とっちめてやる【scene2】
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ドドナ司令部の小さな会議室に、女性3人が顔を合わせて座っていた。ヒルディーとコーデリア。そして、ヴィクトリアの3人だった。ハリー大尉はヴィクトリアを引き合わせると、次の用があると立ち去っていた。
「敵がここを攻める危険があるという詳細を聞かせてもらえるかな」
3人が席に着くや、ヒルディーはヴィクトリアに尋ねた。ヴィクトリアは目をぱちくりとさせた。美しい女性の口から、まるで女性らしくない事務的な男言葉が飛び出してきたからだ。しかし、すぐ真顔に戻ると、声を潜めるように小声で話しかけた。まるで立ち聞きを警戒しているようだった。
「……実は、私はシドニー・パジェット教授に同行してここまでやって来ました。目的はドドナ付近にあるという『名もなき陵墓』を調べるためです」
「『名もなき陵墓』だと?」
ヒルディーの表情が険しくなった。
「あれは近づいてはならない、いわゆる『禁所』だ。王立魔法学院の教授であれば、そんなことぐらい明文化されていなくても承知しているだろう」
ヴィクトリアはうなずいた。
「もちろん、充分に承知しています。ですが、敵の目的がその『禁所』なのです」
「敵の目標が『名もなき陵墓』だって?」
ヒルディーにとって、にわかには信じがたい話だった。王国内の事情に多少通じている者であれば、『名もなき陵墓』が何人も立ち入ってはならない聖域だということは知っている。しかし、どういう聖域なのか誰も知らないはずの遺跡なのだ。そんな価値もわからないものを、魔族が関心を持つとは考えられない。
「アングリアにも『名もなき陵墓』がありました。ご存知でしたか?」
ヴィクトリアが尋ねた。
「ありました……だと?」
「アングリアの『名もなき陵墓』は破壊されていました。徹底的に、です」
ヒルディーは次の言葉が出てこなかった。ヴィクトリアが話を続ける。
「魔侯は、王都に近い北の森から侵攻せず、わざわざ遠回りになる南から攻めてきました。そして、真っ先に狙ったのはポラトリス。そしてセルネドです。ドドナに『名もなき陵墓』があることをご存知であるあなたであれば……」
「ああ。ポラトリスとセルネドの近くにも『名もなき陵墓』がある」
ヒルディーはうなずいたが、それでもヴィクトリアの話に納得できたわけではなかった。敵が『名もなき陵墓』を狙っているという説に対して、まだ根拠が弱いように思えたのだ。
「あいにく、ポラトリスとセルネドは今も敵の占領下で、その周囲も敵の勢力圏だ。ふたつの『名もなき陵墓』がどうなっているのか確認できない以上、敵の目標が『名もなき陵墓』であると、確信を持って主張できないのではないか?」
ヴィクトリアはヒルディーの美しい顔をじっと見つめた。このひとはこれまでの士官とは違う。安易に結論を出したり、頭ごなしに否定するわけでもない。あくまで冷静に、そして知的に状況を分析している。
「たしかに、教授も『カン』だ、などとおっしゃってました。根拠に若干の弱さがあることは教授自身もお認めになっています。ですが、こうもおっしゃってました。真実に至るのに、理に適っているかは本質ではない。思考の柔軟さが、真実を見通すことができる、と」
実際の教授の説明は、そこまで含蓄のある言葉ではなかったが、ヴィクトリアは話に説得性を持たせるために、発言を少々「盛って」おいた。
ヴィクトリアのはったりめいた話はヒルディーの心を動かしたようだった。ヒルディーはあごに手をかけると静かに考え始めた。
……たしかに、敵の動きには『侵略』以外の目的を感じさせる。王都を一点突破で攻めようとしなかった。この事実は大きい。そのせいで、敵は侵略の歩みが遅いのだから。そして、『名もなき陵墓』が、敵の目標であるということ。敵がここまで広範囲に攻め込む理由として、彼女の説明は蓋然性がある。しかし……
「あなたの説明に、少し疑問がある。敵の目標が『名もなき陵墓』にあるとして、どうして、ここまで大規模な侵攻作戦を採るのだ? 魔侯ほどの者なら、暗黒処刑人など特殊工作に長けた者を密かに潜入させて、人知れず遺跡を破壊する作戦も採れたはずだ。この侵攻作戦は手間も金もかかる。軍隊を送り込む必要性は低いように思えるのだが」
「そこは、教授も首をひねっていたところです。ただ、手掛かりは『消えた住民』にあるかもしれないとおっしゃっていました」
「『消えた住民』?」
「アングリアを奪還したとき、アングリアには住民がひとりも残っていませんでした。アングリア周辺の町や村も同様です。魔侯には遺跡の襲撃と合わせて、王国の民を拉致する目的も持っていたようなのです」
「王国の民を拉致だと」
ヴィクトリアはうなずいた。
「これは、教授の推論の域を出ていない話ですが、陵墓を狙うこと、そして、民を拉致すること、それらふたつは共通の目的のために行なわれたのではないか。だからこそ、魔侯は王国侵攻などというもっとも手間な方法を選ばざるをえなかったのではないか、と」
ヒルディーは素直に驚いた。王国内にここまで筋道立てて魔侯侵攻を検証している人物がいるとは思わなかったのだ。魔侯の行動に今までぼんやりと疑問に思っていたが、ヒルディーはようやく真相に迫っている感覚を覚えた。
「あなた側からの話はよくわかりました。魔侯軍の侵攻が近いこと、警告してくれたことに感謝いたします。教授にはよろしくお伝えください」
ヒルディーは立ち上がりながら礼を言った。しかし、ヴィクトリアは席を立とうとせず、もじもじとしている。
「……どうかしましたか?」
ヴィクトリアは少し話しづらそうだった。
「あの、実は、本題は、この後のことでして……」
「本題?」
「あの、教授は、実はここドドナにはおられません。私には軍司令部へ『名もなき陵墓』へ向かっている旨をお伝えするよう指示されて……」
「勝手に陵墓へ近づいているのか!」
ヒルディーは思わず怒鳴り声を出した。部屋の外で控えていた兵士が慌てて飛び込んでくる。
「す、すみません……。まずは、なぜ教授が陵墓に近づいているのか、その背景を先にご説明してからのほうが良いかと思いまして……」
ヒルディーは呆れて席に座った。コーデリアが問題ないというように、入ってきた兵士に手を挙げてみせた。兵士は不審そうな表情を浮かべたまま部屋を出て行って扉を閉めた。
「……で、その教授は、先に陵墓へ向かって、勝手に調査をする気なのだな?」
「は、はい……」
「先に許可を取りに来たら、拘束されるなりして動きが取れなくなるから、事後承諾を図った。そういうことか」
「はい……」
ヒルディーはため息をついた。先ほどまでの教授に対する畏敬の感情は消え失せ、怒りに近い侮蔑の感情が湧いていた。
「あなたの上司は、とんだ迷惑人間だな。おかげで急ぎ、陵墓へ向かうことになった」
ヴィクトリアが苦笑いを浮かべた。
「教授は軍がそうなさるだろうとお考えでした。それで、兵を送るのであれば、精鋭を多数送られたし、とも……」
「……何から何まで、まったく食えない人物だ。そこまで読んだうえでの行動か」
ヒルディーは再び立ち上がった。コーデリアがヒルディーの顔を見上げる。
「どうするの、ヒルディー……少佐?」
「もちろん、陵墓へ向かう」
ヒルディーはぽんと拳を自分の手に打ち付けた。
「そして、えらい教授さまをとっちめるんだ」




