レトの覚悟。その理由【scene6】
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夕日がメネアの要塞を赤く染めていた。
火葬場の前には9百名ほどの若者たちが整然と並んでいた。『勇者の団』の者たちだ。全滅した10番隊の火葬をようやく終えたところだった。火葬場の大きさは百名を一度に火葬できるほどの大きさはなかったためである。火葬場の前も大して広くない。そこへ9百名もの人間が集まったのである。火葬場の前はこれまでに見たこともないような人だかりで埋め尽くされていた。
ケインが最後のひとりを天に送ったことを伝えると、団員たちは無言で散っていった。誰もが沈んでいるのは、仲間を失った悲しみだけではない。一度に百名もの仲間が命を落とすほどの戦いがあったことに衝撃を受けていたのだ。これは明日のわが身に訪れるかもしれない。そんな空気が、団員の口を重くしたのかもしれなかった。
レトたち8番隊カイル班はそろって宿舎に戻ると、誰かに告げるわけでもなく皆ベッドに潜り込んでしまった。夕食の時間ではあるが、誰も食欲が湧かなかったようだ。
「レト、眠ったか?」
レトのベッドの上から、ルッチの声が聞こえてきた。宿舎のベッドは二段式で、ルッチはレトの上のベッドで寝ていたのだ。
「眠いからベッドにいるわけではありませんよ」
レトは少し刺のある調子で答えた。日頃大人しいレトには珍しい態度だった。しかし、ルッチはそんなことにムッとする様子もなく、「そうか……」とつぶやいただけだった。
「どうかしましたか、ルッチさん」
少し態度が悪かったことを気にして、レトはルッチに尋ね返した。
「……いや、あのな、俺は国のために命を落としてもやむえないというか、命を落としても構わないつもりでこの戦いに参加した。今でも国のために戦いたいという気持ちはある。しかし、この『勇者の団』に限って言えば、俺の死に場所はここじゃない。いや、ここにしたくないという気持ちが湧いているんだ」
「ルッチさんの死に場所ですか? ルッチさんは死ぬつもりで戦っていたんですか?」
レトは不思議そうな声で尋ねた。
「死に場所ってのは、一種の言葉のあやだ。俺は自分なりにハンパじゃない覚悟で戦争に臨んでいたつもりだったんだ。ただ、今、その気持ちが揺らいでいるのさ」
レトにはルッチの言わんとするところが、まだ理解できなかった。
「……覚悟が揺らいでいるっていうことですか?」
「その部分もあるが、それよりも俺は何のために戦っているのかなって気持ちが大きくなったのさ。簡単に言えば、バカバカしくなってきたんだ。命を張って守っているのは、王国の民だ。それは間違いない。でも、くだらない連中も同時に守るはめになっているんだ。コリントに居座って、無駄に時間を過ごしている将軍とかな。10番隊は参謀の読みが甘かったから全滅したんじゃない。大切な情報はこちらには伝えられず、必要な人員は送ってもらえない。メネアの周辺にいくつか貴族の領地があるが、貴族どもは領地に引っ込んだきり兵を出そうとしない。そのせいで、こちらが寡兵で戦う事態になっている。俺じゃなくても戦意が失せるはずだぜ。お前はそうじゃないのか、レト?」
レトは半身を起こすと、天井を見上げた。そして、向こう側にいるルッチに語りかけるように話し出した。
「僕は皆さんのように、何かを背負って戦っているわけではありません。どちらかと言えば、新しい仕事をしているようなものです。仕事として見れば、この戦いは普通に思えるところがあります。レンガを焼く仕事に置き換えて表現すれば、無理な納期、厳しい値段。そんな理不尽な要求を受けながら、レンガ職人はレンガを焼いています。それが気に入らないからって断れば、二度と依頼を受けられなくなります。世の中には理不尽がまかり通っていることが多い。それが僕の、この世界に対する認識です。確かに、王国の非協力的な態度や、連携を乱す味方などは理不尽極まりないです。でも、僕はそれが世の中だって思っていますから」
「特に気にしていないってことか?」
「おおむね」
レトの答えに今度はルッチが半身を起こした。
「お前は、これまでいろんな目に遭っているんだな」
ルッチはそう言いながら、初めてレトを見かけたときを思い出した。二人組のならず者に言いがかりをつけられて戦う羽目になっていた。レトは機転でかわしてみせたが、あれは、そのことがレトの日常であったからだろう。日頃から理不尽な目に遭う者の行動だったのだ。理不尽な日常が当たり前なら、これまでのことでは特段に腹も立たないものなのか。いや、それではレトのこれまでの人生が酷すぎる。理不尽しか知らないから、これまでのことを当然のこととして受け止めてきたのだ。「仕事として見れば普通に思える」など、ルッチにとっては異常な回答だ。
「レンガ職人の修業って無茶苦茶だったんだな」
ルッチは過去のレトを思ってつぶやいた。
「無茶苦茶じゃない修業を知らないので、無茶苦茶だったのかはわかりません。ただ、僕には一生続けたい仕事には思えませんでした。以前にも話しましたが、出来なければ殴られる。出来ても相手の気分次第で殴られる。それが見習いの現実でしたから」
レトが義勇兵として王都に向かいたいと言ったとき、レトの父親は「レンガ職人になりたくないから逃げだすために王都へ行くのか」と返したそうだ。レトはそのことに「心の内を見透かされたように思った」などと回想していたが、レンガの職人になることを嫌って選ぶ仕事が命を張る義勇兵などあるはずがない。それでは、職人になるくらいなら死と隣り合わせの兵士になったほうがマシと言っているのと同じである。人の夢がそんな理不尽で突き動かされたものでいいはずがない。ルッチはそう思った。
「俺には、お前の考え方が危ういと思える」
ルッチはベッドから飛び降りると、レトの前に立った。レトはルッチの顔を見上げた。
「お前はもっと怒って良いんだ。世の中の矛盾や理不尽と。なぜって、お前は今生きているからだよ。生きている者は決して平等でも公平でもない。それは事実だ。でも、それをあるがまま受け入れろなんて理屈、腐った宗教家にくれてやれ。生きている限り、最善を求めて良いんだ、誰だって。当然、お前だってそうさ。兵士として、人の犠牲になる生き方なんて選ぶ必要はないんだ」
レトはきょとんとした表情で聞いていたが、やがてため息をついた。
「どうも、僕の言葉が足りなかったようですね。僕は人の犠牲になるために兵士を目指しているわけではありません。これが僕にとって、ルッチさんの言う最善を追求することなんです」
今度はルッチがきょとんとする番だった。「何だって?」
「ここに座りませんか、ルッチさん」
レトは自分のベッドの一角を指さした。ルッチはレトに指された場所に腰を下ろした。
「僕がなぜ、王国の兵士を目指すことにしたか、聞いていただいて良いですか? 少し長い話になりますが」
ルッチはうなずいた。
「いいよ、聞かせてくれ」
レトは少し考え込むようにうつむいたが、すぐに顔を上げた。
「僕が兵士を目指すようになったのは、もう10年以上も前のことです……」




