表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/235

ギデオンフェルの雌豹(めひょう)【scene4】

4


 あたりはすっかり夜となっていた。『名もなき陵墓』はようやく現れた月の光を受けて青白く浮かび上がっている。陵墓を囲む森は静かで、まるで息を潜めているようだった。わずかな風で、樹々がほんの少しざわめくだけである。

 ヒルディーたちは木の上や、茂みに姿を隠していた。敵を待ち伏せする作戦である。陵墓にこもる戦術が採れないうえでは、これ以上の策はなかった。

 「敵がメネアに攻撃を始めたそうだ。メネアの部隊は付近の『名もなき陵墓』を守れない可能性が高い。メネアの兵が身動きできないということは、敵は別動隊を動かして、メネアとここの陵墓を襲うことが可能になる。もし、敵に暗黒処刑人ダーク・アサシンのような特殊工作に長けた者が混じっていれば、メネアの陵墓を破壊後、そのままこちらの陵墓に向かう可能性がある。一気に片をつけるためだ。メネアからドドナまでの道は大軍で進むのに適していない。それも敵が少数で攻めてくると考える根拠だ。それを踏まえ、ドドナの陵墓防衛は、敵を待ち伏せする作戦で行なう。敵が現れたら、包囲殲滅するのだ」

 ヒルディーは熱のこもった調子で作戦を部下たちに伝えた。コーデリアはもちろん、ドドナ駐留軍の士気は高い。皆、真剣な表情でヒルディーの話を聞いている。中将や大佐が逃げるようにドドナを去ったのは昨日のことだ。兵も半数以上が王都へ戻り、ドドナの防衛態勢は心もとない状態になった。しかし、百戦錬磨のヒルディーが残ることを知り、兵たちの士気はむしろ上がったのである。中将の数のみを頼りにした体制下では、兵たちは目的意識を持てず任務に取り組めなかった。一方、ヒルディーは兵たちに状況を説明し、ドドナの危険がどれほどのものであるかを理解させた。そのうえで、どう行動すべきかを指示したのである。明確な役割を自覚できた兵たちは、ヒルディーの作戦に機敏に対応していった。瞬く間に敵を迎え撃つ態勢を整えたのである。ギデオンフェル王国はミュルクヴィズの森で隔たれているとはいえ、魔族の国と接している。魔族と戦う機会の多い王国軍の兵士は、どの国の兵士よりも練度が高いのだ。いざとなれば彼らの力が頼りになることを、ヒルディーは知っていた。

 「教授とヴィクトリア殿は、とにかく指示が出るまでは身動きしないで下さい。作戦に従事する者全員の命に係わるのです。必ず従っていただきます」

 パジェット教授とヴィクトリアは魔法要員として、作戦に参加していた。教授が申し出たのだ。ふたりとも遺跡の調査などで魔物の類と交戦した経験がある。王立魔法学院の職員になる者はすべて魔法の実力は折り紙付きだ。彼らが戦力に加わるのは心強い話だった。しかし、ヒルディーは礼を言いつつも行動についてはきつく釘を刺したのだ。

 「何じゃい。せっかく魔侯の兵隊を近くで拝めると思ったのに」

 教授の言葉に、ヒルディーが厳しい視線を送った。

 「……もしや、個人的な欲求のために協力を申し出たのですか?」

 「は、はて……? 何のことかのう……」

 教授はあごひげをしごきながら視線をそらした。かたわらのヴィクトリアが教授を指さしながら、「このおっさんはこういう人なんです……」と説明した。

 ヒルディーは教授を加えた形での作戦に不安をおぼえた。ヴィクトリアはヒルディーの表情をすばやく読み取った。

 「で、でも、この方は魔法学院で一二を争うほどの魔法使いです。やるときにはやる方ですよ」

 ヴィクトリアは慌てて取り繕うように言い直したが、ヒルディーの疑わしげな表情は変わらなかった。

 「しっ」

 コーデリアが小さいが鋭い声で制した。

 「気配が変わった。敵が来る」

 「本当に?」

 ヴィクトリアは囁き声で尋ねながら、茂みから顔を上げようとする。そこをコーデリアが押さえつけた。

 「ワシは気配などまったく感じないが、確かかのう?」

 教授も小声で尋ねた。

 「彼女を信用してください」

 ヒルディーは腰の剣に手を伸ばしながら囁いた。

 「あなたが魔法学院で一二を争うほどの魔法使いなら、彼女は王国で一二を争うほどの『戦士』です」

 「そうかね。では、ワシも魔法学院では腕利きであることの証明をしてみようかの」

 教授は口の中で何かぶつぶつつぶやくと、ヒルディーたち4人が潜む茂みを虹色の光が覆い始めた。

 「な、何です。これは?」

 ヒルディーは腰の剣に手を伸ばしながら囁いた。

 「不可視魔法インビジブルです」ヴィクトリアが代わりに答えた。ヒルディーは目を見張った。

 「まさか。あれは実在しない魔法ではないのか?」

 「伝説で語られる不可視魔法インビジブルは、その効果が完璧なもののことじゃ。何者にも視認されることなく行動ができる魔法。制限なしに使えたら、無敵の魔法じゃのう。ただし、ワシが使っているのはいろいろと制約のある、一種のまがい物じゃ。じゃが、実戦に耐えるだけの性能はあるぞ」

 教授は虹色の光を指さした。光はまるで膜のように茂みを覆っている。

 「この光の膜に覆われると、外側にいる者は何者にも感知できなくなる。ただし、条件がいくつか必要でな。ひとつ目は膜の外に一歩でも出ると効果は消滅する。魔法の効果範囲は膜の内側と狭いのじゃ。少々の音は漏れないが、匂いは遮られない。鼻の利く相手には感知される恐れがある。また、感知魔法も防げない。魔法によってこちらの座標位置を調べられると、不可視状態だった姿が見えてしまうのじゃ。むろん、感知魔法の使い手は少ないし、野獣並みに鼻の利く者は多くない。ここで待ち伏せするには、この魔法でも十分に役立つはずじゃ」

 「たしかに、これなら十分に使えます。ですが、なぜ、こんなギリギリになってから魔法を使ったのですか?」

 ヒルディーは素直にほめながらも疑問を口にした。

 「大した理由じゃない。この魔法はずっと魔力を消費し続けるので、早くから使っていると、いずれ魔力切れで魔法が解けるからじゃ。ワシとて人間にすぎんからのう。保有する魔力は無尽蔵というわけにいかんのじゃ」

 「魔法は、ただ便利なものではないのですね」

 「魔法は真理の学問じゃよ。便利とか、使えるとか、そういう概念で捉えるものじゃないのだよ。本来はな」

 教授は少し苦しそうな表情を見せた。魔力を消費し続けるのは術者に苦痛を与える。教授は人知れず苦しみに耐えていたのだ。ヴィクトリアが気づいて教授の肩に手を置いた。

 「教授、大丈夫ですか?」

 「おお、ウスキ君。なぁに、君の胸の中に頭を埋めさせてくれれば、こんな苦しみなどすぐ消えてしまうわい」

 ヴィクトリアは、すぅっと冷ややかな目つきになった。

 「ほう。思ったより元気そうですね、教授」

 教授の肩に置いた手に力を入れながら、ヴィクトリアは低い声で言った。肩をつかむ指は、ギリギリと教授の肩に喰い込んでいく。

 「あ、いや、冗談じゃよ、冗談。う、ウスキ君。て……手を離してくれんかのう。い、痛い。痛い……」

 教授は額から脂汗を流しながら、ヴィクトリアに懇願した。コーデリアがヴィクトリアの手をそっとどかす。

 「道化芝居は次の機会に。もうすぐ敵が来る」

 コーデリアの声が合図になったわけではないが、周囲の茂みがざわざわと動き出した。一同は固唾を飲み、身動きするのをやめた。魔法で不可視の状態になってはいるが、反射的に行動したのだ。

 敵はなかなか姿を現わさなかった。物陰から様子をうかがっているらしい。ヒルディーたち手練れの者たちは気配を断って隠れている。それでも、敵に何か警戒させるものがあったのだろうか。ヒルディーは剣の柄に手をかけた姿勢のまま、唇の端を噛んだ。作戦が失敗したと思ったのだ。

 そのときだった。ごそごそと大きな茂みが揺れると、そこから小さな黒い影が姿を現わした。影は左右に顔を向けながら陵墓へ歩み寄ってきた。ヒルディーはぐっと息を飲んで、身じろぎひとつすまいと身構えた。

 そこで、ようやく警戒を解いたらしい。影が手を挙げると、周囲から同じような影が次から次へと姿を現わした。影は黒装束を身にまとった者たちだった。

 「暗黒処刑人ダーク・アサシン……」

 ヒルディーは小声でつぶやいた。するすると剣をゆっくりと抜き放つ。

 1匹の暗黒処刑人ダーク・アサシンが懐に手を伸ばし、何かを取り出そうとした。ヒルディーはその1匹めがけて飛び出しながら叫んだ。

 「今だ! かかれ!」

 ヒルディーは一瞬で距離を詰めると、何かをしかけようとする暗黒処刑人ダーク・アサシンを斬った。暗黒処刑人ダーク・アサシンは声を立てずに地面にくずおれた。周囲の暗黒処刑人ダーク・アサシンたちは明らかに驚いた様子だった。王国の兵士たちがいっせいに姿を現わしたのだ。本来、王国軍は愚直に行動するもので、陵墓を守るのであれば、陵墓を取り囲むようにして守っているはずだ。身を隠して待ち伏せの作戦を採るなど、彼らには予想外だったのだ。さすがに不意をつかれて、彼らは浮足立っていた。そこを見逃さず、背後から迫ったハリー大尉が暗黒処刑人ダーク・アサシンを袈裟懸けに斬りつけた。

 「敵に連携を取らせるな! やつらは集団戦闘が得意だ。やつらを分断し、複数で囲んでやるんだ。1体ずつであれば、我らで対処できる!」

 ヒルディーは剣を掲げて指示を出した。教授は茂みから顔をのぞかせてひげを撫でた。

 「どうして、どうして。大した指揮官ぶりじゃわい。ウィザーズ家は上品なだけじゃと思っていたが、あのお嬢さんは他の士官より勇猛のようじゃ」

 「勇猛だけじゃないです。陵墓防衛で最善の手を打てるし、戦略眼も高い方です」

 ヴィクトリアは茂みから立ち上がると、右手を差し伸ばした。その先にはふたりの姿に気づいて1匹の暗黒処刑人ダーク・アサシンが刃物をきらめかせながら駆け寄ってくるところだった。

 「雷球衝撃ライトニング!」

 ヴィクトリアが呪文を唱えると、一筋の稲妻が暗黒処刑人ダーク・アサシンを刺し貫いた。暗黒処刑人ダーク・アサシンは目や鼻の穴から煙を出しながら地面に倒れ込んだ。

 「さすがウスキ君。あらかじめ呪文の詠唱を済ませておったか」

 「教授、私たちは見物に来たんじゃありませんよ。そろそろ本気を出してください!」

 ヴィクトリアの鋭い声に、教授は首をすくめた。

 「やれやれ。少佐の戦いぶりなら、ワシなど出しゃばらんでも良いと思ったんじゃがのう……」

 教授は左手の薬指にはめられた指輪を撫でながら茂みから歩み出た。そして、口の中でぶつぶつ呪文を唱えながら左手を天にかざす。数匹の暗黒処刑人ダーク・アサシンが教授の動きに気づいた。

 「教授、あまり前に出ては!」

 ヒルディーが叫ぶと同時に、コーデリアが教授めがけて駆け出した。数匹の暗黒処刑人ダーク・アサシンはいっせいに飛びかかったが、コーデリアのほうが早かった。コーデリアは空中でくるりと体勢を変えると、手前の暗黒処刑人ダーク・アサシンを蹴り落とし、そのまま2匹目の腹部に膝を打ち込んだ。そのまま突き飛ばすように身体を離すと、その勢いのまま3匹目の背中にナイフを突き立てた。ヴィクトリアは目を見張った。コーデリアは地面に足がつくや、一瞬で陵墓の壁に取りついた暗黒処刑人ダーク・アサシンに飛びかかっていく。

 「あ、あの子、何? 動きが別ものじゃない!」

 ヴィクトリアから思わず声が漏れた。ヴィクトリアのかたわらに兵士が剣を構えながら現れた。

 「グレイス軍曹は王国で一番の戦士です。軍学校では、体術の先生ですら敵わなかったんですから。我々は彼女の戦いぶりからこう呼んでいます」

 兵士の声には誇らしげな響きがあった。

 「『ギデオンフェルの雌豹めひょう』と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ