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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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包囲網への反撃【scene24】

24


 その日は夜まで静かであった。メネアにたてこもる王国陣営、攻め手の魔侯軍陣営ともに目立った動きがなかったからである。さらなる罠の存在を警戒して、魔侯軍は決してメネアに近づかなかったし、王国側も打って出る行動を見せなかった。一割を超える敵を削ったと言っても、敵戦力は8千あまりある。対する王国側は3千。まだ2倍以上の戦力差がある。攻勢に出るには無理があった。ディレイノたちが行なった奇襲は、敵をおびき寄せるためだったものだ。同じ手にかかるとは思えない状況で突撃するのは自殺行為と同じだ。そのため、互いの出方をうかがいつつ、時間だけが過ぎていったのだ。

 この状況で先に動いたのは王国側だった。空気を巻くようなヒュンヒュンという音とともに、再び爆弾の投擲を始めたのだ。人力で飛ばす爆弾の飛距離には限界がある。魔侯軍側もそのあたりは心得て、着弾および爆発の範囲内には決して近づかなかった。爆弾は数回、坂の上に落下して、あたりに爆音と爆風をまき散らしていた。

 「クソッ! うるさくて眠れん!」

 司令のホブゴブリンはいまいましそうに起き上がった。寝入りばなを叩き起こされたのだ。機嫌のいいわけがない。

 「敵の動きはどうだ? また特攻を仕掛ける様子はあるのか?」

 ホブゴブリンは本陣のテントから顔を出すと、脇で控えているゴブリンに声をかけた。見張りのゴブリンは爆弾の落ちた坂の上を望遠鏡で眺めている。ゴブリンは望遠鏡から顔を離すと、敵の攻めてくる様子がないことを伝えた。

 「今度は攻めてはこないか。まぁ、こちらも待ち構えているからな。簡単に近づくことはできまいが。じゃあ、なぜ、敵はあんな真似をしてくる? こちらを眠らせない作戦か?」

 ホブゴブリンは見張りから望遠鏡をひったくると、自らのぞきこんで様子をうかがった。夜もふけて、月が高く昇っている。満月ではないので充分な明るさはないが、それでもあたりを闇に沈めないだけの明かりで照らしていた。爆弾の攻撃はまだ続いている。爆弾は散発的なものだったが、なかなか切れ目がない。ようやく爆弾の攻撃がやみ、しばらくは黒煙で向こう側が見えなかった。やがて煙が消え、あたりが晴れると敵が何を仕掛けたのかがわかった。

 メネアの手前には短いが急な坂がある。その坂を下り切ったところに木の柵で出来た防塞が築かれていた。爆弾であたりが見えないうちに、王国軍は柵を外へ運び出して設置したのだ。魔侯軍側は何の妨害もできなかった。

 「城門周辺を固めてきたか。やつらめ、打って出る気だな」

 ホブゴブリンは望遠鏡を部下に返しながらつぶやいた。敵側には、堅実に事を進められる指揮官がいるらしい。ホブゴブリンは敵が防塞を築いた理由は理解できた。城門の周囲を自軍の勢力下におけば、防衛だけではなく攻撃への足掛かりにもなる。敵の狙いはおそらくそれだ。

 「たしかに目の前で柵工事を始められたら邪魔はするが、だからって爆弾で牽制なんてするなよな」

 ホブゴブリンは呆れたようにぼやいた。敵側の勤勉さに呆れているのだ。魔族といえども生物だ。睡眠は必要なのだ。暗黒処刑人ダーク・アサシンであれば夜の作戦も可能になるが、彼らは『名もなき陵墓』の攻略が命じられて、ここにはいない。こちらにすれば夜の主力と言える戦力だが、今は無いものねだりだ。

……気に入らないのは、あの遺跡を狙う理由を知らされていないことだ。アルタイル様には重要なものらしいが、こちらにとっては意味不明のシロモノだ。アングリア近くの遺跡を攻めたとき、遺跡の罠にかかって多くの部下が死んだ。だから、メネアの遺跡は罠の攻略にも長けた暗黒処刑人ダーク・アサシンが向かうことになった。そのせいで今度は要塞の攻略に手こずる羽目になったんだ!

 ホブゴブリンは口の中でぶつぶつと文句をつぶやいた。部下のゴブリンは、けげんそうに見上げている。ホブゴブリンはその視線に気がついた。

 「な、何だ、貴様! 違うぞ、これは。これは殿下に対する悪口じゃないぞ。作戦の組み立てに悩んでいるだけだぞ」

 ゴブリンは肩をすくめて視線を外した。ホブゴブリンはきまりが悪くなって、テントの中へ戻っていった。状況もわかったし、ベッドに戻ろうと思ったのだ。敵は打って出るための柵を作った。爆弾はそのための牽制だけだった。ああ、良かった……。

 ベッドに向かいかけたホブゴブリンの足が止まった。

 「良かったじゃねぇだろ! 敵は攻めるつもりだ!」

 ホブゴブリンが再びテントから飛び出してきたので、見張りのゴブリンはびくっと身体を震わせた。

 「すぐ伝令を走らせろ。敵要塞の警戒を厳にさせるんだ。敵は要塞から打って出てくる。門から敵本隊が姿を現わしたら矢の雨で歓迎してやれ。ひとり残らず皆殺しだ。それと、次に爆弾が降って来たら、それが敵突撃の合図だ。煙で見えなくても構わん。門めがけて矢を射かけるんだ!」

 ホブゴブリンは素早く指示を出すと、一本角の黒兜をかぶって走り出した。本隊に迎撃の指示を出すためだ。すでに眠気は吹き飛んでいた。敵が打って出るのは、おそらく視界の利く早朝だろう。それまでに迎撃態勢を整えればよい。こちらは数で優るのだ。やられるわけがない。

 惰眠をむさぼっていた部下たちは指揮官に叩き起こされると不快な表情を見せた。しかし、敵の襲撃が近いことを知らされると、彼らもまた猛々しい魔族らしい顔つきに戻った。2度に渡って敵に裏をかかれたのだ。あまり真面目でない彼らも復讐心が募っていたのだった。

 魔侯軍はこれまでのことを踏まえ、爆弾の届かない位置に兵を集結させた。門の周りをぐるりと囲み、門から出る者はひとり残らず射殺す構えである。門の前には百名ほどの兵士が柵の陰にいたが、大きながれきも防壁代わりになって攻撃しづらい。少し離れた門のほうがむき出しな分、狙いやすいのだ。

 目標を共有し、目的意識が高まると、組織的行動の質はがぜんよくなってくる。待ち構える魔侯軍側は交代で休み取りながら、敵の襲撃に備えていた。起きている者たちは敵の登場が待ちきれないように不敵な笑みさえ浮かべている。

 兵たちの士気の高さに、指揮官のホブゴブリンは満足した。彼はようやく一息入れると本陣のベッドのもとへ帰っていった。


 メネアでの戦いが始まって、4日目の朝を迎えた。

 朝の空気は澄んでいる。雨の少ない土地なので、風が吹いていればほこりっぽく感じるところだ。しかし、今朝はほとんど凪の状態だったせいか、ほこりが舞い上がっていないらしい。

 魔侯軍は敵がいよいよ突撃してくると身構えていた。メネアは高い塀にさえぎられて向こうの様子は見えないが、塀の陰に多くの人間が潜んでいるのが感じられた。魔族は鼻が利く者が多いが、殺気に敏感な者も多い。そのせいで、ゴブリンやオークたちに油断はなかった。敵の士気は高い。数度に渡る攻防で、王国軍は数で劣っていることを忘れたかのように自信を持ったようだ。

 一方、ゴブリンの中には相手の殺気に気圧されている者もいた。しり込みして、少しずつ後退しようとしている。途中、現場指揮を執っているリーダー格のゴブリンに見とがめられて、こっぴどく叱られていた。

 このように戦意を失っている者もいたが、魔侯軍の士気もおおむね高いものだった。本陣のテントの前で腕を組んでいる指揮官のホブゴブリンは、口の端に自信がもたらす笑みが浮かんでいた。戦場とはこういうものだ。状況にまったく問題のないいくさなどない。戦場には必ず何らかの問題が起きるものだ。それは補給不足であったり、陣形不備であったり、支援体制の欠如であったりと様々だ。それらをやりくりして結果を出す。それが現場の指揮官の役割だ。これまで俺はそうやって結果を出してきた。だからこそホブゴブリンの身で指揮官級の立場になり、臨時ではあるが司令官にまでなった。たしかに、これまで人間とのいくさは経験していないが、俺はやり遂げられる。何せ、今もなお戦力差は倍以上だ。追い詰められているのはあっちのほうだ。籠城している連中が打って出るというのは、相手が焦っている証拠だ。やつらも自覚しているのだ。このままではジリ貧だと。その通り、このままで時間だけ過ぎれば、やつらは勝手に飢え死にしてくれる。こちらは戦わずとも相手を全滅できるのだ。

 司令官を務めるホブゴブリンの見立ては戦場の常識では正しいものだった。この態勢を維持し、門から出る敵を集中攻撃できれば、魔侯軍は敵を難なく追い返すことができるだろう。数度の爆撃で、敵が投擲できる範囲も把握している。最初は対処に苦慮した爆弾の攻撃だが、威力や攻撃範囲がわかってしまえば対応もできる。魔侯軍側に不安要素はない……はずだった。

 大きく空に弧を描いて最初の爆弾が投下されたときも、司令官のホブゴブリンに不安はなかった。大きな爆音が聞こえると、「来るか!」と鋭い目つきをますます険しくさせただけである。

 メネアから投げられる爆弾はひとつだけではなかった。次々と宙を舞って魔侯軍のそばへ投げ込まれていく。中には大きな岩の破片が飛んできて、味方に当たることもあった。多少の被害はあるが、陣形が崩れたりするほどではない。逐一報告を受けながら、司令官に焦りの表情は現れなかった。

 「放って置け。やつらもじきに投げ疲れる。あるいは弾切れになるさ」

 この予測も妥当な判断だ。だが――。もし、彼がもう少し「状況の読み方」に長けていれば、間もなく起こることに対処できただろう。

 本陣の守りについているゴブリンがあたりをキョロキョロしはじめた。聞けば何かが聞こえるという。司令官も耳をそばだててみると、ドロドロドロと地鳴りのような音が爆音に混じって聞こえてくる。それは少しずつ大きくなっている。

 「何だ? 何が聞こえる?」

 見張りのゴブリンが背後を振り返り、大声で騒ぎ始めた。司令官が見張りの指さすほうへ顔を向けると、チリンスの丘から通じている本陣までの道を、多くの馬が駆けている。馬たちは本陣を目指していた。司令官は一瞬、チリンスの丘から増援が現れたのかと考えた。しかし、その馬に乗っているのは魔族ではなく人間だった。

 「何!」

 さすがに司令官のホブゴブリンにも驚愕の表情が浮かんだ。チリンスの丘から敵の援軍が現れるはずがないと思い込んでいたからだ。

 騎馬隊の群れは丘の斜面を難なく駆け登り、瞬く間に本陣へと迫ってきた。本陣の守りはすべてメネア側に集中させていたので、本陣の裏手はがら空きだった。

 「なぜ、こんなことになる!」

 ホブゴブリンは叫んだが、その瞬間にすべてを察した。

……昨夜の爆撃だ! あれは、柵を作るための煙幕だけでなく、騎馬隊を密かに出すためのものでもあったのか。騎馬が駆ける足音をかき消すために派手に爆弾を使いやがったんだ。騎馬隊は煙幕に紛れて裏道へ駆け込み、こちらの背面に回り込んだのだ。あの柵は打って出る準備ではなく、すでに打って出たのを隠すためのものだったんだ! 今の爆撃も、単なる嫌がらせではなく、背後から迫る騎馬の音を消すためのものなのか!

 ホブゴブリンはようやく、戦っている相手が『人間』であることを理解した。人間の知恵が、戦闘力の勝る魔族と互角以上に戦えることを思い知ったのである。だが、それは少し遅すぎた。

 1騎の騎馬がホブゴブリンのかたわらを駆け抜けた。何かが白くきらめくと、ホブゴブリンの首が宙を舞い、魔族たちの足で踏みしだかれた地面の上にどさりと落ちたのだった。

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