急転【scene11】
11
レトの宣言は、『勇者の団』を抜けようとしていた者たちにとって手痛い攻撃だった。彼らは互いに目をやると、所在無げにもじもじと身体を動かした。彼らの前には門が開いている。ここを抜けてしまえば、もうメネアの外である。しかし、彼らは1歩も踏み出せないでいたのだ。
彼らの様子を見て、ケインは密かに胸を撫でおろした。よかった。まずは事態が収拾するようだ。彼らとは今後も話し合いが必要になるだろうが、ひとまずは団を抜けることは思い留まってくれた……。
「どうした? 立ち去りたいのなら、出て行くといい。誰も引き留めたりはしない」
門から男の声が聞こえ、ケインはカッとなった。誰だ、せっかく収まりそうなところをひっくり返そうとするやつは!
ケインは険しい表情で振り返った。しかし、その表情は驚きの表情に変わる。声の主はリオンだったのだ。
「リオン、お前……」
リオンは門から中へ入ってきた。ケインだけでなく、ケイナンたちも驚いた様子で二、三歩後ずさった。
「門を出れば、南東の森を進むのが良い。まともな道はないが、敵に遭わずにアングリアへ向かうことができる。または山道を登って、『名もなき陵墓』のあったところを通れば、ドドナへ行くことができる。好きなところへ行って良いよ」
リオンの声は穏やかで、静かだった。それがかえってケイナンたちをたじろかせた。
「い、いや……。俺たちは、その……」その先は言葉にならない。
「リオン。さっきまでは彼らは出て行くつもりだったかもしれないが、考えを改めてくれたんだ。何も出て行けと言わんばかりなことを……」
ケインがとりなすようにリオンの前に進み出た。
「考えを改めたなんて、彼らはひと言も言っていない」
リオンは冷静に返した。ケインは目を見張った。
「リオン。お前、ずっと門の陰にいたのか?」
「ちょっとメネアの外を歩いていただけだよ」
リオンは肩を少し動かして答えた。
「戻る途中で騒ぎ声が聞こえたのさ」
リオンの様子にケイナンたちに対する感情は見られない。彼らが去ることに、不安も、怒りも抱いていないようだ。その場に居た誰もが、リオンは本心を言っていると思った。
「聞こえたと言うのなら、わかるだろう? リオン、この戦争は歪なんだ。そのせいで、みんなに不満が溜まっている。これをどうにかしないで、去りたい者は去れみたいなことを言い続けていたら、誰も残らなくなるぞ」
「君は僕から去るのか?」
リオンの問いに、ケインは顔を真っ赤にさせた。
「本気で言っているのか、リオン?」
「それは答えじゃない」
リオンの声は静かで、何の感情もうかがえなかった。しかし、伏し目がちな様子に、ケインははっとした顔になった。あれは、あのときの……故郷の村で、リオンがオーベルスタイン夫人との関係を認めたときと同じ表情だと気づいたのだ。
「俺はお前を裏切らない。これは間違いないことだ」
ケインは慎重に言葉を選んで答えた。リオンはケインの答えを聞いても、ケインに顔を向けなかった。ただ、「そうか」と、ひと言だけ返し、一同をそのままに司令部のほうへ歩き去っていった。まるで、ケイナンたちのことは忘れてしまったかのようだった。さすがにケイナンたちも呆気にとられて、リオンを見送るだけだ。誰も言葉が出なかった。やがて、リオンの姿が見えなくなると、一同はようやく我に返った。互いに顔を見合わせると、気まずそうに顔をそむけている。ケインも同じ気まずさを味わっていた。ただ、このまま沈黙しても何も解決しない。
「……ちょっと提案なんだがな……。君たちから、魔侯軍撃退につながる作戦や戦略の提案はないかな? 俺たちの一方的な作戦に不満があるのは良くわかったから、今度は君たちの策に乗ろうじゃないか。ただ、みんなで話し合うことは承知してもらいたいが」
『勇者の団』を抜けたいと言い出している連中からは返事がなかった。どこかで小さい声で、「そういう話じゃないんだがな……」とぼやく者がいた。ケインは声の主を探したが、誰であるかを特定することはできなかった。
「おい、レト」
ケイナンはレトに話しかけた。
「お前は、この後、魔侯軍がどう動くか、もしくは王国軍がどう動くか、予想はできるのか?」
レトは首を横に振った。
「予想と呼べるほど根拠のある考えはありません。ですが、いくつかの可能性は考えています」
「ちょっと、それを聞かせてくれねぇか」
ケイナンの後ろにいる者がケイナンのすそを引っ張った。「おい、いったい何を考えている?」
「大したことじゃねぇさ。ただな、俺たちの今後を考えるのに、こいつの知恵は無駄にならないって思えるのでな」
ケイナンの答えを聞いて、後ろの男は無言でレトを見つめた。レトに対する警戒心は感じられない。後ろの男はうなずいた。「レト、俺も聞きたい。話してくれないか、お前の見立てを」
「わかりました。皆さんの参考になるのか、僕にはわかりませんが……」
レトはやや困惑した表情でうなずいた。これまで、ひとに頼りにされたことがない若者には、彼らの期待が何なのか見当もつかないのだ。
「魔侯軍は、おそらく少数精鋭の部隊で、ドドナの『名もなき陵墓』を襲撃していると思われます。少数なのは、ドドナまでの道が大軍を送るには不便であるからです。メネアが籠城戦をすると承知で1万の軍勢で攻めてきたのは、その少数部隊が邪魔されずにドドナへ進軍できるためだと思います。そして、おそらく、その作戦は成功するでしょう」
「なぜ、そう思う?」
「敵の狙いが遺跡にあると知っている僕たちでさえ、半信半疑というか、防衛の優先順序は下位だったのです。そもそも、こんな情報を共有できていないドドナの部隊が、遺跡の警戒を厳に行なっているとは思えません。いえ、たとえ警戒を厚くしていたとしても、敵の執着、あるいは覚悟を量れるかどうか。敵は何が何でも遺跡を破壊するつもりだと確信を持っていなければ、守り切るのは難しいと思います」
「そのことについては同感だ」ケインはうなずいた。
「王国側で把握できている『名もなき陵墓』は、それで最後だと聞いています。つまり、敵は少なくとも目的のひとつは果たすということになります」
「目的のひとつ? ほかにも目的はあると言うのか?」
ケイナンが尋ねた。
「敵の目的が遺跡だけなら、戦争なんて仕掛けません。破壊工作の人員を密かに送り込んで、秘密裡に事を運ぶと思うのです。そのほうが敵も安上がりで、手間も省けるでしょう?」
「……そう、なの……か……」
ケイナンは自信なげにつぶやいた。
「陵墓への破壊工作『だけ』が目的なら軍を動かすほどではない。でも、魔侯は軍を動かし、王国内に侵攻してきた。そして、占領した街や村で、住民の拉致を行なっています。魔侯の目的には、それも含まれているのです」
「街や村の人びとをさらうことが魔侯の目的だと?」
「少なくとも目的のひとつのはずです。ひとりやふたりの拉致であれば、これも工作員を数名送り込むだけで足ります。ですが、街ひとつ分を丸々拉致しようと思えば、軍を送るほかはないでしょう? どうです。魔侯の目的は遺跡だけではないと思いませんか?」
「たしかに、そう考えられるな」ケイナンは納得したようだった。
「王国内で、拉致された人びとの情報がまったくないのは、想像でしかありませんが、ミュルクヴィズの森に連れていかれているのではないか。そう考えています」
「『魔の森』に?」
「そこなら、何も情報が入って来なくても道理でしょう? 何せ、王国の誰も立ち入らない場所ですから」
「王国の民が森に連れ去られている……」
「遺跡の件が片付けば、魔侯は軍を引き上げるかもしれません。ですが、そのときは森に隠された王国の人びとは魔侯軍に連行されるでしょう。もちろん魔国にある、魔侯の領地にです」
「俺たちは手をこまねいているしかないのか?」
ケイナンの表情に焦りに近いものが見えた。額にじっとりとした汗が浮かんでいる。
「このままではそうなるでしょうね。なぜなら、将軍は軍を動かさないだろうからです」
「将軍は軍を動かさない?」
「ランブル将軍は鉄壁将軍と呼ばれているそうですが、これまでの動きから見るに、かなりの現実主義者ではないかと見ています」
「将軍が現実主義者」
「ええ。決して無理はしない。……と、言うより、冷徹なまでに、敵味方の損耗を計算し、軍を動かす危険を計算しているのだと思います。危機に陥った人びとを救うのに、大きな危険が伴うのは自然だと思いますが、将軍はだからこそ軍を動かさない。軍に大きな犠牲を強いても、どれだけの人びとを救うことができるか、現時点では誰も予想できないからです。将軍は、安全で、そして確実に結果を得られると確信しなければ動かないのです。どこに、どれだけの民が拘束されて、どの程度救い出せるか見込みが立たないのであれば、こちらがいくら懇願しても無駄に終わると思います」
「……お前の話だと、将軍は民を見捨てると聞こえるな……」
「将軍がそれを認めることはないでしょう。将軍なら、こう答えると思います。『残った民の安全を優先させるために、王国内に軍を残すのだ』と」
「……魔侯軍はいずれ撤退するが、王国軍は追撃せず、そして、民の救出にも動かない。それが、お前の見立てなんだな?」
「撤退する敵を、わざわざ血を流す危険を冒してまで追うことはしないだろう。そう想像したまでです。それと、魔侯軍の撤退は早い時期なのかどうか、現時点では見えません。そのことは申し上げたいと思います。魔侯が、どれだけの人数を必要としているのか、僕たちは知らないのですから。それに、魔侯軍の進軍が、結局のところ王国への侵略であるかもしれません」
ケイナンは歯を食いしばるような表情で沈黙した。その場は重苦しい空気に包まれた。
「お前は、それを本気で考えているのだな?」
奥からひとりの男が進み出て、レトに尋ねた。レトは目を見張った。相手はダイダロンだったのだ。ダイダロンはかつてレトと入団審査を戦った相手だ。レトとはそれ以来、顔を合わせていなかった。同じ8番隊に所属しているが、作戦で行動を共にすることがなかったのだ。
「答えろ。お前はさっきの話を、口から出まかせで喋っていないんだな?」
レトはまっすぐな目でダイダロンを見つめた。
「ええ。僕は真剣にそう考えています」
「そうか」
ダイダロンは短く返すと、ケイナンに顔を向けた。
「ケイナン。俺は団に残ることにしたぜ。さっきの話だと、ポラトリスの民は、まだ生き残っている可能性がある。つまり、俺の妹が生きている可能性もあるわけだ。そうであれば、俺は魔侯軍と戦い続ける理由がある。将軍が腰抜けなのは今までの戦い方で十分理解できた。あてにならない将軍などに任せるより、ここで戦うほうが妹を救う希望が持てるからな」
ダイダロンはそう言うと、荷物を肩に担ぎ、そのまま引き返していく。
「くそっ! 先に動きやがって!」
ケイナンはダイダロンの背中に向かって毒づいた。
「お前がポラトリスなら、俺はセルネドだ。セルネドには別れた女房と子供が住んでいたんだ。別れた女房に未練はなくてもな、血を分けた子供は別だ。俺は子供のカタキがとりたくて戦っていたんだ。だが、もし、子供が生きている望みがあるなら、俺だって、ここに残って戦う理由がある!」
ケイナンも荷物を持ち上げると、宿舎に向かって歩き始めた。後に残された者たちは、所在無げに立ち尽くしていた。おそらく、率先して退団に動いていたのはケイナンだろう。その当人から退団のはしごを外されたようなものだ。数十人の残された者たちはそれぞれ荷物を担ぎ直すと、力なく宿舎に向かって引き返し始めた。ところどころでぶつぶつとつぶやく声が聞こえるが、完全に白けた様子だ。ケインはほっと息を吐いた。何はともあれ、団の崩壊はどうにか食い止められたようだ。ただし、今後は今まで以上にやりにくくなる。王国全体が一枚岩でないように、『勇者の団』そのものも一枚岩でないことが露呈したのだ。事あるごとに見解の相違や意見の対立で、こんな騒動が持ち上がるかもしれない。それでは作戦の進行に支障が生じることになる。ケインは気が重くなり、今度は別のため息をついた。
レトたちは、白けたように引き返す仲間をぼんやりと眺めていた。どういう形であれ、事態を収拾したレト当人が当惑の表情だ。レト自身は何も意図せずに自分の考えを述べただけなのだろう。それが、この騒動を終結させることになったのだ。
「まぁ、なんだ……。良くやった」
ルッチがポンとレトの肩を叩いた。
「良くわかりませんが……、僕は何かしたのですか?」
レトの反応に、ルッチは苦笑いを見せた。
「……お前って頭いいのに、天然なんだな」
そこへ頭上から声が降ってきた。門の上で見張りに立っている兵士の声だ。
「斥候が戻ってきた! 早すぎる!」
宿舎に戻りかけた者も、その声を耳にして振り返った。何ごとかと門を見上げていると、外からひづめが土を蹴る音が近づいてきた。間もなく馬が1頭、兵士を乗せて門に飛び込んできた。
「警報!」
斥候から戻ってきた兵士は門をくぐるなり大声で叫んだ。遠目からでも顔色の悪いのがわかる。
「外にいる者がいれば急ぎ呼び戻せ! 屍霊が迫っている! しかも何体もだ!」




