簡単な引き算【scene4】
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「何てことを! そんなことを私に諮らず実行するなど!」
ハミルトン少佐は大声をあげた。
司令本部の会議室である。そこにはくぼ地から戻ってきたケインと、各隊の隊長たち、そして王国軍メネア駐留隊の隊長であるハミルトン少佐が集まっていた。彼らはケインの口から屍霊を使用した秘密作戦のことを聞かされたのだ。
「しかも、戦死者を冒涜するような邪道の作戦。『勇者の団』の名を穢すようなものですぞ!」
ハミルトン少佐の顔は真っ赤だ。これまでは消極的ながらも『勇者の団』と協力して作戦を実行してきた。戦果もあげた。それなのに、リオンたちわずか数名の幹部が、これまでの信頼関係を根こそぎ壊すような行動を取ったのだ。軍人としては温和なハミルトン少佐でさえ、ケインの報告に怒りを抑えることができなかった。
「もし、この作戦を話したら、今のような感じで反対されているでしょう。当然、実行もされない」
ケインは暗い表情で言った。こういう役目は結局自分が負うことになる。わかってはいるが、気が滅入ってしまう。
「反対されるって……、当たり前でしょうが!」
ハミルトン少佐は収まる様子がない。少佐があまりに激しく怒るせいで、ほかの隊長たちは怒りを持っていかれたようだ。皆、苦い表情で沈黙しているだけである。
「死者を冒涜しているのはもちろんだが、この作戦には後がないのも問題だ。屍霊をけしかけられて、魔侯軍が黙っているはずがない。必ず、このメネアに軍を編成して送ってくるはずだ。この前の戦いは、やつらは1万の兵力で負けたんだ。今度は倍の2万で攻めるかもしれない」
7番隊隊長のデアンドリアが、自分なりに分析した考えを冷静に述べた。ただ、ほかの者もデアンドリアと同じ考えだったらしく、数名が小さくうなずいただけだった。
「少なくとも1万5千で攻めてくるだろう。それがリオンの予測だ」
ケインは、その意見は想定内のように答えた。
「つまり、勇者殿は、せっかく追い払った敵を、再びこちらに招き入れようとしているのですな!」
少佐の怒りは一向に鎮まらない。息を切らすように怒りの声をあげている。
「それがリオンの狙いです。リオンは敵に打撃を与えつつ、最大級の挑発を仕掛けているんです」
「いったい、なぜ? わざわざこちらを窮地に陥れることを!」
少佐の顔色はどす黒いものに変わりつつあった。
「そのあたりは、こっちも聞きたいな。リオンはいったい何を考えている?」
ディレイノ・ハーディーが自分を抑えた口調で尋ねた。彼にしてみれば、同じ隊の仲間を屍霊にされてしまったのだ。この中の誰よりも猛り狂っておかしくないはずだった。
ケインはディレイノの表情を見て、一瞬沈黙した。ディレイノの目を見て、彼が必死で自分を押さえつけているのが痛いほどわかったからだ。
「俺たちは魔侯軍を撃退し、魔侯を討ち取らなければならない。それも速やかにだ。王国軍は長期戦の構えを崩していない。しかし、それでは民は疲弊して苦しむだけだ。しかも、その策で敵が撤退するか保証できない。時間が経てば、敵が戦力を増強することだってありえるのだ」
「だからと言って、こんな策を立てて良いという道理はない! 我々だって、備蓄の乏しいこのメネアを守るために必死で戦っているんだ。それでも、人の道を外れてでも勝とうとは思わない!」
少佐はテーブルに拳を叩きつけながら怒鳴った。ディレイノは少佐をじろりと睨んだ。
「あんたは黙ってろ」
静かだが、殺気のこもった声だった。少佐はびくっと肩を震わせてディレイノの顔を見つめた。そして、その目に宿すものに気づくと、蒼ざめた表情で口をつぐんだ。
「続けてくれ、ケイン」ディレイノは続きを促した。ケインはうなずいて口を開いた。
「少佐からメネアの食糧事情が厳しいとあったが、『勇者の団』の食糧事情も問題でね。我が団は1か月の兵糧は確保している。しかし、その先は3か月で軍資金が尽きる。『勇者の団』は義勇軍だ。支援が受けられないと、団として維持ができなくなる。王国側からも、俺たちは短期で敵を倒すように義務付けられている。俺たちは短期決戦としての支援しか得ていないんだ」
「何だ、そりゃ? それじゃ、将軍の戦略と矛盾するじゃないか」
ベイノンが不快そうな声をあげた。
「王国の内部が、意思や意見の統一がとれていないんだ。本来、宰相が率先して意思統一を果たさなければならないのだが、あの宰相自らがあいまいな態度を取る始末でね。俺たちは戦場に出てからずっと、そのあいまいさの弊害を受けているところなのさ。リオンが打開しようとしているのは、単なる戦いの趨勢だけじゃない。奇策を打っているのは、王国のあいまいな態度も揺さぶる狙いもある」
「屍霊を使った奇襲がか?」
ウォレスが納得できないという表情で尋ねた。ほかの隊長たちも同じ気持ちらしい。こちらの言葉には、全員が大きくうなずいた。
「もちろん、あの奇襲は、そういう意味での策ではない。だが、あれでこの戦局は大きく動くことになる。ここから先の戦い次第で、王国も態度をはっきりせざるをえなくなる。俺はそう信じている」
「戦局が動くだと?」
ディレイノは片方の眉を吊り上げた。
「もし、リオンが動かなかったら、今ごろも膠着状態が続いて、こちらはすることもなくメネアに閉じこもるしかなくなっていた。備蓄の厳しいメネアが再び包囲戦を仕掛けられたら、今度は間違いなく負ける。こちらが打って出るための策は、全部見せてしまったからだ。つまり、アッチカとドドナへ通じる道を封鎖されて、補給と味方への連絡を絶たれてしまうと、こちらは反撃もできずに飢え死にするんだ。前回は、敵側に穴があった。次に攻めてくる場合は、前回の反省も踏まえた体勢で攻めてくるはずだ。リオンは敵に充分な準備をさせてはならないと考えた。準備不十分でこちらを攻めに来れば、穴も塞ぎきれないだろうし、隙も狙えるだろう。同じ籠城戦でも、勝算のある策を採りたい。それがリオンの狙いだ」
「それで敵を挑発したって言うのか?」
「ある程度、大きな打撃を与える挑発だ」ケインは、ピピンの質問するようなつぶやきに答えた。
「勝算のある籠城戦ってのは何だ? 挑発によって何か勝算が生まれるのか?」
ハリスが首をひねりながら尋ねた。
「敵が大軍でメネアを攻めてくること。それがリオンの考える勝算だ」
「なるほどね」
会議室の扉から声が聞こえ、その場に居る者はいっせいに振り返った。
「遅くなってすまなかった。話を続けようか」
扉を開けて入ってきたのは、参謀のザバダックだった。今回も用事があって会議に遅れていたのだ。入ってきたザバダックは、まるでケインの話を盗み聞きしていたようだった。すべての事情を把握しているような口ぶりだからだ。
「参謀。何が『なるほど』なのですか?」
ウィル・フリーマンが尋ねた。
「話の途中しか聞こえておらんので、考えが完全に一致しているかはわからないがね。こちらも敵を大軍で招き寄せれば、敵に大打撃を与えられるかもと考えていたところだったのさ」
「参謀も、ですか? どういうことです?」
ウィル・フリーマンは目を丸くした。ザバダックは小脇に抱えていたものを会議室のテーブルに広げた。一同の目がそこに集まる。テーブルに広げられたのは大きな地図だった。
「ここ数日の間、8番隊のある班に協力してもらって、もともとの地図から詳細に仕上げ直してもらったものだ。これを見て、我らが祖先は細かいことも考えて、このメネアを最終防衛基地に選んだとわかった。チリンスからここまでの道は、途中まで街道はあるが、残りは細く入り組んでいる。こんな道を大軍で進むのは面倒だ。陣を構える場所も乏しい。敵は大軍で攻めてきたとしても、あまりに狭い地形のせいで軍をうまく動かせないのだ。攻めあぐねて、包囲するのがせいぜいというところだ。メネアは規模が小さい割りに、難攻不落だと言える。前回の1万から倍の2万に増えたところで、メネアは簡単に落ちたりはしないだろう」
ザバダックの説明に、何名かの安堵したようなため息がもれた。メネアでの籠城戦に何らかの懸念を抱いていたのだろう。
「しかし、それでは、こちらが身動きできなくなることに変わりないではないか?」
グエン・マクドナルドがメガネをかけ直しながら言った。
「その通り。こちらはまるで手出しできなくなる」
ザバダックは大きくうなずいた。
「じゃあ、それのどこに勝算が生まれる?」
グエン・マクドナルドは苛立ったように声が大きくなった。
「なに、簡単な引き算だよ」
ザバダックはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「メネアに2万の魔侯軍が攻めてきたら、チリンスの丘にはどれぐらいの兵力が残るかな?」




