ほころび【scene10】
10
「とにかく、落ち着いて話し合おう。いったい、これはどういうことなんだ?」
メネアの内門の前で、ケインが立ちはだかるようにして大声を出した。ケインの前には革袋を担いだ大勢の者が立っている。彼らは皆、『勇者の団』を抜けると言っている者たちだった。少なく見積もっても30人は下らないだろう。
「見ての通りさ」
いかつい顔をした大男が進み出た。5番隊のケイナンという男だ。山賊から冒険者になった変わり種で、戦い方は荒っぽいだけあって腕っぷしの強さは折り紙付きだ。
「俺たちは、あんたたちにつき合いきれねぇから抜けるんだよ」
ケイナンは低いが迫力のある声で言いながら、じりじりとケインに迫った。
「つき合いきれないって、どういうところが!」
ケインは負けじと声を張る。ケイナンはケインの顔の前にぐいっと顔を近づけた。
「10番隊の連中は、任務先の危険を知らされずに行かされた。あんたたちが知らせなかったからだ。危険度の高さを認識していれば、全滅なんて結果にはならなかった。10番隊を指揮していたのは、あのテッド・バスだぜ。俺はあいつのことを良ぉく知っているが、間違いなく上級の冒険者だ。暗黒処刑人が何匹来ようが、後れを取るなんてなかったはずだ。あいつらが、ああも簡単にやられちまったのは、あんたたちの采配に問題があった。そうじゃないのか、ええ?」
ケインは険しい表情を浮かべたが、何も答えなかった。ケイナンは「ふん」と鼻を鳴らして話しを続ける。
「王国との連携がまったく取れていないのも問題だ。こんなチンケな要塞ひとつ守るために、どれだけの犠牲を出した? 4番隊は10人以上が命を落とした。訳のわからねぇ遺跡のために死んだ10番隊と合わせて百十人以上もの仲間が死んだんだ。もし、充分な数を揃えて敵に臨んでいたら、ここまでの犠牲は出なかったのじゃないか? 王国軍と足並みが揃っていないから、こんな貧乏くじを引かされているんじゃないのか、俺たちは!」
「王国軍のことは関係ない!」
ケインは大声で言い返した。
「敵の目的に『名もなき陵墓』という遺跡が絡んでいるらしいことは聞いていた。しかし、絶対の確信や、このメネア以上の重要性を認識できなかったのは事実だ。君も考えてみたまえ。魔侯がこの国に戦争を仕掛けた理由が、ほとんどの民が知らない遺跡にあるって話を、どこまで信用する? 敵の狙いがそこにあるとわかっても、大本命とまで確信を持てるのか、君は? この状況になってようやく実感できる話だとは思わないか?」
ケインはケイナンに顔がくっつきそうなほどに迫って怒鳴る。ケイナンはさすがに少しのけぞらせながら顔をしかめた。
「言いたいことはわかるけどよ……。だが、そこを理解して戦略を立てるのがあんたたちの責任だろ? 今になって、確信持てるかあいまいだったなんて話、死んだ10番隊の連中に聞かせられるのか?」
ケイナンは弱々しくつぶやいた。弁解じみた発言だったが、10番隊のことを持ち出されてケインは言葉を失っていた。もっともつつかれたくない部分だからだ。その様子を見て、ケイナンは反撃の機を得たと感じたようだった。舌なめずりすると、意地悪そうな顔つきで続きを始めた。
「俺たちだって、命の張るべき時はわかっている。今がその時だってな。だが、その命を、いや背中って言えばいいかな。あんたたちに預けていいものか、俺には疑問だね。俺じゃなくたって味方に背中を撃たれて死にたいなんてのはいないはずだからな」
「俺たちが味方を背中から撃つって言うのか!」
ケインはカッとなって叫んだ。
「その気じゃなくても結果がそうなっているだろ? 自覚してないのか、お前?」
ケインは思わずケイナンの襟首をつかんだ。「言い過ぎだ、撤回しろ!」
「何だよ、その手は?」ケイナンの表情も凶暴なものに変わっていた。ふたりの衝突はもはや避けられないと思われた。そこへ騒ぎを聞きつけたレトたちが現れた。ケインとケイナンの剣幕に思わず立ち止まる。
「皆さん。味方同士で争うのは止めませんか? そんなことをしてると魔侯軍が喜びます」
レトが意を決したように声をかけた。諭すような言葉をかけてはいるが、声が震えている。この様子にたじろいでいるようだ。
「黙れ、クソちび!」
ケイナンが怒鳴りつけた。
「お前はわからないのか? こいつらは俺たちをただの捨て駒にしか考えていねぇんだ。ここで戦い続けていると、ただ利用されて、おっ死ぬしかないんだよ。そんなことがわからないのか!」
ケイナンの剣幕でレトが引き下がるかとルッチは思ったが、レトから気弱そうな表情が消え失せ、冷静な表情になった。それは、どことなく冷たさの感じるものだった。ルッチはレトの豹変に驚いた。
「勇者や勇者の仲間が僕たちを利用している? それは勘違いだと言えるでしょう。特に勇者の行動は僕たちを利用しているものとは思えませんよ。何せ、アングリアでも、メネアでも、一番危険な戦いの先頭に勇者がいたのですから」
「アングリアに単身で突っ込んだり、メネアでも少数の騎馬隊を率いて敵の本陣を襲ったりしたんだもんな」
ルッチがうなずきながら言った。そのあたりのことはケイナンも承知しているらしい。ケイナンは顔をしかめて口をつぐんだ。
「魔族との戦いは過酷だと思います。いつでも万全のときで戦えるわけでもないと思いますし。幹部の方たちは劣悪な条件から、いかに結果を出すか苦心されていた。僕は、そう思えたからこそ、爆弾の策も考えました。幹部にだけ難問を押しつけずに、みんなで考えていくべきだと思うからです」
「爆弾の策? お前……、8番隊のレトか?」
ケイナンはレトに尋ねた。レトはうなずいた。メネアの戦いの中で、レトが果たした役割を多くの者が耳にしていたのだ。
「8番隊、カイル班のレトです」
ケインはケイナンをつかんでいた手をゆっくりと放した。ケイナンから怒気が消えたのを感じたからだった。
「お前が知恵を出して、この防衛戦を有利に進めさせたことは聞いている。しかし、それこそがこいつらに利用されている証明にはならないか? お前があの策を出さなかったら、俺たちは王国軍の盾代わりにされていたかもしれないんだぞ」
「そうなっていたかもしれませんね」
レトはあっさりと認めた。
「おい!」
ケインとルッチが同時につっこんだ。
「でも、それが僕たちの役割のはずです。僕たちは勇者を無事、魔侯の元に送ることが最優先です。魔侯は魔王と肩を並べるほどの実力と言われています。そんな魔侯と戦えるのは勇者ひとりだけです。かつての魔王を滅ぼした聖光十字撃を使えるのは勇者だけなのですから。僕たちは勇者を消耗させることなく、敵の大将にたどり着かなければならない。それって、すでに理不尽な話じゃないですか。僕たちに選択肢なんてないのですから。あなたの話は、僕にすればとっくに議論の終わっている話です。あなたはまだ、腹をくくってらっしゃらなかったんですか?」
レトの声は静かなものだったが、熱い刃のようにケイナンの胸を貫いた。あどけなさも残る若者に自分の覚悟を問われたのだ。周囲から視線を浴びていることが意識させられて、ケイナンは顔が熱くなった。
「……お前が、死ぬ気で戦っていることは良くわかった。だがな、俺たちは死に急いでいるわけじゃないんだ。この戦いに身を投じたのは、街を奪われ、家族を奪われたことの怒りだ。やつらに復讐を果たし、新しく生き直すためだ。お前のように捨て駒になる覚悟なんて持てるかよ。勘違いするんじゃねぇ。俺たちは生き残るために戦うんだ」
「僕も生き残るために戦っています。ただ、この戦いは死中に活を見出す以外、生き残るのは難しいと思っているんです。生き残りたい気持ちだけで勝てるようなら、そもそも王国軍は苦戦などしないでしょう」
「言うじゃねぇか、若造が」
ケイナンは地面にペッと唾を吐き捨てた。
「王国軍は生き残る覚悟どころか、勝つ気持ちも持ち合わせてねぇと思うんだがな。将軍の弱腰ぶりを知らないようだな、お前は」
レトは首を横に振った。
「将軍が弱腰なのかどうかはわかりません。ただ、あらかじめ決まっているはずの作戦を無視して、大軍をコリントに移したのは意図的だと思っていますが」
「何を言っている、君は?」
ケインが不思議そうに尋ねた。レトはケインに視線を移すと口を開いた。
「将軍は『勇者の団』がメネアに向かうことを知っていた。それを承知でメネアにはハミルトン少佐の隊だけを送ったのです。つまり、『勇者の団』と合わせて3千の軍で魔侯軍と戦わせるためです。僕は、最近になってメネアの規模を知り、将軍は初めからメネアに駐留する考えはなかったんだと納得できました。メネアは王国軍の主力を抱えるには小さすぎるからです」
「たしかに、メネアは小さい要塞だ。それと将軍の考えと、どう繋がる?」
ケインは嫌な感覚を抱きながら、レトに質問を続けた。この若者の頭には、リオンと同じような得体のしれないものがあるようだ。
「将軍はこう考えたのじゃないでしょうか? 『メネアは王国軍の主力で守るには小さすぎる。そこに大軍を送っても手狭で守りにくいだけだろう。それより、主力をメネア以外に置いたほうが事を有利に運べるのではないか。魔侯軍が大軍でメネアに押し寄せれば、メネアは籠城戦で対抗するしかない。そのときに王国軍本隊は手薄になったチリンスの丘を奪還して、魔侯軍を挟み撃ちにすれば良い。もし、魔侯側の大軍が丘に残るようなら、メネアを攻める軍勢は数が減って守りやすくなる。そうなれば、じっくりと長期戦で敵を消耗させることができる』……と」
ランブル将軍は『守り』の戦いに定評のある将軍だ。将軍は武力に勝る魔侯軍とは正面から戦うことを避け続け、敵を引っ張りまわす策に出ている。つまり、敵が消耗して撤退するのを待つ、いわゆる焦土作戦を行なっているのだ。そんな将軍であれば、メネアで敵を迎え撃つより、メネアに敵を釘付けにして、さらに戦争を膠着状態に持ち込もうとする……。レトの考えは充分にありうる話だ。将軍が『勇者の団』の千名という数から考えて、メネア要塞で適度に籠城戦が行える人員を、あと2千の追加で足りると踏んだのではないか。レトの説明は将軍の腹の内を明らかにするものだった。
――こいつ、この若さで何てことを考えやがる。これは、すでに一兵卒の思考じゃない。一軍略家の考え方だ。
ケインは目の前の小柄な若者に、底知れぬ畏怖を抱いた。これまで、将軍の行動を身勝手な保身だと考えていたが、レトの説明で理解できた。将軍は初めから『勇者の団』を長期戦に持ち込むための駒と見ていたのだ。アングリア奪還の功績も、将軍にすれば些細な結果にすぎなかったのだ。
ケイナンも同じような思いに囚われたらしい。完全に沈黙してうつむいてしまった。
「これまでの戦いから見て、僕たちと王国軍との考え方には、決定的な乖離があるのです。僕たちは民の立場で、早期に戦争を終わらせたい気持ちがあります。一方で、王国軍側は自らの被害を最小限にするために長期戦も辞さない構えなのです。それは民に犠牲を強いる作戦です。あなたの言う、魔侯軍に対する復讐なんて微塵も考えない戦いなのです。それもひとつの考え方だとは思いますが、あなたには受け入れられる考え方ですか?」
「そんなこと受け入れられるか! 当たり前だろうが!」
ケイナンは顔を真っ赤にして怒鳴った。ルッチは腹の内で、「完全にレトの話に飲み込まれたな」と考えた。
「もし、『勇者の団』がなくなれば、王国側の戦いは今後、ランブル将軍の焦土作戦一本になります。破壊される街は増え、行き場をなくす民が増える戦いです。最終的に魔侯軍は撤退を余儀なくされるでしょうが、そうなるまでどれだけの時間と民の犠牲があるのか、僕には想像できません。いえ、そもそも魔侯軍が撤退するのかどうか誰も確信が持てないのです。どこかに腰を据えられて占領され続けることだってありうるんです。それでも王国軍の本隊が無事だからって喜べますか? 『勇者の団』はそんな状況を覆せる唯一の兵団です。僕は、王国軍から協力を得られなくたって『勇者の団』で戦い続けます。王国軍の戦い方には賛成できませんから!」
「よく言った」ルッチはにやりとしながらつぶやいた。




