人間の戦い方【scene19】
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『緑龍』との戦いの直前――。
司令部の裏で異変を感じるや、レトはすぐに駆け出していた。ザバダックは完全に置いてきぼりにされて、慌てて後を追った。「レト君、待ちたまえ。俺を置いて行くな!」
レトが敵を観察していたのは司令部からさほど離れていなかったので、レトはすぐに現地に到着した。土煙の中から『緑龍』の姿を認めて、レトは立ち止まった。
「リザードマン!」
レトが緊張した面持ちで『緑龍』を見つめていると、そのすぐ横にザバダックが息を切らしながら追いついた。
「はぁ、はぁ。さすがに若さにはかなわんなぁ……。ん……、あれは、リザードマンか!」
「おそらく別格です」
レトのひと言にザバダックがレトの顔を見た。「根拠は?」
「これまで確認したリザードマンは、いずれも茶色の革鎧を身に着けていました。あいつはこれみよがしに上半身をさらけ出して、鎧の類を身に着けていません。そんな状態で単身乗り込んできたのです。よほどの間抜けでなければ……」
「己の強さに絶対的な自信のあるやつか……」
ザバダックは納得したようにうなずいた。
「それなら、うかつに近づけんな。リザードマンはもともと強敵だ。それが上位の者なら大勢でかかれば良いというわけにいくまい」
ふたりが話している間に、リザードマンは戦闘を始めた。レトはリザードマンを相手にしている者を見て叫んだ。
「ガイナスさんが戦っている!」
「知り合いかね?」
「同じ班の仲間です。ガイナスさんは強い方ですが、ひとりで戦わせるわけにいきません」
レトはザバダックに顔を向けた。
「敵の観察がてら作ったものがあります」
レトはそう言うと、腰の革鞄から紐にくくりつけられた茶色の小ビンを取り出した。ビンの口には白い布が詰められており、布のはしがだらりと垂れ下がっていた。
「このビンには火薬が詰められています。布に火をつけて相手にぶつけ、火薬を爆発させようというものです。これをあのリザードマンに使ってみようと思うのです」
ザバダックは小ビンに顔を近づけた。
「器用なことするねぇ。なるほど、小型の爆弾か。しかし、これに火をつけて相手にぶつけても、これを爆発させるのは難しそうだね。まして、相手の近くで爆発させるとなると難度はさらに上がる」
レトは小ビンを見つめ、顔をしかめた。少し考えたようだ。そして、すぐにザバダックに向き直った。
「では、このビンを相手の首に引っかけてみます。参謀はほかの魔法使いと周囲から炎系の魔法をぶつけてもらえませんか。それであれば、敵の近くで爆弾に点火できます」
「おいおい、君は猫の首に鈴をつけるネズミかね? そんな危険なこと、できるわけがないだろう」
「レトも来ていたのか。ガイナスがリザードマンと戦っている。ちょっと助太刀できないぐらい凄まじい戦いだぜ」
ルッチがふたりを見つけて駆け寄ってきた。
「ええ、わかっています。でも、このままガイナスさんひとりに戦わせるわけにいかないでしょう。このままではあのひとが危ないです」
「だよな。そこでだが、俺とふたりで敵の両側から攻めるか?」ルッチが作戦を提案した。
そのとき、周囲からどよめきがあがった。見ると、ガイナスが『緑龍』の一撃を受けて近くの木まで吹っ飛ばされている。ガイナスは木をへし折りながら地面に倒れ込んだ。
「考えている場合じゃありません!」
レトはビンを握りしめながら駆け出した。
「お、おい、レト君!」
ザバダックが声をかけるが、レトはかまわず『緑龍』目がけて走っていく。
「俺の提案はどうする?」ルッチも腰の剣に手をかけて後を追った。
「ああ、もう! やるしかないか!」ザバダックは髪に手を突っ込むと、くしゃくしゃとかき回して大声を出した。
『緑龍』の剣は今にもガイナスを貫こうとしている。レトは大きく跳躍した。小ビンを身体の陰に隠して、『緑龍』の死角から首にひもをかける。同時に剣を振り下ろして『緑龍』の剣を止めたのだった……。
『緑龍』の背中で爆発した爆弾はあたりを黒煙で包んでいる。様子を見ようと目を凝らせば、煙が眼に沁みて開けていられない。誰もがすぐ行動に移すことができなかった。あたりには煙で咳き込みながらも、周囲の無事を確認する者たちの声があちこちから聞こえた。かいつまんで聞こえる内容からは、爆発に巻き込まれてケガをした者はいないようだ。
「小ビンの爆弾だったからな……。あいつには効果がなかったかもしれないな」
ザバダックは立ち上がりながら不安を口にした。魔法使いの炎系魔法の攻撃も「熱い」のひと言だった。あのリザードマンの鎧のようなうろこを過小評価していたかもしれない。
「ちくしょお、ちくしょお……」
弱々しい声が煙の中から聞こえると、のそりと『緑龍』が姿を現わした。リオンに切り落とされた左腕を右手でかばいながら、よろよろとした足取りで歩いている。何人もの兵士を切り刻んだ大剣は地面に横たわっていた。丈夫なうろこで覆われているが、さすがに無傷ですまなかったらしい。頭や肩から血がいく筋にも分かれて流れていた。致命傷は与えられなかったかもしれないが、相当な痛手は与えられたようだ。
「オレを出し抜くマネをしやがってぇええ」
『緑龍』は低く唸るような声で言うと、殺気に満ちた目で正面を睨みつけた。そこにはルッチに抱え上げられたレトの姿があった。レトはまだ意識が戻っていないらしく、ルッチの肩にぐったりと頭をあずけている。
「レトとか言ったな……。お前の名前、憶えたぞ!」
ルッチはレトの頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「喜べ。敵の大将に名前を覚えてもらったぞ」
レトはうっすら目を開けたが、自分の力で立つことができなかった。身体をぐらぐらさせながら、周りの者たちに支えられて立っている。
『緑龍』は続けてリオンの姿を探した。リオンはレトたちとはだいぶ離れた位置で剣を片手に立っていた。
「そして、お前……。さっき見せたのは『瞬歩』だな? だが、あれは人間が使える『瞬歩』と別ものだったぞ。……お前、人間か?」
『緑龍』の最後のひと言に、リオンの表情がわずかに動いた。
「さぁ? 人間じゃなかったら、何になるんだろうな」
リオンは軽く首を振りながら答えた。その様子は落ち着き払ったもので、何の感情もうかがえなかった。とぼけたような答えに、『緑龍』は苦笑いを浮かべた。
「……へっ、会話しづらいやつだぜ……。クソッ。血を流し過ぎた。頭がふらついてきやがる……」
『緑龍』はよろめく身体を扱いかねているようだった。
「おい、やつは弱っている。今だ、とどめを!」
王国軍の兵士から声が上がり、周囲の兵士が槍を『緑龍』に向けて走りはじめた。『緑龍』は戦意を失っていない目で睨んでいるが、落ちている剣を拾い上げる様子もない。『緑龍』の身体がぐらりと傾いた。
空から風を切るような音が聞こえてきたのはそのときである。『緑龍』の周囲に地響きを立てて次々とリザードマンが飛び降りてきたのだ。少なく見ても10匹は超えている。『緑龍』に迫っていた兵士たちは慌てて逃げるように引き返した。
「お待たせしましたぁ、ドラルクさまぁ」
1匹のリザードマンが『緑龍』のすぐかたわらに立って話しかけた。しかし、『緑龍』が立っているのもやっとの状態に気づくと、自分の頭をぽりぽりとかいた。
「おやぁ、ドラルク様。ずいぶんやられちゃってるじゃないですか。いつもの元気もないみたいですよ」
そのリザードマンは周囲を見渡し、槍を構えている王国兵士や、剣を構えている『勇者の団』の団員たちを順に眺めた。それだけでだいたいの状況は察したようだ。
「おい、お前」
リザードマンはもっとも大きな身体つきの仲間に声をかけた。
「お前、ドラルク様を担げ。俺はドラルク様の腕を拾う」
「どうするんだ?」
仲間が尋ねると、リザードマンは肩をすくめた。
「ドラルク様がこんなのじゃ、することはひとつでしょ……。撤収!」
リザードマンは叫ぶと、土煙をあげて身を躍らせた。自分を攻めてきたと思った兵士が向きを変えて逃げ出した。しかし、リザードマンは兵士の足元に落ちていた『緑龍』の腕を拾いあげると、身体の向きを変えて走り出した。仲間たちも『緑龍』を担いで走りはじめる。彼らは取り囲んでいる王国兵士を蹴散らしながら司令部の裏手から表へ向かって走った。動揺していたこともあるが、リザードマンたちの突破力は王国兵士たちを軽くなぎ倒せるほどのものだった。リザードマンたちは容易く表へと走り去った。
「逃げるぞ!」
ルッチが叫んだ。慌てて後を追おうとしたが、混乱状態に陥った王国兵士に阻まれて先へ進めない。一方、リオンは静かな表情で騒ぎを見つめていた。剣はすでに腰の鞘に納めている。リオンは後を追おうという考えもないようだった。
リザードマンたちはまっすぐ城壁に向かって走り続け、そのままメネアの外へと飛び出した。城壁で見張りをしていた者が慌てて矢を放ったり、魔法で攻撃したりしたが、どれも仕留めるほどの効果をあげられなかった。ルッチがようやく城壁にたどり着くと、リザードマンたちは坂の向こう側へ姿を消そうとしているところだった。
「もう、あんなところまで……。なんて足の早さだ!」
ルッチは悔しそうな声をあげた。敵の侵入を許したあげく、その敵を取り逃がしてしまったのだ。ルッチの周囲にいる者たちも同じ気持ちらしい。ある者は拳をあげてののしっていた。
「このままあいつらを行かせていいのか? 後を追わなくていいのか!」
ルッチは後ろを振り返ると大声で叫んだ。
「後を追うほうが危険だ。今は正面を固めるだけで良い」
ひとごみをかき分けてザバダックが進み出てきた。ルッチの隣に立つと、手をかざして遠くの敵の様子をうかがう。
「まぁ、見事な逃げっぷりだな。大将を救い出し、逃げに徹するなんて、リザードマンは案外知性的じゃないか」
「敵を褒めてどうするんです」ルッチはぶすっとした口調で言った。
「助かった、と言ってるのさ。もし、あいつらが踏みとどまって戦うことを選んでいたら、こちらは蹴られたぐらいじゃすまなかった」
ザバダックはちらりと後ろに視線を向けた。ひとごみで後ろの様子は見えないが、リザードマンたちに弾き飛ばされた者たちに深刻なケガを負った者はいないようだ。騒ぎ声のなかに、救護班を呼ぶような切迫した声が聞こえないからだ。
「今回は痛み分けってところだな。こちらのほうが被害は大きいがな」
ザバダックはポンとルッチの肩を叩くと、司令部に向かって歩き始めた。周囲の者は左右に分かれてザバダックのために道を開ける。ルッチは小さくなるザバダックの背中をぼんやりと見送った。ザバダックの姿が見えなくなると、ルッチは我に返った。
「そうだ、レトは? ガイナスは?」
ルッチはひとごみの中へ飛び込むと、司令部の裏手に向かって走り出した。




