガイナスの表情を見て息を呑んだ。ガイナスの表情は、探し物を見つけた子供のように、歓喜にあふれていたのだ。
「ガ、ガイナスさん……?」
「あの子、最高だわ……。聖光十字撃の力を極限まで抑えて、その力を自分の高速移動に振り当てているのよ」
リオンは高速でガニメデスの目前に迫った。ガニメデスは「チッ!」と舌打ちすると、左へ身体をかわした。光の帯はそのままオークの群れに飛び込んだ。するすると彼らの間をすり抜けて、再び群れの前に姿を現わした。光が消えると、その場に剣を構えたリオンの姿があった。リオンの背後では、どさどさと何かが落ちる音が聞こえる。リオンは敵の群れを通過しながら、大勢のオークを斬り捨てていたのだ。
「……相変わらず、ムカつくことを……」
ガニメデスが剣を抜いた。
「ほう、お前、剣は扱えるのか?」リオンは剣を構えるガニメデスを、面白がるような表情で見つめながら言った。本気で小ばかにしているようだ。
「当たり前だ!」
ガニメデスはリオンに躍りかかった。ふたりの剣が澄んだ金属音を響かせながら火花を散らせた。リオンの表情が変わった。
「早い!」リオンの戦いを見つめるカイル班から声が上がる。レトが見ると、それはデュプリだった。
ふたりは続けざまに剣を打ち合っていく。互いに一歩も引かない戦いぶりだ。リオンの背後を1匹のオークが襲いかかろうとしたが、一瞬で身体をバラバラにされて崩れ落ちた。
「みんな距離を取れ! 団長に加勢ができるものじゃない。下手に近づけば巻き込まれるぞ!」
カイルが剣を掲げて叫んだ。
「俺たちは向こうのオークどもを片づける!」
カイルの声を聞いて、周りの者たちから「おおう!」と応じる声があがった。ノギスは剣を構えて、オークの群れに突進していった。彼が一番、敵の群れに近かったのだ。ノギスのそばにいたオークは槍を構えたが、額に矢尻を生やして地面に倒れた。背後の土塁の上から、ハイデラがボーガンを構えて矢を放ったのだ。突然の矢の攻撃に混乱するほかのオークたちを、ノギスは冷静に討ち取っていく。ノギスの足元には討ち取られたオークたちが折り重なって倒れていった。
「今度こそ、今度こそ!」
ガニメデスは殺気に満ちた目で睨みつけながら、激しく剣を打ち込んでいく。リオンはそれらの攻撃を確実に受け流していた。しかし、先ほどまで浮かんでいた小ばかにした表情は、彼の顔から完全に消えていた。
……こいつ、剣の腕前は大したことはない。二流だ。しかし、俊敏さは異常なほどだ。おかげで俺の打ち込みもかわされている。こいつの剣は技じゃない。ただ反射神経でかわしているだけなんだ。だが、基本もデタラメなおかげで次の攻撃が読めない。下手をすると、こっちが斬られる。
「いい加減にやられろよ、クソ野郎が!」
ガニメデスは片手をリオンに向けると火の玉を放った。
……小爆裂の火の玉!
リオンはそれを両断したが、その間隙を突いてガニメデスが剣を振りぬいた。剣の切っ先はリオンの胸の鎧に火花を散らせた。
「ぐっ!」リオンは呻いた。胸を押さえて数歩後ずさる。
「そこだぁ!」ガニメデスは剣を振り上げながら襲いかかった。
……防御が間に合わない!
リオンは歯を食いしばった。自分の身に降りかかる痛みに耐えようとするかのように。
「させません!」
ガニメデスは脇から何者かの体当たりを受けて吹っ飛んだ。ガニメデスは地面に片手を突いて一回転すると、忌々しい表情を浮かべながら着地した。「誰だ!」
「間に合って良かったです!」
リオンの前に剣を構えて立っているのはレトだった。レトがガニメデスに体当たりを喰らわせたのだ。
「クソちび、邪魔をするなぁ!」
ガニメデスが叫ぶと、無数の小爆裂の群れがレトめがけて飛んでいった。身構えるレトの襟首をリオンが掴んだ。
「どけ!」リオンは叫ぶなり、レトを背後に投げ捨てた。そして、自らが小爆裂の群れに立ちはだかると、その群れのなかを一瞬で駆け抜ける。小爆裂はリオンの動きに反応して、その場で爆発した。地面に転がされたレトは、その光景を目にして呆然とした。
「さっきの話を聞いていなかったのか、君は! 君ごときがハイクラスの相手なんか務まるはずがないだろう!」
リオンは振り返ることなく一喝した。レトはリオンの背中を見つめながら言葉を失っていた。勇者を守ろうとした行動が、こうも叱責を受けるものと思わなかったのだ。
「……さっきのこと礼は言う。ただ、もう君は前に出るな!」
「はい」
レトはすばやく立ち上がると、リオンたちから離れていった。しかし、視線だけはガニメデスから離さなかった。レトの目にも、ガニメデスの動きは予測できない変則的なものだったのだ。さらに、呪文の詠唱なしに放たれる魔法というものを初めて目にしたのだ。ハイクラスはなぜ魔族の中でも特別なのか、レトは身をもってそれを知ったのである。
ガニメデスは剣を構えながら立ち上がった。自分の攻撃がなかなか効果的に決まらないことに苛立ちが抑えられない。彼の顔は紅潮していた。
「クソッ! クソッ! クソッ! なぜ、俺の攻撃が決まらない? こんなカスの人間相手に!」
「お前の攻撃がカスだからだよ」
リオンは冷たい視線を向けて言った。リオンのほうは冷静な表情だ。つい先ほどレトに怒鳴りつけたことで、彼の頭の中は冷えていたのだ。
――レトがこっちを見ている。リオンは無様な自分をさらしてはならないと思った。そう意識したとき、彼は心を落ち着かせ、冷静に状況を把握できるようになったのだ。
「俺の攻撃がカスだとぉ!」
ガニメデスは再び小爆裂を無数に放った。リオンは全身が光ると、素早くオークの群れに突っ込んで行った。小爆裂は、リオンを追撃してオークの群れで爆発した。多くの者が爆発に巻き込まれて倒れていく。
「さっきの高速移動か!」
ガニメデスは唇の端を噛んだ。
「小爆裂は標的の座標固定が難しい。だから、お前は追撃の術式や、誘爆の術式を盛り込んだ魔法で攻撃した。それがわかれば、こうして対処できる」
リオンは地面に横たわるオークたちを横目で見ながら、ガニメデスに話しかけた。
「……戦いの中で、見抜いたと言うのか」ガニメデスはギラギラした目つきでつぶやいた。
「呪文の詠唱なしで、複雑な魔法が行使できるのは大したものだよ。だが、惜しいかな。お前はまだ、それを使いこなせていない。その自覚があるからこそ、楽な方法を使った。だがな、楽な方法には穴ってものがあるんだよ」
リオンは剣の切っ先をガニメデスに向けた。「俺は楽な方法は使わない。困難な道にこそ、本当の勝利に辿り着けるんだ」
「お前、修行中の修道士みたいなことを言ってるぞ。しかし、いくさは苦行すれば勝てるものじゃない。そんなので勝てるって言うのなら、兵隊のすべてを裸にして、イバラのつるを巻き付けとけばいいんだ」
ガニメデスは剣を握り直しながら言った。目は油断なく周囲をうかがっている。レトだけでなく、ガニメデスの隙をうかがう者はほかにもいるのだ。
「たしかに、いくさは精神論じゃない。もっと作業的なものだ。ただ、これほど生産性のない作業もない。それでも、効率性や有効性は追求していかなくちゃならないんだ。しかし、効率性や有効性ってのは楽に上げられるものじゃない。お前は小爆裂を使う有効性を上げるために、楽な方法を選んだってことなのさ。楽な方法を選んだことで、お前は俺に勝てなくなったんだ」
「まだ勝敗はついていない!」
ガニメデスは剣を振り上げ、リオンに躍りかかった。リオンはさっと後ろへ飛び下がった。極端と言えるほど大きな跳躍だった。リオンは勇者の団員たちが身構える土塁の上に降り立った。
「逃げるのか!」ガニメデスは吠えた。
「どうかな? 逃げるのはそっちじゃないかな」
リオンはガニメデスの後方に目をやりながら答えた。
「何だと?」
ガニメデスはつられるように後ろを振り返った。
遠くで、1匹のホブゴブリンが必死の形相で走っている。まっすぐガニメデスに向かっているようだ。リオンはそのホブゴブリンを覚えていた。チリンスの丘で、ガニメデスのそばに居たホブゴブリンだ。
「で、殿下!」
ホブゴブリンはガニメデスの前に着くと、息せき切って話しかけた。
「どうした? お前は全体の指揮を任せていたんだぞ!」
ガニメデスは咎める声をあげた。後方は砂ぼこりで様子が見えない。雨の少ないメネアでは、砂ぼこりが舞いやすいのだ。
「殿下にご報告申し上げます。我が軍の後方に、王国の大軍が迫っています。チリンスの丘を抜けて、敵が挟撃しているのです!」
ガニメデスは目を剥いた。
「何だと!」




