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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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屍霊(グール)の襲撃【scene12】

12


 雲が出ている日でも、メネアに雨が降ることは珍しい。それでも、空は今にも降り出しそうなほど、どす黒い雲で覆われていた。まるで嵐が近づいているようだ。時刻は昼下がりを少し過ぎたころである。しかし、あたりは明かりが欲しくなるほど薄暗かった。そんな天気の下、湿っぽくなった草地を踏みしだきながら、十体は超えると見られる数の屍霊グールたちが行進していた。いずれも衣服はぼろぼろで、男だけなのか、女が混じっているのか、または子供が混じっているのか、メネア要塞から視認するのは困難だった。屍霊グールは元々人間だった者たちだ。死んで放置された者は、いずれ屍霊化グールかと呼ばれる現象を起こし、魔族も襲う怪物へと変貌する。彼らが望むのは生あるものの生き血、肉。そして、死の世界へ引きずり込むことである。それは、自らの肉体が朽ち果てて、この世から消滅するまで止まることがない。すでに死んでいる彼らを倒すのは容易でなく、彼らに対処するには首をはねるか、焼いて灰にするか、あるいは神聖魔法で浄化するしかない。この世界の人間にとって、もっとも忌まわしく、もっとも恐れられるのは、この屍霊グールなのである。この世界では火葬が義務化されており、死者は3日以内に肉体が焼かれ、灰となって天に帰っていくのだ。しかし、魔侯軍の侵攻で、戦争の被害で死んだ者すべてを火葬することは不可能だった。王国側は最後まで把握することはできなかったが、この『討伐戦争』時、王国内には千を超えるほどの屍霊グールが生者を求めてさまよっていたとされる。

 屍霊グールたちはのろのろとした足取りで、急いでいるようには見えない。しかし、その足が向かう先はメネアであることは、城壁から様子を見ている誰の目にも明らかだった。

 「くそっ。ここで派手に戦闘をしたせいだ。ここで流れた血の匂いに引き寄せられているんだ!」

 塀の上から誰かが叫んだ。屍霊グールに嗅覚が残っていると証明されていないが、彼らの行動を見た者はいずれも視覚や嗅覚は備わっていると信じていた。先ほど叫んだ者も同じ考えなのだろう。

 「奇妙ですね」

 レトは、多くの者に混じって外を見つめながらつぶやいた。かたわらのルッチがレトの横顔を見つめた。「何が奇妙だ?」

 「屍霊グールは人間も魔族も見境なく襲います。ですから、魔族も人間を殺した後は死体を処分するのが通常です。それなのに、これほどの多くの屍霊グールが同時に姿を現わした。どこかに多くの遺体があったということになります。ですが、魔侯軍が後々厄介になるであろう遺体を放置するでしょうか?」

 「お前の言うことはもっともだが、現実は見ての通りだ。魔侯軍だって全部の遺体を片づけられるものじゃないのだろう」

 ルッチは淡々と応じたが、途中から顔色を変えた。「まさか、魔侯軍はわざと……」

 レトは苦い表情でうなずいた。

 「僕の考えが正しければ、あれらの屍霊グールはつい最近まで生きていた捕虜だったと思います。メネアの敗退で復讐心にかられた魔侯軍は、捕虜を大量に殺害し、遺体をメネア付近に放置したんです。彼らが屍霊化グールかし、メネアを襲撃するよう仕向けるために」

 「本気でそう考えているのか、お前?」

 ルッチと反対側から声がした。ふたりが見ると、そこにいたのはラリーだった。8番隊の者は1番隊の、特に勇者の小隊パーティの者と接点がない。ふたりはひと言も物も言えず、ただ会釈した。

 「おいおい、そんなに構えるなよ。そっちは馴染みが薄いかもしれないが、こっちはお前たちのことはよく見ていたんだ。特に、レト。お前のことはな」

 ラリーはレトの肩をポンポンと叩いた。ルッチはレトが団の中で存在感を増していることを実感した。勇者の団の幹部から声をかけられるなんて、多くあることではないだろう。

 「お前、団の注目株だな」

 ルッチはひじでレトの背中をつついた。

 「繰り返し尋ねるけどよ、レト。お前はあの屍霊グールどもが魔侯軍によって用意されたものだって考えているんだな?」

 ラリーはレトに念を押すように質問を繰り返した。レトはうなずいた。

 「敵がこんな手段を取った背景を正確に読めているとは思えませんが、この屍霊グールの襲撃は意図的なものです」

 レトの口調はしっかりとしたものだった。ラリーは「そうか」とだけ言い残すと、ふたりを残して立ち去った。レトとルッチは相手の考えを測りかねてただ立ち去る背中を見送った。

 レトたちのやり取りの間にも、城壁には続々と人びとが押し寄せていた。騒ぎを聞いて様子を見に来たのだ。そして、死霊グールの群れを目の当たりにして、一様に息を飲んだ。

 「何をしている! やつらが城壁に取りついたら厄介だ。近づく前に掃討する。魔法使いを前に出させるんだ!」

 ハミルトン少佐が声を張り上げて指示を出した。王国軍側の魔法使いが数名進み出てくる。

 「『勇者の団』に神聖魔法が使えるのはいないのですか?」

 仲間を配置につかせると、ハミルトン少佐は再び大声をあげた。

 「いなくなった。俺たちの中で神聖魔法が使えたのは神官のスライスさんだけだったから……」

 ひとりが遠慮がちに答えると、ハミルトン少佐は両目を閉じて顔を歪ませた。聞くんじゃなかったという後悔が、その表情に表れていた。

 「神聖魔法であれば、私が使えます」

 ひとりの老人がハミルトン少佐の前に進み出てきた。少佐は老人に視線を向けた。「あなたは……?」

 「『勇者の団』に同行している神官でございます。非戦闘員の立場で、呪いを受けた者の解呪や、戦死した者の弔いを行なっています。大した術は使えませんが、浄化など、神官が使える魔法はひと通り修得しております」

 老人は恭しく頭を下げた。被っている直立型の帽子や、着用している服装からも、この老人が神官であることがわかる。少佐はうなずいた。

 「前線に立って戦ってほしいとは申しません。神官殿には、メネア正面に浄化の陣を展開していただきたい。やつらをいっせいに浄化したいのです」

 老いた神官は、顔のしわで埋没した目をしばたかせた。

 「必ずできる、とは申せませんが、できるだけやってみましょう。ただし、お時間はいただきます」

 神官はそう言うと、スタスタと城壁に向かって歩き出した。指示された通り、魔法陣を展開するのだろう。少佐はほっと一息つくと、彼自身も城壁に向かった。城壁の狭間から外を見ると、屍霊グールの群れは坂の上を登り切り、城壁の近くまで進んでいた。

……思っているより、やつらの足が早い。

 少佐は嫌な予感で顔をしかめた。

 「なぁ、屍霊グールは動きがもっと鈍いものではないのか?」

 かたわらの兵士に尋ねるも、兵士は困惑した表情で首を横に振るばかりだ。

 「まずいかもしれないな」

 ずいっと兵との間に、ひとりの男が割って入った。少佐は思わず身を引いた。

 「3番隊のベイノンだ。あんたたちは屍霊グールと戦ったことがないんだな?」

 「……まぁ」

 「なら、教えてやる。屍霊グールって化け物は、2種類いるのさ。死体がそのまま屍霊グールになったやつ。一番知られているのは、この手の屍霊グールだ。動きが鈍いので、女子供でも逃げられる。もっとも腕力は通常の人間より強くなってるからな。掴まれたらおしまいだが」

 少佐はごくりと生唾を飲み込んだ。「……残りのもう1種類とは?」

 「屍霊グールの中には悪霊を自分に取り込んじまうやつがいるんだ。『強化型屍霊きょうかがたグール』って呼ばれるんだが、腕力がケタ違いに強くなるわ、俊敏さも上がるわ。まぁ、戦うのが面倒臭くなるな」

 「面倒臭いで済む話か、それ?」少佐はベイノンに突っ込んだ。

 「ベ、ベイノンさん……。今、坂を上ってきた屍霊グールたちって……」別の兵士が声を震わせた。

 「確かな証拠はないがな。急な坂を速度も落とさずに上ってきたってことは……」

 群れの先頭を歩いている屍霊グールの1匹が顔をあげて、城壁の上の兵士と目を合わせた。兵士の顔が屍霊グールのように蒼ざめる。屍霊グールは兵士に向かって咆哮をあげると、いきなり駆け出した。これまでとは別ものの速さだ。城壁に向かって突進してくる。

 「少佐の予感は当たったな。ありゃ強化型だ」

 「攻撃しろぉ! 壁に近づけるなぁ!」

 ベイノンの声をさえぎるように少佐は怒鳴った。

 別にこれが合図だったわけではないだろう。魔法使いたちはいっせいに火炎魔法を放った。魔法使いたちの炎は大きな塊となって、突進してきた屍霊グールを覆いつくした。屍霊グールは炎の中で叫び声をあげた。その屍霊グールは炎に包まれたまま地面に倒れると、そのまま動かなくなった。残りの屍霊グールたちも、つられたように走り出した。ほとんどが俊敏な速さで押し寄せてくる。

 「強化型が団体さんでお越しだ」

 ベイノンがひとりつぶやいた。

 「満室なので、お引き取り下さいってわけにいきませんかね……」

 かたわらの兵士は槍を構えながらつぶやいた。それを聞いたベイノンは大口を開けて笑い出す。

 「ハハハ! いい返しだ。迷惑な団体客にはお帰り願わなきゃなぁ!」

 屍霊グールの1体が壁に取りつくと、その勢いのまま一気に壁をよじ登ってきた。通常の人間ではありえないほどの跳躍力と腕力だ。壁のへりに手をかけると、大口を開けた屍霊グールが顔をのぞかせた。

 「よっと!」

 ベイノンは正面から屍霊グールの顔面に拳を叩き込んだ。屍霊グールは唸り声をあげながら地面へと落下した。すぐさまエリスが杖を振り上げ、雷撃魔法を打ち込んだ。雷の一撃を受けた屍霊グールは黒焦げになって動かなくなった。

 「油断するな! 強化型はこの壁ぐらいは平気でよじ登ってくるぞ!」

 少佐は声を張り上げた。声がかなり上ずっている。少佐はやや恐慌状態にあるようだ。

 「油断なんかしてるかよ!」

 4番隊のジョスが叫びながらハンマーを振り回した。ハンマーは同じく壁をよじ登った屍霊グールの側頭部を捉えていた。屍霊グールは首をねじらせ、ぐるぐる回転しながら落ちていった。

 「くそっ! 詠唱時間のかかる魔法じゃ、屍霊グールを壁際で食い止められないぞ!」

 ルッチが屍霊グールを蹴落としながら叫ぶ。

 「でも、普通の物理攻撃は効かないんです。僕らにできることは屍霊グールを突き落とすだけですよ!」

 レトはルッチの足をつかもうとしていた別の屍霊グールの手を剣で斬り飛ばした。さきほどの屍霊グールの攻撃をかわしたルッチがその屍霊グールを蹴って城壁の下に落とす。

 「うわぁああああ!」

 一角でひときわ大きな叫び声が聞こえた。壁を登り切った屍霊グールが、ひとりの兵士に襲いかかっているところだった。屍霊グールは兵士の喉笛に噛みつくと、一気に噛み千切った。兵士は喉から血を噴き出して倒れた。

 「入り込まれた! みんな、距離を取れ! 誰か、火炎魔法を!」

 2番隊リーダーのピピンが剣を構えながら叫ぶ。侵入した屍霊グールは兵士の喉から溢れる血をすすると口の周りを拭った。目が爛々と光り、まるで獣のようだ。

 「ま、まさか! まさかケヴィン兄さんか!」

 屍霊グールを取り囲む一角から仲間を押しのけるように、ひとりの青年が飛び出してきた。9番隊のロナウドだ。糸のように細い目を大きく見開いて、血まみれで立っている屍霊グールを見つめていた。

 「に、兄さん。俺だ! ロナウドだ! 正気になるんだ、兄さん!」

 屍霊グールに近づこうと一歩踏み出そうとしている。9番隊リーダーのウォレスがロナウドの肩をつかんで強引に引き戻した。

 「バカ! 近づくんじゃない。喰い殺されるぞ!」

 「しかし!」

 ロナウドが叫んだ。「俺の兄さんなんだ!」

 「違う」

 この騒ぎの中、静かな声がロナウドの耳に届いた。振り返ると、そこにリオンの姿があった。剣を抜いて近づいている。

 「『あれ』は君の兄さんではない。兄さんの形をした別ものだ。君の兄さんの心は、すでにあの肉体には宿っていない」

 屍霊グールはロナウドたちに顔を向けた。口からは先ほどすすった血が垂れており、見る者をたじろがせるほど凶暴な目つきでロナウドを睨んでいる。そこには身内を見るような親しさはかけらも見出せなかった。屍霊グールはひと声吠えると、ロナウドめがけて突進を始めた。硬直して動けないロナウドの前にリオンが立ちはだかった。

 「君は見るな」

 リオンはそう言うと、姿を消した。一瞬で屍霊グールの背後に立つと、剣を腰の鞘に納める。屍霊グールは呆気にとられたように立ち止まっていたが、バラバラと身体がいくつにも分かれて地面に崩れ落ちていった。リオンはあの一瞬で死霊グールを切り刻んでいたのだ。

 「すげぇ……」かたわらで見ていた兵士のひとりがつぶやく。

 斬り落とされた『ケヴィン』の頭部は、口をぱくぱくさせながらまだ動いていた。もし可能であれば、引き続いて誰かを噛み殺そうとしているかのようだ。しかし、間もなく表情が虚ろになり、口を半開きにしたまま動かなくなった。

 「兄さん……」

 ロナウドは両手を地面につけた状態で放心した表情だった。リオンは少し顔を向けてロナウドを見ていたが、すぐ正面に向き直って壁に歩み寄った。そして、壁をよじ登ってきた屍霊グールの首を冷静にはね飛ばした。

 「みんな、勇者に続け! 壁をよじ登ってきたやつは首をはねるんだ!」

 5番隊リーダーのハリスが剣を掲げて叫んだ。

 「簡単に言うなよ!」

 ジョスが焦った声で叫ぶ。彼は1体の屍霊グールにつかみかかられていた。ハンマーを盾にしているので、攻撃が出来ずに焦っているのだ。屍霊グールの口がジョスの首にじりじりと近づいていた。ジョスの口が恐怖で歪む。

 メネアの城壁全体が白い光に包まれたのは、そのときだった。光は優しく、温かく、そして穏やかだった。勇者の団員たちも、王国軍の兵士たちも武器を手にしたまま動きを止めた。動きを止めたのは屍霊グールも同じだった。彼らはぽかんと口を開けたまま虚空を見つめていると、やがて砂のように全体が崩れ始めた。始めはさらさらと崩れていたが、どんどん勢いよく崩壊していった。こうして屍霊グールが崩れた跡には、灰と彼らが身につけていた着衣が残されているだけだった。老いた神官の浄化の魔法陣が発動し、屍霊グールたちを浄化したのだ。

 ジョスは手にしていたハンマーを地面に落として膝をついた。そのまま腰も落として深いため息をつく。「助かった……」

 リオンと同じように屍霊グールと戦っていたケインはあたりを見渡し、被害状況を確認した。数名の兵士が犠牲になったようだが、勇者の団員に死者は出なかったようだ。手当を受けている者の姿は見えるが、それも深刻なほどではない。

 「どうにか、最小の被害で守れたか……」

 ケインはそうつぶやいたが、表情はすぐれなかった。

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