勇者vsガニメデス 【scene2】
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「何だ、あれは!」
望遠鏡で戦況を見ていたホブゴブリンは大声をあげた。食い入るように望遠鏡をのぞき込む。
ガニメデス側近のホブゴブリンは、その見張りに声をかけた。
「いったい、どうした? 何に驚いている?」
部下のホブゴブリンは望遠鏡から顔を離すと、その望遠鏡を手渡した。
「敵の様子がおかしいのです。どうも、いくら攻撃しても死なないような……。そうですね、まるで屍霊です」
「屍霊だと!」
側近は見張りから望遠鏡をひったくるなりのぞきこんだ。かがり火に照らされて、数十人の人間が素手で襲いかかっている様子が見える。身体中にボーガンの矢を受けて、まったく怯む様子も見せていない。ゴブリンたちは遠巻きに武器を構えているが、相手が近寄ろうとすると、背を向けて逃げ出している。
「たかだか数十の敵だぞ! 何をしている!」
側近はこめかみに血管を浮かせて怒鳴った。そのかたわらで見張りが申し訳なさそうにつぶやく。
「……もし、あれらが屍霊であれば、ただの屍霊じゃありません。悪霊を取り込んで、さらに凶暴になった強化型です」
「強化型が群れになって襲ってきていると言うのか!」
側近が怒鳴っているところへ、1匹のゴブリンが駆け寄って来た。さきほどまで前線にいた者だ。ホブゴブリンたちの前でかしこまると、早口で何かを報告している。
「……屍霊が何者かに連れられて、ここへ来ただと?」
側近は青筋を立てたままつぶやいた。この報告が事実であれば、屍霊の襲撃は偶発的な出来事ではなく、意図的なものだ。当然、それはギデオンフェル王国のやつらの仕業だ。しかし、人間たちが自ら手に余る屍霊たちを、そのまま軍事利用するなどありえるのだろうか?
「いったいどうなっている。早く戦況を報告しろ」
テントの入り口が開いて、ガニメデスが顔をのぞかせた。外で騒ぎ声をあげるだけで、まったく報告しない部下たちに苛立っているのだ。
側近はその場でひざまずいた。
「申し訳ありません。事実確認に手間取っておりまして……。実は、敵は数十体の屍霊たちを引き連れて攻めてきた模様。屍霊たちは、悪霊によって強化型に変異しており、西の防衛線を突破しました。やつらは手あたり次第に味方に襲いかかっており、防衛線が崩壊しつつあります……」
ガニメデスの顔が紅潮し、側近と同じような青筋がこめかみに浮かび上がってきた。
「屍霊をけしかけただと!」
ガニメデスはテントの布を払いのけるように外へ出ると、差し出された望遠鏡で騒ぎの方向に目を向けた。自分の目で報告が正しいことを確認すると、望遠鏡から顔を離し、苦々し気な表情を見せた。
「何て無茶苦茶なことをしやがる。ギデオンフェルの連中は気でも狂ったか!」
ガニメデスは周囲を見渡し、声を張り上げた。
「オークたちに盾と大剣を別々に装備させろ。盾装備の者で敵の攻撃を防ぎつつ、剣装備の者でやつらの首をはね飛ばすんだ。首が難しければ、腕でも脚でも構わん。とにかくやつらが動けないように身体をバラバラにするんだ!」
側近はうなずくと、すぐに指示を広めるべく走り出した。代わりに、別のホブゴブリンがガニメデスのそばへ駆け寄って控える。
「お前は我が軍の魔法使いたちを集めろ。こちらは浄化の魔法を使えないが、やつらを焼き尽くすぐらいはできるだろう。すぐ本陣の周囲に展開させるんだ!」
ガニメデスは細かく指示を出し、さらに別のホブゴブリンを呼んだ。本陣周囲を守るホブゴブリンに大楯を装備するよう指示するためだ。
「百にも満たない敵に、万を超える我が軍が動揺させられるなど……!」
ガニメデスは悔しそうに声をあげた。アングリアで初めての敗北があってから、この戦争の空気が変わっている。ガニメデスは魔侯軍圧勝の絵を描いているつもりだったが、今や魔侯軍劣勢へと変わりつつある。いや、情勢はまだこちらが有利に展開しているはずだ。それなのに、メネアでも敗北し、今度は自分が本陣を構えているところを襲われているのだ。魔侯軍優勢の空気を変えたのはいったい何だ? 何がきっかけで、敵は変わったのだ? すべての状況を把握しきれていないガニメデスは、アングリア、メネアの戦いに、『勇者の団』が関わっていることを知らなかった。そして今、チリンスの丘の襲撃を指揮しているのが、『勇者の団』を率いるリオンであることも。
ガニメデスは爪を噛んで、自分の考えにふけった。彼は苛立ってくると爪を噛む癖があった。その癖で思考がまとまるわけではないが、気がつくと爪を噛んでいるのだ。彼の苛立ちは収まらず、どう指揮すれば良いか、その考えも浮かんでこない。
ガニメデスの思考は、目の前のホブゴブリンが血しぶきをあげて倒れたことで中断された。ガニメデスはくずおれるホブゴブリンの先に、ひとりの人間が剣を振り下ろしている姿を見た。かがり火を受けて輝く金髪に、美しく整った顔立ち。誰からも注目されるような白銀の鎧。凛々しくも美しい若武者の姿に、さすがのガニメデスさえも一瞬我を忘れて見とれてしまった。
「こんなところに人間がいるわけないな。お前はハイクラスか?」
若者はガニメデスに向かって話しかけた。
「そう言う貴様は何だ?」
ガニメデスは自分を取り戻すと、敵意も露わにして応じた。
「俺か? 俺の名はリオン。『勇者の団』の団長だ」リオンはガニメデスの敵意に頓着する様子も見せず、冷静な表情で答えている。
「リオン? それに『勇者の団』? それは、たしか……」
「俺は、かつて魔王バルバトスを討った勇者の子孫だ。『勇者の団』は、魔侯アルタイルを討伐するために結成されたのさ」
「父上を討つだと? 貴様、そんなこと本気で言っているのか!」
「魔侯が父上……。お前はアルタイルの嫡男、ガニメデスか!」
リオンは剣を構え直した。
「ほう、俺と戦うと言うのか」ガニメデスは顔をさらに紅潮させた。人間ごときが、たったひとりで自分に挑もうとしている。ただのハイクラスではない。四侯アルタイルの息子にだ。それはガニメデスにとって、侮辱されたに等しいことだった。
「この……身の程知らずの野蛮人が……。思い知らせてやる!」
ガニメデスが吠えた瞬間、リオンは身をかがめて行動を開始した。ガニメデスの目前から姿を消してみせたのだ。
「何!」ガニメデスは叫ぶなり、後ろへ飛び下がった。鼻先を剣がかすめ飛んで来る。リオンは一瞬でガニメデスの脇へ移動して斬りつけたのだ。ガニメデスが後ろへ飛び下がっていなければ、あの一撃で首をはね飛ばされたところだ。
「ハイクラスと呼ばれるだけあって、身体能力は高いんだな」
リオンは剣を構え直しながら言った。反応速度と身体のバネ。ともに、これまで倒した敵とは比べものにならないほど優れている。リオンはハイクラスの能力に感心した。
「こいつ、変な技を……」
ガニメデスは手を差し伸べると、手から炎を放った。今度はリオンが後ろへ飛びずさった。
「呪文の詠唱なしに魔法を使ったのか。さすがに魔族だな」
リオンは周囲にすばやく視線を巡らせながら剣を構えた。
「ちまちまと、呪文を詠唱しなければならない人間が劣っているだけだよ!」
ガニメデスは再び炎を放った。炎の玉はリオンによけられ、背後にいたゴブリンに命中した。ゴブリンは炎に包まれて地面にくずおれた。
「全員、殿下から距離を取れ! 巻き込まれるぞ!」
側近のホブゴブリンが大声で怒鳴った。リオンを取り囲もうとしていたゴブリンたちが慌てて離れていく。
「部下たちが、お前を守ろうとしないぞ。ずいぶんな扱いだな」
リオンが皮肉っぽく言うと、ガニメデスは不敵な笑みを浮かべた。
「俺が自ら戦うとなれば、あいつらはただの足手まといだ。あいつらは良くわかっているんだよ」
「そうか。俺も本気で戦うときは独りのほうがやりやすい」
「……それで、単騎で乗り込んできたって言うのか?」
「今回は屍霊を連れてくるのに、俺ひとりのほうが都合良かったのさ」
ガニメデスの顔が怒りで歪んだ。
「あの屍霊どもは、貴様の仕業か!」
「本当はもっと大勢を寄越してやりたかったんだが、まぁ50人で勘弁してくれ」
「ふざけやがってぇ!」
ガニメデスは両目を釣り上げて叫んだ。




