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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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燃え上がる怒りの炎【scene3】

3


 折れた槍を何本も身体からはみ出させて、屍霊グールが飛びかかってくる。かろうじて一撃を防いだゴブリンも、身体をつかまれるとどうしようもなかった。屍霊グールは大口を開けてゴブリンの顔に噛みつくと、そのまま噛み千切ってしまった。屍霊グールが暴れている一帯は、完全に混乱の極みにあった。何とか屍霊グールを止めようと武器を手に戦う者。武器を放り出して逃げ出す者。あるいは、どちらに行動すれば良いかわからず、右往左往したあげくに屍霊グールに捕食された者もいた。この状況を簡単に表現するのであれば、それはまさに阿鼻叫喚の図であった。事態の収拾を図るべく丘の本陣を目指す者もいたが、彼らは丘から逃げ出すゴブリンやオークたちに困惑の表情を浮かべた。

 本陣ではリオンとガニメデスが周囲を巻き込んで戦闘を繰り広げていた。リオンが俊足を生かして間合いを詰めようとすれば、ガニメデスは距離を取って周囲に「小爆裂ボム」の魔法をばらまいて牽制する。それらはガニメデスの周囲で爆発を起こし、ゴブリンはもちろんオークさえも爆発に巻き込まれて手足や首を吹っ飛ばされていた。それを見たゴブリンやオークたちは畏れをなして逃げ出したのだ。

……さすがに簡単にはいかないか。ハイクラスは身体能力が高いうえに、呪文抜きで魔法が使える。詠唱時間を省略して放つ魔法はやっかいだ。

 リオンはガニメデスを見つめながら考えた。隙を狙って間合いを詰めようとするが、すぐに小爆裂ボムの魔法がふたりの間に割って入る。リオンはすばやく身を引くしかなかった。

 一方、ガニメデスもリオンの猛攻を脅威に感じながら戦っていた。

……何だ、何なんだ、こいつは! さっきからケタ違いの速さで迫って来やがる。人間の速さじゃない。いや、ハイクラスにも同じ速さの者はいない。こいつはいったい何者なんだ!

 リオンの攻撃をギリギリでかわしながら、ガニメデスは焦りを抑えるのに必死だった。ガニメデスは戦闘経験が豊富というわけではない。ハイクラスという種族は魔族の頂点に立つ存在である。ハイクラスのひとりである彼に戦いを挑む者など希少であったのだ。まれに戦いを挑む魔族は現れたが、それは自己の実力を過信した愚か者か、『ハイクラス』がいかなる種族かをまるで知らない者か、いずれにしてもガニメデスの脅威になるような敵ではなかった。むしろ、強敵と戦えるかもと勇みこんだガニメデスを落胆させるだけだった。そんなわけで、ガニメデスには強敵と対峙する経験が圧倒的に不足していた。それでも、戦いに明け暮れたリオンと互角に渡り合えるのは、『ハイクラス』であればこそと言えた。一方でリオンはこれまで多くの魔族と戦ってきたのだが、ここまで変幻自在な敵と戦ったことはなかった。決して武芸に秀でていないが、だからこそ相手の動きが読めなかった。そして、そんな相手はレト以来だった。リオンの脳裏にレトの顔がよぎる。

……なぜ、あいつを思い出す? あいつは取るに足らない小者じゃないか。いや、小者と言うのであれば、このガニメデスも同程度か。でたらめに爆裂魔法を散らして自分の身だけを守ろうとしているだけだ。

 一向に間合いを詰められないことに、リオンもいい加減うんざりしてきた。撤退するなら今だろうという考えも浮かんでいた。もともとケインたちに説明した作戦は、リオンが俊足で屍霊グールの攻撃をかわしながら敵陣まで導くまでだった。もし、リオンがそのまま単騎で乗り込むと聞けば、さすがのケインも承知しなかっただろう。正直なところ、リオン自身も敵陣に乗り込むことを本気で考えていたわけでなかった。こうなってしまったのは勢いと言うか、なりゆきであるとしか言いようがない。大勢の敵を前にして、リオンは自分を抑えることができなかったのだ。実際、リオンの突撃は大きな効果をあげている。上からの指示を得られず、敵の部下たちは屍霊グールの襲撃に適切な対応ができない。そのせいで多くの敵が次々と命を落としているのだ。もし、屍霊グールを送り込むだけであれば、ここまでの損害を与えられたかはわからない。今ここで言えるのは、この作戦の効果が低ければ、ラリーやトルバに頼んでいる策が失敗に終わるだろうということだ。だから、自分の行動は余計なことではない。リオンは自分にそう言い聞かせた。

 「とは言え、このままじゃ良くないな」

 リオンはガニメデスから大きく距離を取った。突然、相手の動きが変わったので、ガニメデスは周囲に小爆裂ボムを多数展開して身構えた。その様子にリオンは苦笑した。

 「このままじゃ埒が明かない。今回は引き下がるとしよう。後は、こちらからの贈り物とよろしくやってくれ」

 ガニメデスは目を剥いた。

 「引き下がるだぁ? 貴様、ここから逃げられるとでも思っているのか!」

 「逃げるわけではないさ。お前の家来を少し減らそうと言うのさ」

 リオンはガニメデスに背を向けると、大きく跳躍した。そのまま、無数のゴブリンやオークたちがいるところへ身を躍らせる。

 「な、何だ?」

 リオンの真意がわからず、ガニメデスは困惑の表情を浮かべた。ガニメデスの目には、リオンが待ち構える敵の群れにわざわざ飛び込んだように見えたのだ。それは自殺行為に等しいものだった。一度に万の敵と戦うことはないにしても、幾重にも取り囲んだ敵の中へ自ら身を投じたのだ。逃げおおせるものではない。

 そのときである。ガニメデスはキーンと空気を切り裂く、まるで耳鳴りのような音に気づいた。その音は足元で展開している味方のほうから聞こえている。

 「何だ?」

 ガニメデスは音の出どころを確認しようと、聞こえる方角を見下ろした。ちょうどリオンが飛び込んだあたりに近い。そこでは金色に輝く光の繭のようなものが現れていた。耳が痛くなるような不快な音は、そこから聞こえるようだ。ゴブリンたちは薄気味悪そうに遠巻きにして光の繭を眺めている。

 「敵が何かを仕掛けているんだ! 早く潰せ!」

 ガニメデスは苛立ちを抑えきれない様子で怒鳴った。もし、自分の目の前であんな行動をされたら、遠巻きに見てはいない。さっさと攻撃して敵の企みを未然に防ぐ。リオンがここから離れてゴブリンたちの群れに飛び込んだのは、ゴブリンたちならば警戒のあまりにその場から動かなくなり、かえって邪魔されずに行動できると踏んだのだろう。リオンの意図の一端が見えたが、その先の行動が見えてこない。あの光の繭が何であるか、博学のガニメデスも見当すらつかなかったのだ。だからこそ、「早く潰せ」と急かしたのである。しかし、その命令は結果的には遅かった。

 眼下の光はいっそう強くなった瞬間、地面が震えるような衝撃音が轟いた。光は道のようにまっすぐ伸びて、メネアへ通じる森に激突した。メキメキと音を立てて、森の木が倒れていく。

 ガニメデスはまばゆい光に一瞬目がくらんで目を閉じた。恐る恐る目を開けてみると、さきほどの光の道は姿を消し、黒く焦げた道が現れていた。そのそばには、横たわったゴブリンやオークの姿が数え切れないほど見える。ぴくりとも動いていない様子だ。さきほどの光に巻き込まれていなかった者は呆然と焦げた道を見つめている。ガニメデスの視力がそれほどでなくとも、彼らが呆けたような表情をしているだろうことは想像できた。いや、さきほどのガニメデス自身も呆けた表情をしていたはずだ。リオンが『聖光十字撃グランド・クロス』を放ったことを、このときのガニメデスは知らなかった。ただ呆然と「何なんだ、今の攻撃は……」と独り言をつぶやくだけである。黒焦げの道にリオンの姿はない。おそらく森の木を倒して、そのまま森の奥へと逃げ込んだのだろう。それに気づくと、ガニメデスは我に返った。

 「追手を出せ! さっきの鎧の男を殺すんだ!」

 ガニメデスは大声をあげて命じた。しかし、脇から邪魔する者が現れた。それは、1体の屍霊グールである。大口を開けて飛びかかってきた。

 「クソッ!」

 ガニメデスは襲撃者と反対方向へ飛びずさると、片手を天に向けて突き上げた。雷鳴とともに一筋の雷が屍霊グールの身体を貫いた。屍霊グールは両目と口から煙を出しながら倒れていった。ガニメデスは倒した屍霊グールに目もくれずに、森へと目をこらす。無駄とは思いつつも、リオンの姿を探したのだ。屍霊グールの襲撃で、いくつかのかがり火が倒されて明かりも消えている。おかげでリオンの消えた森のあたりはとくに暗くて奥が見えない。ガニメデスはすぐに諦めた。

 「クソッ!」

 思わずさっきと同じ呪い文句を吐いてしまう。

 「殿下、お怪我はございませんか?」

 側近のホブゴブリンが蒼い顔をして近寄ってきた。本陣は幾重にも守備隊を配した、とくに堅い防衛態勢を敷いたつもりだ。それが、わずかひとりの人間に突破され、さらに混乱の最中とはいえ、屍霊グールにも侵入を許してしまった。責任を問われる立場の側近からすれば、平静な顔ではいられないのも無理はない。

 「無事だ、こっちは」

 ガニメデスはぶすっとした声で答えた。「こっちは」の言葉には、それ以外が無事で済んでいないことを意味している。ホブゴブリンはその場でひざまずいた。

 「まことに申し訳ございません! 決して油断していたつもりはございませんが、こんな事態になり……」

 「今はそんな話をしている場合じゃない!」

 側近の言葉をさえぎって、ガニメデスは一喝した。怒りに燃える目は側近に向いておらず、眼下での様子に向けられている。屍霊グールたちは、魔侯軍総がかりの攻撃で、次々と無力化されていた。四方から槍を同時に突き刺し、動きを封じてから屍霊グールの首をはね落としている。混乱に陥りながらも、どうにか攻略できつつあるようだ。それでも、まだ数体の屍霊グールを抑えることができず、屍霊グールの攻撃で傷つき、倒れる者は後を絶たなかった。事態の収拾にはまだ時間がかかりそうだ。

 「まだ暴れまわっている屍霊グールどもを早く片付けろ! 死体にいつまでも勝手をさせるな!」

 側近は「はっ」と短く応えて頭を下げると、すばやく身を起こした。

 「1個小隊だけ、俺について来い! 残りは本陣の周囲を固め直すんだ。二度と殿下の近くに賊を近づけさせるな!」

 側近は短く指示を出すと、自ら事態の収拾をつけるべく、部下を引き連れて丘を駆け下りていった。

 「さっきのやつ……、ずいぶんあっさりと身を引いたな。いわゆる自殺兵ではなかったな……」

 側近を見送りながら、ガニメデスは口の中でつぶやいた。リオンの奇襲は、こちらを壊滅させるとか、ガニメデスの命を狙うとか、明確な意図を感じさせなかった。しかし、単なる嫌がらせとは捉えられない。やつらは味方の遺体を屍霊グールに変え、それらを戦場にけしかけるという、もっとも忌むべき行為に手を出したのだ。なぜ、そんな手を使って攻撃したのか。意図が読めなければ、今回受けた傷がさらに広がりかねない。

 「そうか。やつらは孤立することを恐れて仕掛けてきたんだ」

 唐突に、ガニメデスの頭に答えが舞い降りてきた。閃いた、という表現のほうが近いかもしれない。

 ガニメデスのかたわらには別の側近が控えていたが、ガニメデスの言葉に顔を上げた。

 「で、殿下。それはどういう意味でしょうか……」

 「周囲を見てみろ。さっきの屍霊グールの奇襲があったにもかかわらず、丘の周囲に敵の姿が見当たらない。もし、王国軍が全力で丘を奪還するのであれば、コリントとアッチカに駐留している主力が動かなければならない。俺が王国軍の将軍であれば、屍霊グールの奇襲に乗じて、本隊を丘へ進軍させる。屍霊グールはあくまで囮ってことだ。それなのに、屍霊グールをけしかけておきながら、後攻めの気配がない。コリントを陣取っている将軍は、この丘を攻める気がないってことなのさ。将軍に従う、アッチカの部隊も同様だ。メネアの連中は焦っているんだ。我が軍が再びメネアに侵攻するのではとな。再び補給路を断たれてみろ。今度こそ、やつらは干上がっちまうだろう。やつらは屍霊グールをけしかけることで、メネアには屍霊グールの部隊がいるような印象づけを狙ったんだ。そうなれば、こちらも簡単にメネア攻略の部隊を送り込めなくなるからな。こっちだって死体を相手に戦う無駄は避けたいからな。こちらを牽制して、補給線を維持しようとしてるのさ」

 「つまり、今のは敵の延命策だと?」

 「それなら、あのリオンとかいうやつが、あっさり身を引いたのもうなずける。決死の覚悟で攻め入る気など、頭から考えていないんだ」

 「ああ、なるほど」

 側近は納得したようにうなずいた。彼もホブゴブリンだが、さきほどのホブゴブリンより顔つきが大人しい。神妙にうなずく姿は人間のように見えた。

 「周囲を警戒する者に指示を出して、コリントとアッチカに動きがないか、改めて確認させろ。そして、メネアにも斥候を出して確認させろ。俺の考えが正しければ、メネアの王国軍も動いていないはずだ」

 「は、ただちに」

 側近は深々と頭を下げた。そのとき、足元で大きな歓声が起こった。そちらへ視線を向けると、最後の1体となった屍霊グールを、側近が斬り倒したのだった。袈裟懸けに肩からわき腹にかけて両断された屍霊グールは、上半身と下半身に分かれてもなお地上を這いまわっていた。しかし、ほかの兵たちに細かく切り刻まれ、ただの肉塊となって沈黙した。

 「被害の状況を確認して報告しろ」

 ガニメデスは先ほどの風景に一べつだけくれると、本陣のテントへと戻っていった。テントに入るや、ガニメデスは自分の椅子にぐったりと身体を預けた。興奮状態が収まりつつあるが、同時に疲労感が身体を覆い始めたのだ。それだけリオンとの攻防は気の抜けないものだった。初めて戦いに恐怖を抱いた。あれほど死を身近に感じる戦いはこれまでになかった。ガニメデスは、さきほどのリオンとの戦いを思い返すうちに、ギリギリと自分の拳を握りしめた。口の端が大きく歪みだす。

……リオン……、『勇者の団』とか言ったか……。ふざけやがって。『勇者の団』は俺があいつごとぶっ潰してやる!

 ガニメデスは心のうちに新たな怒りの炎を燃え上がらせていた。

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