陵墓の疑問【scene3】
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ドドナの『名もなき陵墓』は高地の森の中にあった。ドドナの街自体が高地にあるので、さらに奥へ進んだ先にある。距離にして2里ほどではあるが、そこへ至る道は良いものと言えない。ほとんどが森に挟まれた細い道で、しかも道のところどころに岩が突き出して進行を妨げた。当然、馬車は通れないし、脚の強い馬も全速力で走り抜けることはできない。ヒルディーは昼過ぎ頃にコーデリアたちを引き連れて陵墓へ向かったが、到着する頃には陽もだいぶ傾いていた。
「めったに行かないところだからな。慣れない道で、時間がかかってしまった」
ヒルディーは馬の首を優しく撫でながらつぶやいた。馬にとってこの悪路は2里という距離以上に疲労させるものだったのだ。
だからこそ、パジェット教授はそのままにしておかない。面倒ごとに巻き込んでくれた報いは受けさせるつもりだ。
暗く狭い森の道が急に開けると、目の前に白亜の壁が広がった。壁の向こうにわずかだが尖塔らしきものが見える。ここが『名もなき陵墓』だ。
ヒルディーは片手を挙げて後続を止めると、あたりを見渡した。すぐ左手の木に何頭かの馬がつながれている。馬たちは落ち着いた様子でしっぽを揺らしていた。ひとの姿はない。
ヒルディーは馬に乗ったまま、陵墓の周囲を進み始めた。コーデリアとヴィクトリアが後に続く。
陵墓は上から見ると円形の施設だった。ヒルディーは壁を右目に見ながら馬を進めた。間もなく、ちょうど反対側あたりのところで数人の男たちが立っているのが見えた。ほとんどが王国軍兵士で見慣れた軍服を身に着けている。老人らしき男がひとりだけ白衣姿だった。あれが、「食えない教授」――シドニー・パジェットだろう。
「パジェット教授」
ヒルディーは大声で話しかけた。男たちはいっせいにヒルディーに顔を向ける。その中から白衣の男が進み出てきた。
「いかにもワシがパジェットじゃ。そちらはウスキ君の説明を聞いて駆けつけてくれたドドナ駐留軍の皆さんかな?」
老人はあごひげをしごきながら話した。髪と同様に白いあごひげで、胸のあたりまで伸びている。
「ヒルディー・ウィザーズ少佐です。ここは許可なく立ち入ってはならぬ場所です。速やかに退去していただこう」
ヒルディーは馬から降りずに言った。ヒルディーの背後からヴィクトリアが馬を進ませた。
「教授……。やっぱり、怒られちゃいました」
「ほう、そうかね」
ヴィクトリアの報告を聞いても、教授の表情に変化はなかった。ヒルディーは心の内で「やはり一筋縄でいかない者のようだ」と考えた。
「『名もなき陵墓』に触れてはならないのは、千年近くに渡る不文律です。王立魔法学院の教授であれば、私から言われるまでもなくご存知だと思いますが」
ヒルディーは改めて強い口調で言うと、教授はのんびりした表情で陵墓を見上げた。
「ウィザーズ少佐。あなたはこの遺跡をどう見るかね? この遺跡には妙なところがある。気づかれますかな?」
ヒルディーに言われていることを意に介する様子がない。ヒルディーは顔をしかめた。
「あなたとこの遺跡について議論しに来たわけではない。速やかにここから……」
ヒルディーは言いながら陵墓の壁に視線が移った。そのせいで、最後の語尾は尻つぼみに消えていった。
「どういうことだ?」
「気づいたかね」
教授は嬉しそうな声をあげた。コーデリアがヒルディーに話しかけた。
「どうしたの? この遺跡に何かおかしなところでもあるの?」
「きれいすぎるのだ、この遺跡は」
ヒルディーは遺跡全体を見回しながらつぶやいた。高い壁にさえぎられて中の様子は見えないものの、壁そのものが新しく塗り直したかのように白いのだ。普通、千年もの年月を経れば、どんな建造物も劣化して薄汚れてくるものだ。かつては白亜の建物として知られたテンプル教会は、現在くすんだ灰色をしている。テンプル教会は今から5百年前に建てられたものだ。この遺跡と較べればおよそ半分の年月で、そこまで変色しているのだ。はるか昔の建築資材のほうが優れているということはない。建築資材というものは日々改良され、進化するものだからだ。教授に示唆されて気づいたが、この遺跡は不自然だ。
「優れた観察眼をお持ちで助かる。話が早く進められそうじゃ。アングリアからワシの警護をしてくれた兵士諸君は、ワシの話にまるでついていけない様子でな。ちょうど困っていたところなのじゃよ」
ヒルディーが周囲の兵士たちに視線を移すと、兵士たちはあいまいな笑みを浮かべた。このあたりに足を踏み入れてはいけないと説得していたはずだが、逆に陵墓について謎の問いかけをされて煙に巻かれていたようだ。
「教授、この遺跡が不自然であることは認めるとして、それがどうだというのかね? それで、あなたがここへ足を踏み入れる正当な理由になるとは思えないが」
「さすが軍人さんは考えが固いのう。これの異常に気づいても、不文律が大事とおっしゃるか」
「陵墓のことと、あなたのことは別の問題だと申しているまでです」
ヒルディーはきっぱりと言い切った。
「ふうむ。では、無関係ではないと説明できれば良いのじゃね」
「何を言い出すかと思えば……」
教授のまったく悪びれることのない物言いに、さすがのヒルディーも困惑の表情を浮かべた。思っていた以上に面倒な人物のようだ。
「ワシたち研究者たちは、鼻垂れた学生時分には聞き飽きるほど『名もなき陵墓』へ立ち入ってはならぬと教えられた。理由をまったく教えられずにな。むろん、それを教えた教員たちさえ理由を知らなかったのだから教えようがない。ただ掟だというのが理由じゃ。ワシは長年疑問じゃった。王国はなぜ、この掟を法として徹底しなかったのじゃ? 今日、初めて陵墓を直に見て、ワシには答えのひとつがわかった気がしておる。答えを言う前にハッキリさせておこうと思うが、この陵墓は何者かに現在も管理されているのじゃ」
「何者かに管理されている?」
ヒルディーは驚いて遺跡を見直した。しかし、壁の白さを見る限り、これは定期的に補修されているものだ。つまり、何者かが遺跡の維持を行なっているということだ。それは何人も立ち入ってはならない聖域に足を踏み入れている者の存在を示している。
「普通考えてみればわかるはずじゃった。何百年も放置されているものが、朽ちることなく存在を保てる道理がなかったのじゃ。ワシらは聖遺物の超常的な力で存在を保っていると、勝手に思い込んでいただけなのじゃよ。実際は、密かに管理されていた。しかも、それは王国の中心人物さえ知らぬ秘密らしい。王宮魔導士の筆頭であるザバダックでさえ、まるで知らぬ様子じゃったからな。魔侯が勝手に仕掛けた侵略戦争かと思っておったが、この戦争、どうもウラがあるようじゃて」
ヒルディーは静かに聞き入っていた。明確ではないが、教授の論点が見えてきた気がしたのだ。
「今度の戦争は、かつての魔王侵攻に較べれば規模の小さいものじゃろう。しかし、なめてかかっていると足元からすくわれかねない危うさをはらんでおる。ワシは、その危うさのひとつがこの陵墓のナゾじゃと考えておる。これの正体を見極めることは、戦争の趨勢に影響を与えるかもしれん。そこまで考えが及んでもなお、理由もわからぬ不文律に縛られるつもりになれぬのじゃ。さきほど、王国が法として定めていない理由がわかったと言ったが、それは、いつか必要なときが来れば、ここの秘密を暴いてよいという暗示だったのじゃ。この陵墓を造った者は、できれば陵墓のナゾが暴かれずにすめばよいと考えたのであろう。だが、陵墓の存在はいつまでもナゾのままにしておけないとも考えていたのではないか。だからこそ、『陵墓へ立ち入ってはならない』という決まりごとを、法ではなく不文律にしたのじゃ。ワシのような陵墓のナゾを追う者を締め出さぬためにな」
ヒルディーは馬を降りた。教授のそばへ歩み寄ると、教授のとなりから陵墓を見上げた。
「ここを守ることが、魔侯のたくらみを挫くことになるのですね?」
「ワシはそう睨んでおる」
「わかりました」
ヒルディーは教授に向き直った。ヒルディーはそれほど背が高いわけではなかったが、教授の頭はヒルディーの胸の高さほどまでしかなかった。こんなに小さい人物が王国の存亡にかかることを考えていたのだ。ヒルディーは少し感慨が湧いてきた。
「我々は教授の考えを支持し、この陵墓防衛を行なうことにします。部下を送って、おっしゃる通り精鋭を集めることにしましょう」
すそを引っ張られる感触がして、ヒルディーは振り返った。いつの間にかコーデリアも馬を降りて、ヒルディーの背後に立っていたのだ。
「どうした?」
「ここを守るのは無理。防衛はあきらめたほうがいい」
ヒルディーは改めて陵墓を見上げた。コーデリアの言う通りだ。陵墓にこもって守るわけではない。陵墓の周囲に兵を配することでしか防衛態勢がとれないが、それでは態勢として弱すぎる。壁の周囲をぐるりと兵で囲んでも、中心が壁でさえぎられているから連携がとれない。もし、敵に一角を崩されたら、そこからあっという間に防衛態勢は崩壊する。ヒルディーが敵側であれば、そんな防衛態勢は簡単に攻略できると考えるであろう。
「たしかにコーデリアの言う通りだが、みすみす敵に破壊させるわけにもいかないだろう」
「ドドナの防衛についても言ったけど、攻撃は最大の防御。ここは守るのではなく攻めるほうを考えるの」
ヒルディーはコーデリアの顔をまじまじと見つめた。コーデリアは澄んだ瞳で静かに見返している。
「なるほど。攻撃こそ最大の防御、だったな」
ヒルディーはぴしりと拳を自分の手に打ち付けた。これは気持ちが固まったときのヒルディーの癖だった。
「よし、敵を迎え撃つぞ」




