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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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噂【scene5】

5


 コリントでの昼下がり。ランブル将軍は執務室で、手にするカップから立ち上る湯気を嗅いでいた。侯爵の位にある将軍は、貴族らしい風雅を好む傾向がある。この日も午後の紅茶を嗜んでいるところだった。紅茶の時間は誰の入室も許可していない。そのため、アッチカより急を知らせる使者が訪ねてきたとき、将軍はあからさまに不快な顔つきになった。

 「緊急とはどれほどのものなのかね?」

 将軍の声は憤りの感情がこもっていた。秘書は将軍の雅な趣味を熟知しているだけに、固くなって答えた。

 「は。将軍の立場に関わるものだと……」

 将軍の表情が曇った。「私の立場だと?」

 入室を許された使者はオドオドした様子だった。執務室の豪奢さもさることながら、厳めしい表情の将軍に畏れを抱いているのだ。

 「実は、キーダ中将より内密にご報告せよと指示を受けたのでございますが……」

 キーダ中将は将軍の腹心のひとりで、現在アッチカを守る司令官である。使者はアッチカからやって来たのだ。報告は将軍ひとりにだけと聞いているのだろう。言いにくそうに横目で秘書を見つめている。秘書は背広姿の、実直そうな若者だった。秘書はまるで頓着する様子も見せず、無言で直立している。

 「彼のことは気にしなくともよい。報告したまえ」

 将軍は小さくうなずきながら命じた。

 「は。実は、メネア駐留の『勇者の団』が独自に軍事行動を起こしているとのことなのです」

 「何かね、それは?」

 「詳細は不明ですが、勇者と数名の特殊工作隊がチリンスの丘を急襲し、敵に少なからぬ打撃を与えたと言うのです」

 将軍は静かにカップを机の上に戻した。

 「その情報はどこからのものかね?」

 使者は表情をこわばらせた。将軍の顔つきが変わったからだ。

 「そ、それが……。どういうわけか、アッチカのあちこちで流れている噂のようなものでして……」

 「中将は、ただの噂を私に報告させたのかね?」

 「そ、それが、ただの噂ではないようでして……。噂にしては詳細が語られていたり、内容が具体的であったり、真実味の強いものであったのです。さらに、私が出発する前に、メネアのハミルトン少佐から届いた報告によれば、勇者が独自に行動した旨が報告されていたのであります」

 「ハミルトンは噂を裏付けたということか」

 「ところが、少佐の報告は奇怪なものでして、勇者が従えていたのは特殊工作隊ではございませんでした。勇者が作戦に連れていたのは屍霊グールだとのことでした」

 将軍の椅子が大きく軋む音を立てた。

 「何? 屍霊グールだと?」

 「勇者は屍霊グールを軍事利用する術を持っているという報告でした」

 「バカバカしい!」

 将軍は不愉快そうに顔を横に向けた。それでは、噂のほうがまともで、部下の報告のほうが噂のように嘘臭いではないか。

 「いいかね。屍霊グールというのは、魔族はもちろん、人間も見境なく襲う化け物だ。それを従わせて戦っただと? それが可能であれば、我々は戦死者を出すたびに兵力の増強ができておるわい」

 将軍はやや蔑むような目で使者を見つめる。

 「ハミルトン少佐はその現場を目撃したのですか?」

 秘書が口を挟んだ。使者は気まずそうな表情を浮かべた。「い、いいえ。勇者の部下の報告をそのままお伝えしているだけなので……」

 将軍は鼻を鳴らした。「話にならん」

 「で、ですが、勇者がチリンスの丘で敵に打撃を与えたのは間違いありません。アッチカでもチリンスの部隊がメネアを目指して移動を開始したことを確認しています。おそらく、襲撃を受けたことの報復を行なうようなのです」

 「チリンスの本隊が動いただと?」

 将軍の眉が大きく動いた。この報告は将軍には予想外だった。魔侯軍は1万の部隊をメネアに送り込んで撃退されている。そんな魔侯軍が攻撃を再開するには準備時間が少なすぎるのだ。将軍の予想では、魔侯軍はあと1週間ほど動きを見せないはずだった。増援や、兵の補充など、どのように態勢の再編を行なうか。むしろ、将軍の関心はそちらにあったぐらいだ。それが、魔侯軍は軍の再編をろくに行なわずに、メネアへ攻め込もうというのだ。敵がメネアを攻撃したいと思うような出来事が起こったと言うのであれば、使者の報告は信ぴょう性が高まる。しかし、それでも屍霊グールの件は信じられなかった。その辺りのことは噂のほうが真実なのだろう。将軍はそう考えた。

 「敵がメネアに迫っている。つまり、ハミルトン少佐は我らに急ぎ援軍を送るよう要請したい、ということですか」

 秘書は使者に尋ねた。

 「それが……、『勇者の団』がメネアに向かう敵は我々だけで殲滅する。決して将軍に援軍を要請してはならないと申しているそうで……。少佐はどのように対処すべきか判断に窮して、アッチカへ問い合わせの兵を送ったのでございます」

 「2万の敵に、『勇者の団』だけで対処すると言うのか?」

 さらに予想を上回る話に、将軍は困惑した。リオンが寡兵で敵に打撃を与えた話も予想外だが、報復に向かった敵も寡兵で迎え撃つというのだ。これまでの情報のどこまでが真実なのか耳を疑う話ばかりだ。

 「はい。少佐は詳細を知らされていないのですが、勇者には敵を殲滅する秘策があるらしいのです。そして、勝利の後、すぐにチリンスの丘へ向かい、残党も殲滅してチリンスの丘を奪還すると申しているそうです。その丘で、勇者は『勇者宣言』を行なう用意があるとのことでした」

 「なに、『勇者宣言』だと!」

 将軍は椅子から立ち上がった。これまでの表情が一変し、完全に怒りの表情を見せている。

――『勇者宣言』。

 かつて、勇者ラファールがチリンスの丘で行なったとされるものだ。ラファールはメネアで魔王軍を撃退し、さらにチリンスの丘からも敵を駆逐した。そして、チリンスの丘の頂上で、「真の勇者として、魔王を倒す」と宣言したとされる。これが『勇者宣言』と呼ばれる伝説である。もし、リオンがチリンスの丘で『勇者宣言』を行なえば、ギデオンフェル王国の民はリオンこそが正統の勇者の後継者と認めることだろう。それは、これまで勇者の正統な子孫であると称してきた、自分たちの立場を否定されることに等しい。王国の民にとっては希望の持てる話になるのだろうが、こちらは家名に泥を塗られることになるのだ。そんなこと、自分はもちろんだが両大臣もさすがに黙ってはいまい。しかし、それが実行されれば、こちらが何を口にしようとも、民が耳を貸すことはないだろう。

 「その話は本当の話なんだな?」

 将軍は全身に怒りの炎を燃えたぎらせながら尋ねた。使者は将軍の豹変ぶりに恐怖して、すぐに返答できないでいた。

 「その話は、本当なんだな!」

 将軍が苛立ったように質問を繰り返すと、使者は背筋を伸ばしてうなずいた。

 「は、はい! ハミルトン少佐からの正式な報告でございます」

 「閣下。これはいったいどういう……」

 秘書は困惑した表情で問いかける。常識的には、メネアの軍勢で魔侯軍2万に勝てる見込みはない。リオンは、そんな不利を覆して勝利すると言っている。さらに、勝利した暁には、自ら『勇者宣言』を発し、全国に自分こそが勇者の正統後継者であることを宣伝するというのだ。リオンの勝算が読めないだけに、この行動は理解できない。

 「私にわかるものか! いや、わかってたまるか!」

 将軍は怒りを抑えきれない様子で怒鳴る。秘書は思わず首をすくめた。

 「勇者の末裔は数あれど、我こそは正統だと、戯けたことを主張するバカなど現れなかった。それは、アーバイン、コーカサス、ランブル。この三家以上の家格の者はいないからだ。かつては貴族の家系だったかもしれんが、とうに下級市民にまで墜ちた身分の者が口にできる話ではない。リオンはわざわざ虎の尾を踏む行為をしているのだ。尾を踏まれて、私がニコニコしているとでも思うのかね、君は?」

 将軍は最後には八つ当たり気味に秘書に問いかけた。秘書は顔をこわばらせた。

 「……閣下ほどの器量の人物であれば、鼻にも引っかけないと思っております……」

 秘書はどもりながらも、ようやく答えを口にした。秘書の答えを聞いて、将軍の表情が穏やかになっていった。息も整い、落ち着いたようである。

 「そうだな。私は激情に駆られたようだ。やつの策も知れんというのに、騒ぎ過ぎたようだ」

 冷静に戻った将軍の様子に、秘書と使者はほっと胸を撫でおろした。

 「敵の動きを確かめろ。やつらがメネアに、どれだけの軍勢を送り込み、チリンスの丘にどれだけの兵力を残しているのか。少佐からの報告はともかく、敵が動いていると言うのであれば、その情勢はつかんでおかねばならん」

 将軍は静かに命令を下した。秘書は短く「かしこまりました」と頭を下げると、部屋から退出した。将軍は残された使者に目を向ける。

 「君は中将の元へ戻り、アッチカ近辺の敵の数を再確認するよう伝えるのだ。敵がアッチカの戦力を減らしているのか確認しておきたい」

 「は!」使者は敬礼すると、秘書と同じように部屋を退出した。

 執務室には将軍がひとりだけ残っていた。将軍は飲みかけの紅茶に口をつけ、そして顔をしかめた。紅茶はとっくに冷めていたのだ。

 将軍にとって、不快な午後はこれで終わりでなかった。

 コリントの街は商業の拠点のひとつとして栄えている。有力な貴族や商人が数多く集まる街でもあった。敵に主要な交通路を遮断され、コリントの街は苦しい状況にはあるが、完全に包囲されているわけでもない。そのせいか、貴族や商人たちも慌ててコリントから逃げ出すことをせず、この街での商売に勤しんでいた。王国軍の主力が駐留していることも、彼らの安心感につながっているらしい。彼らは夜ごとにパーティーを開くほどの余裕もあったのである。この日の夜もある貴族の館でパーティーが開かれ、将軍はそこに招待されて訪れた。

 貴族たちの魂胆はわかりやすいものだ。もし、敵が街に襲撃したら、自分の屋敷を軍に守ってもらえるよう働きかけるためだ。街全体の安全よりも、自分の利益を最優先にする彼らの考えを、将軍は少し軽蔑していた。しかし、彼らが無償で提供する物資はありがたい。将軍はそうした『支援者』に愛想を見せるため、パーティーへ顔を出すことにしているのだった。

 パーティーでは、将軍は華形だった。将軍を中心に愛想笑いを浮かべた貴族や商人たちが取り囲んでいる。将軍も変わらぬ笑顔を彼らに向けていた。出てくる料理は貴族主催らしい豪華なものばかりで、酒はもちろん極上品だ。決して楽しい会というわけではないが、将軍の機嫌は直りかけていた。そこへ、ひとりの貴族が近づいてきたのである。

 「将軍閣下、いよいよですな。我々もご期待申し上げます」

 何が、いよいよなのか。将軍は首をかしげた。

 「はて、何の話かな?」

 「私には内緒になさらなくてもけっこうですぞ。魔族どもに情報を売ったりしませんからな」

 貴族は太い腹を揺すらせて笑っている。将軍はますますわからなくなった。

 「いいえ。私は貴卿が何のことについて述べているのか、見当がついておらんのです」

 「おう、これは私の話し方がよろしくありませんでしたな。私が申しておりますのは、閣下がこのたび覚醒した勇者どのを支援して、敵を撃退なさろうとしている件でございます」

 将軍は思わず手にしていたグラスを落としそうになった。

 「……貴卿に、どのような話が伝わっておりますのかな」

 「おや、秘密の作戦でございましたか? この界隈では、すっかり噂として広まっておりますぞ。勇者リオンが、間もなくチリンスの丘を奪還し、故事にならって『勇者宣言』を行なう予定であると。その際、将軍閣下は勇者の片腕として魔侯軍追討の先兵を担うことを表明するとか。将軍閣下としては、勇者を立てて、ご自分はその配下としてお支えする意向であるとお聞きしているのですが」

 グラスを持つ将軍の手がぶるぶると震えた。日頃感情を見せない将軍ではあるが、このときばかりはもうすぐで感情が爆発するところだった。

 「き、貴卿に、どのような経緯で伝わったかは存じませんが、いささか誤った情報が伝わっておりますな」

 貴族は残念そうな表情を浮かべた。

 「誤った情報、ですか。では、勇者はチリンスの丘を奪還しないのですか。敵は、かの地を支配したままになるということでしょうか?」

 「そうではありません。チリンスの丘は奪還します。しかし、それはリオンという人物の手ではございません。それを成し遂げるのは私でございます。ご存知でしょうが、私も勇者ラファールの末裔なのですぞ」

 将軍は勢いでそう答えてしまった。それを聞いた貴族は目を丸くする。

 「何と、将軍閣下自らが動かれるのですか!」

 「『勇者宣言』の故事は神聖かつ不可侵のものです。たとえ、末裔の私でも、おいそれとできるものではございません。ましてや、下級市民の出のものが口にして良いものではないのです。そして、私は皆さんが安心して日常をお過ごしいただけるように、丘の敵を取り除くつもりです。貴卿が耳にしたのは、私が丘を取り戻し、リオンがその支援に当たる話がどこかで取り違えた形で伝わったものでしょう」

 将軍の答えに、その貴族は納得したように何度もうなずいた。

 「なるほど、なるほど。確かに将軍閣下が若者の旗下に入るのは妙だと思っていました。ですが、将軍の説明をお聞きして合点がいきました。我々も将軍閣下の出陣は、今か今かと思っていたものです。ついに、そのときが来たということですな」

 「そうです。ようやく機が熟したのです」

 将軍は千々に乱れた心に気づかれないよう、低く落ち着いた声で答えた。貴族は嬉しそうな表情で仲間たちの輪に駆け込むと何かを話し始めた。すると、話を聞いた貴族たちがグラスを掲げて将軍に向かい、「将軍閣下、万歳!」と大声をあげたのである。将軍はわずかにグラスを持ち上げてみせるのが精いっぱいであった。


 その夜、司令部に戻った将軍の顔つきは、秘書がこれまで見たことがないほどの険しいものだった。

 「君、すぐに幹部諸君を集めるのだ。今すぐだ! 出陣の準備を進めさせる!」

 時刻は真夜中過ぎで、さすがに誰もが就寝中であろうと思われたが、将軍の形相を目の当たりにして、秘書は何も言うことができなかった。彼は静かに頭を下げると、命令を実行すべく執務室から退出した。残った将軍は、自分の机に両手を置いて、机の上を睨みつけている。もし、誰かその部屋に残っていたら、将軍の激しい歯ぎしりの音を耳にしたことだろう。

 「おのれ、おのれ! 下級市民の分際で、小賢しい宣伝なぞしおって。お前の狙い通りにことは進めさせんぞ、リオン!」

 将軍の口から、憎しみのこもった声が漏れた。


 アッチカからメネアへ向かう森の細道を、トルバが馬を走らせていた。背後から追ってくる馬の足音に気づいて振り返ると、ラリーが馬を駆っているのが見えた。トルバは馬を止めて、ラリーが追いつくのを待った。

 「よぉ、お疲れさん。首尾はどうだ?」

 ラリーが馬をトルバの隣に横づけすると、トルバはラリーをねぎらいながら質問した。ラリーは笑顔も見せずにうなずいた。

 「上々さ。今ごろ将軍の耳に噂が届いていると思う」

 「こっちも上々さ。俺は中将の部下が早馬でコリントに向かっていくのを確認したぜ」

 「将軍のやつ、メネアが敵の大軍を撃退した話を市民の誰にも伝えちゃいなかった。将軍は何が何でもリオンの手柄を認めないつもりだぜ」

 「その件は、アッチカも同様だった。まさにリオンの読み通りだったわけだ」

 「だとすると、将軍はリオンの思惑に乗せられて動くことになりそうだな」

 トルバはうなずいた。

 「ああ。何もかもリオンの読み通りだ。将軍はわかりやすい性格しているから、リオンにとって乗せやすい相手だそうだ。将軍はリオンの策に踊らされて、兵を動かすことになるだろう」

 ラリーはため息をついた。どこか呆れている表情だ。

 「まったく、リオンには恐れ入るよ。敵を屍霊グールで挑発してメネアにおびき寄せ、さらに将軍も手玉に取って、敵の背後を襲わせようとするなんて。俺には思いもつかない奇策ばかりだ」

 「ああ、そうだな。リオンは大したやつだよ。さぁ、早くメネアに戻ってリオンに報告しよう。リオンの作戦通りに事は進んでいるとな」

 ふたりは馬のたづなを握り直すと、メネアへの道を急いだ。

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