知恵の戦い【scene23】
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魔法使いたちが放った炎はたちまち敵の群れを包んだ。ゴブリンやオークたちは盾でそれを防いだ。
「そうさ。遠距離からの炎の魔法は効果が落ちる」
城壁で指揮をしていたザバダックは腕を組んだ姿勢でつぶやいた。
「だから、手の込んだ細工が必要だったんだ」
敵の群れを襲った炎は、がれきの上に置いてあった小ビンも包んだ。瞬間、大音響とともに小ビンが爆発した。近くで小ビンを眺めていたゴブリンは吹き飛んだ。小ビンは爆弾だった。しかもひとつだけではない。あちこちに仕掛けられていたのだ。魔法使いの炎を浴びて、爆弾は次々と爆発を始めた。炎を防いだ魔侯軍も、爆発は防げなかった。次々と吹き飛ばされていく。
すべての爆弾が爆発し、黒煙が晴れるまで少し時間がたった。煙が消えると、そこには呻き声をあげながら倒れている無数の魔族たちの姿があった。手足を失い、ごろごろと転がっているオークの姿も見える。
ザバダックは戦況を確認すると、門の前に立っているディレイノへ視線を下ろした。ディレイノは爆音が聞こえると、ぐっと握りこぶしを作って門に向かって突き出していた。ザバダックの位置からは離れていて見えないが、おそらく会心の笑みを浮かべているのだろう。
作戦会議でザバダックは各隊の隊長たちに向かって説明していた。
「この作戦にはいくつか目的がある。打って出る前にできるだけ敵の数を減らす。現状、打って出るのはやはり危険が大きい。城壁に迫る敵を倒すだけでは少数だし、時間もかかる。それでは敵の援軍、あるいは増援が先に着く可能性が高まる。そうなる前に大軍を城壁の前までおびき寄せて叩いておきたい。そこで、城壁の近くにこの爆弾を仕掛けるんだ。今回は蓋を外して、爆薬をむき出しにしておく。そこに直接、火をつけて爆発させるんだ。それをするのは魔法使いが担う。頼むよ、エリス君」
エリスは軍議のテーブルの末席に座っていた。彼女はひざ元に置いた帽子を握りしめてうなずいた。
「もちろん、爆弾を抱えてのこのこ外に出れば、敵に見つかるし、罠もバレる。まずはこの爆弾の特性を利用して、煙幕を敵の前に張るようにする。黒色爆弾は煙がすごいからね。敵の見張る坂の上に爆弾を落として爆発させる。これは敵を減らすのではなく、目くらましに使うためだ。さらに突撃隊を送り込み、爆発の騒ぎに乗じてこちらが打って出たように見せる。最初の爆弾の意味を悟らせないようにするためだ。そして、突撃隊が前面の敵と渡り合っている間に、爆弾班が外へ出て城壁手前のあちこちに爆弾を仕掛ける。爆薬をむき出しにした爆弾は、開いた口を城壁側に向けて設置する。城壁の上から炎を浴びせて誘爆できるように、やや角度をつけて粘土で固定するんだ。気をつけたいのは、爆弾の設置にあまり時間をかけないことだ。突撃隊はかなり危険な任務だ。坂の下で戦うことになれば、撤退に大きな危険が伴う。すみやかに撤退できるよう、爆弾の設置は1分で終わらせる。突撃隊も1分もてば良い。時間が来れば、たとえ有利に戦えても撤退してもらう。坂の下で戦い続けると、すぐ敵に囲まれて矢の集中攻撃で殲滅されかねないからだ。敵も、こちらが背を向けて逃げ出せば追撃するだろう。突撃隊は敵を引き連れてメネアまで撤退する。追撃してきた敵軍に炎を浴びせて、近くの爆弾を爆発させるんだ。これが、『第二の矢』作戦の全貌だ」
「参謀はいくつか目的があるって、おっしゃいましたが、この『第二の矢』作戦のほかの目的って何ですか?」
ラリーが手を挙げて尋ねた。
「敵には、メネアに近づくことが危険きわまりないと印象づけておきたい。矢で狙撃されるだけでなく爆弾が仕掛けられていると思わせれば、『緑龍』のようにメネアまで忍び込もうと考えはすまい。裏にも罠があるかもしれない。その罠は気づかないうちに、もう設置されているかもしれない。そう思わせれば敵の攻撃は弱まる。包囲を解くことはないだろうが、包囲の網はこちらから遠ざかるはずだ。つまり、打って出るとき、敵に捕捉される危険が下がる」
「心理的な牽制を兼ねているってことですね?」
ケインが言うと、ザバダックはうなずいた。
「いつ仕掛けられたかわからない爆弾で攻撃されるんだ。敵は『メネアには簡単に近づけない。うかつに近寄れば罠にかかる』って警戒して、メネアには近づかんようになるだろう。敵の中には、はったりだと考える者も出るかもしれないが、魔族は『自分が大切』という思考をするものだ。危険を冒して、はったりかどうかを探ろうとはせんだろうな」
「なるほどね」ラリーも納得がいったようだ。
「しかし、そうなると、やはり問題になるのは突撃隊の編制ですね。敵陣に正面から飛び込むわけですから、最初は黒煙の目くらましで奇襲は成功するでしょう。ですが、敵が混乱から立ち直り、すぐ反撃されれば、数で圧倒されている我々はひとたまりもありませんね」
ハリスが冷静な声をあげた。
「それは俺たち4番隊でやろう」
ディレイノが頭の後ろに組んでいた手を下ろして言った。
「敵陣に乗り込んで敵を斬りまくるのが得意なのは4番隊だ。それはアングリアの戦いで証明したぜ」
「4番隊だけではダメだ。数が少なすぎる」
ザバダックが首を振ると、ハミルトン少佐に顔を向けた。
「少佐。現在、我々は共同でメネアの防衛に従事している。王国軍のほうが数も多い。王国軍からも、この4番隊と戦う兵を出してもらえないだろうか」
「と、突撃隊に、ですか!」
少佐は蒼くなって大声をあげたが、すぐに黙り込んだ。少佐には焦りと迷いの感情に苛まれていた。さきほどの軍議で、少佐はリオンから「将軍は助けに来ない」と断言された。その理由に納得してしまってから、少佐の心のうちに何とも言えない重い澱のようなものが溜まっていたのだ。
やがて、少佐は強くうなずいた。「わかりました。我々からも兵を出しましょう」
少佐がザバダックの要請に応えようと思ったのは、王国軍が負っている汚名をそそぎたい気持ちと、今、自分で何か決断しないと、いつまでも王国軍は無責任な存在ではないかと自分自身が疑ってしまうからだった。
「少佐も腹をくくっていただけたようですな」
ザバダックはどこか疲れたような声を出した。実のところ、この作戦のカギを握っていたのは、王国軍が作戦に参加するか否かにかかっていたのだ。『勇者の団』はこれから連戦で敵と戦うことになる。味方の損耗を抑えるだけでなく、次の突撃に備えた準備と休憩の時間を必要としていたのだ。
ザバダックは深く息を吐いた。正直なところ、こちらの都合で王国兵士に危険を背負わせることに抵抗はあった。しかし、この戦いですべてが終わるわけではない。次があるからこそ、彼は冷徹な判断を下さなければならないのだ。味方である王国軍をはめる行動をしてでも。
「ところで、参謀」
デアンドリアが手を挙げて尋ねた。
「この作戦の目的は、敵の数を減らすことと敵を牽制することの2点ですか? ほかにはないのですか?」
「そうだな。この作戦で、これまで動きの鈍かった敵もいろいろと動くようになるだろう。実はな、敵を右往左往させることが最大の目的なのさ」
ザバダックの答えを、デアンドリアはすぐに理解できないようだった。彼は参謀をじっと見つめて、さらに詳しく話すよう無言でうながしていた。ザバダックはいたずらを企む子供のような表情で口を開いた。
「これまであいまいだったことを明らかにするんだ。たとえば……」
ザバダックが放った『第二の矢』の効果は大きかった。ディレイノたちによっておびき出された魔侯軍は千を超えていた。その千を超える敵の3割以上を罠の餌食とし、残りの者たちには手傷と、恐怖という心の傷を負わせて追い払ったのである。一度ならず二度までも要塞付近の罠にしてやられたのだ。さすがの魔侯軍もうかつに近づくことはあるまい。それは敵が気の弱さを見せたときでもある。これで打って出ることができる。それでも危険は高いのではあるが。
ザバダックは戦果を確認すると、その場を離れて城門とは最も離れた城壁の端まで歩いていった。そこにはレトが双眼鏡で外の様子をうかがっていた。頭と胴体に包帯を巻いた姿である。レトは先日の戦いの負傷が癒えたわけではないが、敵の偵察任務ができないほどではなかった。そこで、レトが引き続き敵情偵察の任務についていたのだ。
「レト君」
ザバダックの呼ぶ声が聞こえると、レトは双眼鏡から目を離した。
「どうだ?」
ザバダックは言葉少なに尋ねた。しかし、レトは質問を理解していた。
「4番隊からは12名、王国軍からは38名が帰って来ませんでした。ちょうど50名です。対して、敵側は少なく見積もっても3百を失っています」
レトはそこでひと息入れた。ザバダックはうなずいた。「よく見てるな。それで?」
「現在の敵司令官は、一本角の黒兜を着けたホブゴブリン。敵本陣は坂を下った先にある丘の上です。敵は当初の位置から本陣を動かしていませんでした」
レトの報告に、ザバダックの表情がようやく緩んだ。
「よくやった」
ザバダックはレトの頭に手を置くと、レトの髪をくしゃくしゃさせた。




