ディレイノのけじめ【scene25】
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魔侯軍の本陣を攻めた騎馬隊はわずか数十騎のものだった。そもそも狭い要塞に1個中隊以上の騎馬隊を組織できない。魔侯軍側もそれを把握して、大規模な騎馬戦にはならないと踏んでいた。要塞を放棄し、全速力で逃げる以外に馬を使うことがあるのかとさえ考えていたのである。まさか、その馬を使っての電撃戦を仕掛けるなど、彼らの予想を大きく上回っていた。彼らの動揺を大きくしたのは、その騎馬隊が味方の本陣を落としたという事実だった。司令官の首が落ちると同時に、メネアからは勝どきの声がいっせいにあがったのだ。まるで、本陣が落ちるのを待ち構えていたかのようだった。
「本陣を落とし、敵指令の首も獲った。さて、これでも戦う気は残っているのかな?」
ケインは自分の剣についた血脂を払い落としながらつぶやいた。司令官の首を獲ったのはケインだったのだ。
最初は動揺し、丘の上を見つめるだけだった魔侯軍は、本陣を陣取っているのが思ったより少数だと気づいた。頭を失った軍隊はすでに暴徒の群れであった。殺気を隠そうともせずに、武器を手にじりじりと間合いを詰めてくる。
「……そうか。人間を相手するようにはいかないか……」
敵の反応は想定内だったのだろう。ケインはそれほど落胆した様子を見せなかった。
「俺の予想通りだ。ここからは俺が行く」
ケインの背後から声がすると、ひとりの若者が進み出てきた。美しい金髪をそよ風でなびかせ、白銀の鎧は朝日を受けてまぶしく輝いている。進み出てきたのはリオンだった。
「リオン。お前は調子が本当に……」ケインは何かを言いかけた。リオンはそれをさえぎるように自分の剣を抜いた。
「休養は充分に取れた。今は本当に万全だ」
リオンは剣を片手に敵の群れを見下ろした。数千の敵が迫る様は、さしずめ黒い波が丘に迫るようだった。そんな状況にありながら、リオンは冷静な表情に変化がなかった。剣を構えると、つっと走り出す。ここ最近のケインであればリオンの行動を止めようとしたが、このときはただ額に手を当てているだけだった。
本陣を目指していた魔侯軍は、たった一人だけが丘を駆け下りてくるのをぽかんとした表情で見つめていた。敵の予想外の行動に呆気にとられたのである。
「大将ひとりに行かせて大丈夫なのか?」
ケインの横に馬をつけて、ディレイノが話しかけた。剣を肩に載せて、遠くを見るように手のひらを額にかざしている。
「どうして今日まであいつを温存していたと思う」
ケインは正面を見つめながらつぶやいた。「万全のあいつがどれほどのものか、やつらに見せつけてやるためさ」
リオンは剣を後ろに引くと、身体が一瞬透明になったように見えた。
「何!」ディレイノは叫んだ。
リオンは一瞬でオークの群れの中心に立っていた。オークたちは何が起こったのか理解できない様子だったが、次の瞬間、リオンの周囲のオークたちが血しぶきをあげて倒れた。ディレイノは目を丸くした。
「何だ? 大将、何をやったんだ?」
「間合いを一気に詰める『瞬歩』さ。俺たち剣士の基本技だよ」
ケインはこともなげに答える。ディレイノは慌ててケインの横顔に顔を向けた。
「あれが『瞬歩』だと? まったく見えなかったぞ!」
「あいつは、あの基本技ひとつで敵の1個中隊を全滅させたんだ。頭を失って統率を失ったやつらなぞ、あいつにとっちゃ『カカシ』を斬るのと同じさ」
ディレイノはリオンの加勢に向かうつもりだったのを忘れたように呆けてしまった。実際、リオンは加勢の必要がないように次々と敵を斬っている。身のこなしの素早いゴブリンたちもまったく相手にならないようだ。
「……これが勇者の実力……」
ディレイノはまだ呆けた表情のままつぶやいた。
「聖光十字撃だけが、あいつが覚醒者である証じゃない。あいつはいろいろ俺たちとは『別』なんだよ」
ケインが話している間に敵の動きに変化があった。リオンの背後に回り込み、完全に取り囲もうとしている。
ケインは剣を掲げた。
「リオンの背後に回り込むやつらを片づけるぞ!」
大声で叫ぶと馬を走らせる。ケインの馬はリオンが戦っている敵の群れへ一直線に突き進んでいった。そこでディレイノはようやく我に返った。
「クソッ! 俺としたことが後れを取った!」
手綱を思いきり馬に打ち付けると、ケインの後を急いで追った。残りの騎馬も後に続く。
魔侯軍1万の兵は、わずか数十騎の王国軍に蹂躙されていた。状況に焦りを抱いたオークが、ゴブリンからボーガンをひったくると、リオンが剣を振るっているところめがけて矢を放った。矢はまっすぐに味方のゴブリンの額を打ち抜いた。仲間を殺されて激昂した別のゴブリンがボーガンを撃ったオークの胸を剣で刺した。
「味方ごと俺たちを撃ち殺すってのは、指揮官のもと、腹をくくってやらなきゃ、ただの同士討ちにしかならねぇぜ。その違いがわからなかったみたいだな!」
ディレイノは大声で怒鳴りながらオークを斬った。ディレイノの忠告が聞こえなかったのか、それとも人間の言葉を理解できなかったのか、味方ごと矢を射かける者は次々と現れる。しかし、矢はひとつとしてリオンの元へ向かわず、多くのゴブリンやオークたちが味方の矢によって倒れていった。
「無茶な作戦を言い出すと思ったが、こうなることも見越していたのか、あいつは」
ディレイノはリオンの後を追いながらつぶやいた。今回の騎馬による奇襲作戦はリオンの発案によるものだった。リオンが先頭に立つ作戦と聞いて、ケインが反対しかけたが、リオンが「必ず勝てる」と言い切ると、一転して賛成した。ケインは、リオンは自分で言い切ったことに責任を果たすと信じていたからである。
深夜の内に騎馬を城外に出した。爆弾を放ったのは、騎馬の足音を聞かれないためである。リオンたちを乗せた騎馬隊は、ハデス火山に向かう道から脇へ逸れ、大きく遠回りして敵本陣の背後まで回り込んだ。敵の注意がメネアに集中している隙をついて、リオンたちは本陣を落としたのだった。統率を失った敵にリオン自らが斬り込むことで、敵の混乱は頂点に達していた。
……リオンの策には、相手の心を読んでいるところがある。昨日の味方ごと矢で射かける行動から、やつらが混乱状態で同じことをすると踏んだんだ。まったく恐れ入る。
目の前の敵を切り伏せながら、ケインは心の内でつぶやいた。本来、数千の敵を相手に数十騎で攻めるのは無謀な話だ。しかし、状況を見れば、こちらが圧倒している。
……それに……
ケインは坂の上を見上げた。敵は完全にメネアに背を向けて、こちらに弓を構えている。
……やつらは完全に引っかかっている。
弓を構えていたゴブリンやホブゴブリンたちは、急に弓を落とすとバタバタと倒れ始めた。彼らの背中には矢じりが見えている。背後から弓で射られたのだ。無事だったゴブリンは背後を振り返り、大声で叫び始めた。ゴブリンの視界に大勢の王国兵たちが向かってくるのが入ってきたのである。メネアから突撃してきたのだ。
「そりゃ、こっちばかりに気を取られていたら隙をつかれるって話だよ!」
ケインは目の前のオークを斬り倒しながら叫んだ。
迎撃の態勢の取れていない魔侯軍は軍隊としてまったく機能していなかった。数の上では圧倒的に劣る王国側の攻撃になす術もなく討ち取られていく。残ったゴブリンやオークたちは、取り囲んでいるリオンたちに構わず退散を始めた。リオンは落ち着いて背を向けた敵を背中から容赦なく斬り捨てている。
「もう少し相手してくれよ。俺は仲間を12人もやられたんだ」
ディレイノがリオンの前に飛び出すと、わき目も振らずに駆け抜けようとするゴブリンの首をはねた。「これはリッキーの分!」
ディレイノは続いてオークを斜めに斬りつける。オークは肩から血を吹き出しながらくずおれた。「これはジャガー!」
それからもディレイノは剣を振るうたびに、「ドッヂ! カロンゾ! リース!」と仲間の名前を口にしていた。この坂の下で戦死した6番隊の仲間の名前だった。
「コルツォー!」
ディレイノが12人目の名前を叫びながらオークの胸に剣を突き立てたとき、ディレイノは頭から血まみれになっていた。口の端にわずかな笑みが浮かんでいる姿は、オークなどの魔族よりよほど鬼気迫るものがあった。完全に戦意を失った魔侯軍はディレイノから逃れようとあたふたと走り回っている。魔侯軍はあたりへ散らばるように逃げ去って行った。王国軍は再びときの声をあげた。彼らの足元にはゴブリンやオークたちが地面に倒れて沈黙していた。残っている敵はそれだけだった。
「気はすんだか?」
ケインがディレイノの隣に立って声をかけた。ディレイノは荒い息をしていたが、ケインの声を聞くと大きく息を吸った。
「……まぁな。もともと、こいつらに恨みがあるわけじゃないんだ。ただ、危険な任務に付き合わせた俺なりのけじめなのさ」
「なんだ、ちゃらんぽらんに見えて真面目じゃない」
「……勝手に言ってろ」
ディレイノは顔についた血をこぶしで拭いながらつぶやいた。




