語られる心理戦【scene6】
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リオンがメネアに戻ってきたのは昼近くになってのことだった。帰りの馬は屍霊に襲われないよう離れた地に置いていたので、馬の元までたどり着くのに時間がかかったのだ。
リオンは馬を預けた兵士の表情から、自分が何をしてきたかを彼らが知っていると悟った。畏れと軽蔑、そして怒り。様々な負の感情の入り混じった目を、その兵士はリオンに向けていたのだ。
……覚悟しなければならないな。
司令部に向かいながら、リオンは心の内でつぶやいた。なぜ、こんな手段を取ったのかについて、リオンなりの考えはある。しかし、ひとは感情の生き物だ。リオンのように、理性的に、かつ論理的な思考のみで行動できる人間はそれほど多くない。いや、自分だって感情の生き物だ。日頃は冷静な彼でさえ、感情を乱される相手がいる。リオンの前に、まさにその人物が現れた。
「お帰りなさい、団長」
レトが頭を下げた。リオンはあいさつを返さず、レトの横を通り抜けた。レトは少し暗い表情で司令部へ入っていくリオンの背中を見送った。
リオンが会議室に入ると、参謀や各隊の隊長など主だった者が集まっていた。見張りからリオンの帰還が知らされていたのだ。ラリーやトルバの姿だけ見えない。ふたりはまだ任務から戻っていないのだろう。
「みんな、遅くなってすまない。報告と作戦について話がしたい」
「その前に、俺から話がある」
リオンの前にディレイノが立ちはだかった。リオンがディレイノに顔を向ける間もなく、その横面をぶん殴られた。リオンは壁に身体を激しく叩きつけた。
「リオン!」「ディレイノ!」
エリスとケインが同時に叫んで席から立ち上がった。リオンは口の横をこぶしで押さえながら、もう片方の手を上げてみせた。ふたりは立ち止まった。
「いいんだ……。4番隊隊長には俺を殴る理由がある」
今回の作戦で屍霊になった者には、4番隊の団員も含まれている。その中には、かつてディレイノとパーティーを組んでいたコルツォなどもいたのだ。
「……わかっているのなら、話すことはない」
ディレイノは冷ややかな目つきをリオンに向けて言い放つと、くるりと身体の向きを変えた。そのまま自分の席へ座ると、両腕を組んで目を閉じた。
リオンは議長席へと歩いていった。口の中に血の味が広がる。エリスが布を出して歩み寄ろうとしたが、リオンはそれを制して席に着いた。エリスは不安そうな表情を浮かべながら、ケインとともに席に座った。
「今回のおれの行動に、批判的な者は多いだろうことはわかっている。そのこと自体に、俺は釈明をしないし、謝罪もしない。わかってほしいのは、このまま魔侯軍にチリンスを押さえられたままにはできないということ。そして、俺の行動によって、敵は大軍を率いてここメネアへ攻め込もうとしているということだ」
「なんてことだ……」
ハミルトン少佐は天を仰いだ。
「今度攻めてくる敵の規模は?」
デアンドリアが冷静な声で尋ねた。
「おそらく2万以上になる。さらに、今回の攻撃には、敵の司令官も現れるだろう。司令官はガニメデス。魔侯アルタイルの息子だ」
「魔侯の息子……、つまり、それは……」少佐の顔が蒼ざめた。
「そうだ。ハイクラスがやってくる」リオンがうなずくと、周囲からどよめきがあがった。
「リオンはガニメデスの姿を確認したのか?」ケインが尋ねた。
「ちょっとだけだがね」リオンは詳細を説明するのは避けた。ケインは明らかに不審そうな表情を見せたが、それ以上のことは口にしなかった。ただ、リオンがどのような行動で、先ほどのことを確認したのかは察しがついたようだ。
「ハイクラスは、これまで戦った魔族とは格が違う。魔族は基本的に呪文の詠唱なしに魔法が使える。しかし、魔法を駆使できる魔族が少ないおかげで、俺たちは敵の魔法に苦しめられずにすんだ。だが、ハイクラスは魔法が得意で、むしろ積極的に使ってくるだろう。やつが現れたら、間合いはあまり関係ない。やつには広範囲に攻撃できる魔法が使えるのだから」
リオンの説明に、各隊の隊長たちは緊張した面持ちになった。もともとが冒険者である彼らには、不文律にも近い決まりごとがあった。それは――
ハイクラスとは事を構えるな。
魔族最強と言われる彼らとは、まともに戦って勝てる見込みがない、ということである。身体能力、魔力のいずれもが人間を凌駕している。魔族は基本的に身体能力か、魔力か、いずれかが人間より優れているとされるが、ともに上回っているのはハイクラスか、別名悪魔とも呼ばれるデーモン族ぐらいだ。かつては世界を恐怖に陥れたデーモン族は、この時代になると姿を見ることが絶えていた。それで、現在はハイクラスが最強の位置にある。ただ、ハイクラスの実態を知る人間は少なく、未知の部分が多いだけに、それが脅威に思わせている側面もある。
「ハイクラスがやってくるのか……」日頃は好戦的なウォレスも慎重な口ぶりだ。彼も経験豊富な冒険者だけに、『生きるための鉄則』は頭の中に叩き込まれているのだ。
「ハイクラスが率いる大軍を相手に、勇者殿はどうやって戦うおつもりなのですか?」
少佐は焦燥感を隠せない。震える声でリオンに尋ねた。
リオンは一同の顔を見渡した。目を閉じて沈黙しているディレイノを除けば、誰もが何らかの不安を抱えているような表情を見せている。それは、リオンを信頼しているはずのケインやエリスも同様だ。ハイクラス襲撃の報せは、彼らにも衝撃的だったのだろう。
「こちらの戦力はざっと3千弱。対する魔侯軍は推定で2万。1万の敵を撃退した我々だが、今度はハイクラスもいる分、まともに戦って勝てる見込みはない。作戦としては守備に徹して、何が何でも守り切ることだ」
「……守り切るって、何を……?」少佐は弱々しい声で尋ねる。
「俺たち自身の命、このメネアを守るみんなの命だ」
リオンは宣言するように答えた。
「今、敵の頭には血が上って、常識的な判断ができない状態にある。もし、敵が冷静なら、いくら打撃を受けたからと言って、メネアに軍の主力を差し向けることはあり得ない。なぜなら、王国軍の主力はこちらにはないのだ。主力があるのはコリントだ」
「しかし、その主力が守勢に回って、一向に動く兆しを見せないじゃないか」
ウォレスが不満そうに口を挟んだ。ウォレスの発言にうなずく者も何人かいる。
ちょうど、そのときだった。会議室の扉が開き、ラリーとトルバが揃って姿を現わした。ラリーは口の端に血を滲ませているリオンに驚いた様子だったが、トルバと同様に無言で席に着いた。
「ふたりともご苦労だった。首尾は確認できたか?」
リオンが声をかけると、ふたりともうなずいた。
「ああ。アッチカでは、情報で泡を食った中将が大慌てでコリントに使者を送った。コリントでは将軍が、まるでリオンの家来になるような噂が街全体に広がっているところだ」
「な、何だって!」
少佐は大声をあげると、腰を浮かした。
「座っていただけますか、少佐」
リオンは静かだが、有無を言わせないほどの迫力のこもった声で言った。少佐は真っ青な顔で腰を下ろした。
「少佐がアッチカとの連絡が取れるようになると、我々に知らせず、密かに将軍と連絡を取っていたことは存じていました。一部ではありますが、将軍からの指示の内容も把握しております。それは、消極的な防衛戦を継続し、敵を疲弊させよというものでしたね?」
「何だと! あなたはそれを知っていたのか!」
グエンが驚きと抗議の声を同時に上げた。日頃冷静なデアンドリアも、「内部の情報を密かに探っていたのか……」と、驚きを隠せない様子だ。
「王国軍側が、我々に非協力的なのはみんなも承知だろう。軍は我々『勇者の団』を仲間とは決して認めたりしない。それは、ともに命を懸けて戦ったハミルトン少佐でさえも同じだけのことだ」
「同じって……。勇者は、この少佐が俺たちに隠れてコソコソ行動しているのを見過ごしてきたって言うのか?」
ベイノンが横目で少佐を見ながら尋ねた。少佐は首をすくめて小さくなっている。
「少佐でさえ、なかなか我々に腹を割ってくれませんからね。将軍に至っては言わずもがなでしょう。そのうえで軍の動きを把握するには、少佐を泳がせて情報を拾えるようにしたほうが良いと思ったのです」
リオンは少佐の顔を見つめて説明した。少佐の顔はますます蒼くなる。
「わ、私を利用するためにわざと泳がせた、と言うのか」
「あなたの内緒の行動がなければ、我々もアッチカ、コリントの両軍を動かす作戦は実行できませんでした。我々と協力体制にない少佐からの報告だからこそ、あちらは混乱し、正確な判断がつかないまま噂に翻弄されることになったのです」
「げ、現在の軍の様子は……」
「それは、あなたのほうが詳しいのではありませんか、少佐」
「い、いや、私は何も知らない! 現在、将軍閣下がどのように動かれているのか、私はまったく知らされていないのだ。本当だ。この辺境の地は、最悪の場合は放棄しても構わない、というのが将軍のご命令だ。辺境の地がいくら奪われようと、将軍は痛手と考えておられないのだ。逆に、辺境での勝利も、いくさ全体で考えれば、些細なものでしかない。それが将軍閣下のお考えなのだ。そんな辺境の地を守備する我々に、将軍は軍主力の情報などお伝えいただけるはずがない」
「3倍を超える敵を撃退したのが些細なことか」ピピンが低い声でつぶやいた。
「その話はもういいんだ、ピピン」
リオンがなだめるようにピピンに言った。
「大事なのは、これから起きるいくさのたづなを握っているのは誰かということさ。少佐には申し訳ないが、それを握っているのは将軍閣下ではないよ」
少佐はリオンを正視できずに顔をそらした。この部屋の中には自分を除いて王国軍の者はいない。もし、誰かが自分に斬りかかることになっても誰にもかばってもらえないだろう。彼は敵陣の中にひとり放り込まれたも同然なのだ。
「少佐。申し訳ないが、我々からの承諾なしに王国軍と連絡を取るのは今後控えていただく。我々の作戦に支障が出る恐れがあるからです」
「我々と事を構えるつもりか!」少佐は大声をあげたが、その声に力は感じられなかった。
「敵をあざむくには、まず味方から、という兵法がございましょう。今回行なうのはそれにあたります。この作戦で、我々は2万の敵を撃退するのです。この勝利によって、この戦争の趨勢は一気にこちらへ傾きます。そして、我々は本来の目的である、魔侯の討伐へ進むことができるのですよ」
「あ、あなたは本気で魔侯の首を狙うのか?」
「そのために結成されたのが『勇者の団』です」
少佐は、この若者が自分たちとまったく『別』の存在であることを思い知った。戦いにおける考え方だけでなく、目指すものもまるで異なるのだ。国を守れればそれで良いという考えの将軍と意見が合うはずがない。
「勇者殿。あなたは、このメネアを守り切るとおっしゃった。あなたには、ここを守り切る策がおありなのか?」
「いいえ、残念ながら」
リオンの答えに、少佐だけでなく、周囲の者も驚いた表情を見せた。
「それなのに、こんな危険な作戦を仕掛けたと言うのですか」
「これは危険な賭けだ。俺の作戦は単純なもので、将軍率いる王国軍の主力がメネアを攻める敵の背後を襲うというものだ。もし、将軍が軍を動かさなければ、俺たちはメネアに閉じ込められたまま全滅するだけだ。しかし、将軍の主力が動けば、俺たちの勝ちだ。このメネアの地形は大軍を大きく展開させることができない。どうしても縦に長く伸びたものになる。こんな土地では、大軍も威力が落ちるんだ。その背後を王国軍の主力が攻撃すれば、敵の戦線も崩壊するだろう。俺たちは、敵を閉じ込める筒の一端をふさぐ役割だけでいいのさ」
リオンは手ぶりを交えて説明した。左手で王国軍が攻める動きを見せ、右手は通せんぼするように広げてみせたのだ。それで、リオンの作戦が魔侯軍を挟撃するものだと誰もが理解した。
「しかし、うまく将軍をそそのかすことができますかね」
ウィル・フリーマンが、やや懐疑的につぶやいた。
「そこは、将軍が誇り高い人物であるかにかかっているね」
リオンはこともなげに答えた。




