勇者、戦線に復帰する【scene18】
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「リ、リオンだ……」
「団長……」
周囲から口々に声が漏れる。勇者の突然の登場に、みんな驚きを隠せない様子だ。リオンがどこから現れたのか、見上げて確認しようとした者からは、「あ、あんなところから飛び降りたのか?」という声が聞こえた。その言葉でガイナスは思わず上を見上げた。見上げた先には司令部の裏窓が見えた。3メルテ以上の高さはある。ほかに開口部が見当たらないから、そこから飛び降りたのは間違いないだろう。裏窓には杖を構えたエリスと、弓を構えたメリーの姿が見える。ふたりとも飛び降りたリオンを心配そうに見つめていた。
……あの高さから飛び降りたっていうのなら、確かに大したものね。
ガイナスは身体能力では誰にも負けない自負があったが、リオンの能力を認めざるをえなかった。しかし、同時にガイナスは釈然としないものをリオンに感じていた。
……司令部にいたってことは、ここの様子はおそらく最初から確認できたはずよね。でも、すぐ今みたいに現れなかった。つまり様子を見ていた……。そういうことよね。
ガイナスは『緑龍』と対峙している勇者を見つめた。
……未知の敵に対して後先考えずに飛び出さないで、弱点やクセを見極めようとするのは正しいことだわ。冒険者として合格の対応よね。でも、彼はそのためにアタシやレトちゃんを危機に陥らせた。さっき、レトちゃんが空中に蹴り上げられたときは、ほぼ間違いなく殺されていたわ。幸い、不意に現れた勇者に気を取られて、レトちゃんは助かったけど、あのまま剣で真っ二つにされてもおかしくはなかった。彼が姿を見せても『緑龍』はかまわず剣を振ったかもしれない。レトちゃんが助かったのは運が良かっただけで、彼の登場によるものじゃないわ……。
ガイナスは両目を鋭く細めた。
……アナタ、何を考えているの? 味方を犠牲にして勝負を有利に進めるつもりだったの?
リオンはすらりと長い剣を抜き放った。それだけでも一幅の絵になりそうな、美しい立ち姿だった。
「ほう、お前がリオンってガキか」
『緑龍』は嬉しそうに舌なめずりした。
「聞いたぜぇ。『黒狼』を殺ったんだってな。なに、かたき討ちに来たわけじゃねぇよ。ただ、あいつを殺せるほどのやつを見てみたいと思ったのさ」
「リオンだ。お前の名前を聞いておこうか。名無しで墓に入れられるのは面白くないだろう」
『緑龍』は腰に両手を当て、天に向かって大笑いした。
「はははははは! お前、面白いことを言うじゃないか。俺の名はドラルクだ。もっとも、周りじゃ『緑龍』の字のほうで知られているがな。おっと、墓のことは気にしないでかまわないぜ。名乗ったのは、お前さんがくたばるとき、誰にやられたか知りたいと思うだろうからな。それで教えてやったのさ」
リオンの表情に変化はなかった。静かな表情でじっと『緑龍』を見つめている。怒りも侮蔑もない。まさに無の表情だった。
「墓のことはウソだ。お前を殺しても墓に入れてやるつもりはなかった。だまして悪かったな」
「ああ、気にするこたぁねぇよ。こっちもハナから信じちゃいなかったからよ」
『緑龍』は寛容に手をひらひら振ってみせるや、勢いよく剣を突き出した。リオンは相手の剣を横目で見ながらかわすと、今度は自分の剣を横一線に振りぬいた。
「ぬう!」『緑龍』から思わず声が漏れた。『緑龍』の胸に赤い筋が横向きに描かれ、そこから血があふれ出してきた。
「こいつ、いきなり当ててきやがった!」
『緑龍』は空いている手で胸を押さえると、勢いよく後ろへ飛び下がった。
――やはり……!
ガイナスは確信した。『緑龍』の隙をついた一撃に、リオンが『緑龍』を観察していたことを。『緑龍』の突きの攻撃にはやや大きい隙ができるのだった。ただ、そこを突いて攻撃できるかどうかは別の問題ではあるが。
リオンの鮮やかな剣の腕前に『緑龍』は一瞬たじろいだようだが、すぐ体勢を整えると嬉しそうに舌なめずりした。
「いいねぇ、いいねぇ! オレはこういうやつと殺り合いたかったんだ!」
パンパンと自分の拳をもう片方の手に打ちつけながら大声を出す。リオンは『緑龍』の顔を見ながら少し顔をしかめた。
「思っていたより硬い身体だな。リザードマンは内側が柔らかいのじゃないのか?」
「ああ、そうだな。オレの仲間はたいていそうさ。だがな、オレは特別なんだよ。そうじゃなきゃ、『緑龍隊』の頭なんて張れないぜ」
「そうか。お前がリーダーか。じゃあ、話しが早いな。お前を討ち取ったら、この戦いは俺たちの勝ちだな」
リオンの言葉に、『緑龍』は目を閉じてウンウンとうなずいた。
「ああ、確かに話が早いな。オレを殺れたら、お前たちの勝ちさ……。だが……」
『緑龍』はここでカッと目を見開き、リオンに刺すような視線を向けた。おそらく、戦いの素人でも、『緑龍』の瞳に強い殺気を帯びているのがわかっただろう。周辺にいる者は一様に戦慄した。
「オレが殺られるなんてことはないがなぁ!」
『緑龍』は大きく地面を蹴ると、まっすぐリオンに向かっていった。誰かが「速い!」とつぶやくほどの速さだった。
リオンはすっと剣を引くと、体勢を低く構えた。その間に『緑龍』は目前にまで迫っている。『緑龍』は勢いよく剣を振り下ろした。剣先は正確にリオンの頭上を狙っている。しかし、その剣先がリオンに触れるか触れないかにリオンの姿が掻き消えた。さすがの『緑龍』も面喰って、動きが止まってしまった。
「き、消えただと?」
ザッと土を踏む音に『緑龍』は気づいた。すばやく視線を横に向けると、自分の真横にリオンが剣を後ろに引いて構えていた。『緑龍』は何かを言おうと口を開きかけたようだった。
リオンの剣が一閃した。
「うぎゃああああああ!」
『緑龍』の悲鳴とともに、『緑龍』の左腕が宙を舞った。『緑龍』はリオンから距離を取るべく大きく後ずさった。リオンは剣で『緑龍』を指すと叫んだ。
「参謀、今だ!」
『緑龍』が痛みをこらえながら薄目を開けると、リオンを囲むように杖を持った男女が集まっていた。彼らは一斉に杖を『緑龍』に差し向ける。
「『火炎剛球』!」
彼らの杖から炎が立ち昇り、それらは炎の濁流となって『緑龍』に襲いかかった。「緑龍』は炎に飲み込まれて再び悲鳴をあげた。
「熱ィイイ! チクショー!」
剣を持った腕を振り回しながら炎を払いのけている。
「やはり、この程度では死なないか」
魔法使いたちをかき分け、ザバダックが進み出ながらつぶやいた。「だが、こちらの狙い通りに運んだ」
イライラしたように炎を振り払った『緑龍』は、素の表情に戻って鼻を蠢かせた。
「何だ。この臭いは?」
首を巡らせると、自分の背中に何かがぶら下がっていることに気がついた。それは首からひもでぶら下がっていた。ひもは茶色の小さいビンの首に括りつけられている。ビンの口には白い布で蓋をされていたが、その布の端に火がついていた。臭いは、その布が焦げるものだった。
「な、何? これをいつの間に?」
『緑龍』は驚きの声でつぶやいたが、すぐに気がついたようにあたりを見渡した。
「お前か! 最初にオレに打ちかかったとき、同時にオレの首にこれを引っかけたのか!」
『緑龍』の視線の先にはまだ横たわっているレトの姿があった。レトはまだ気を失っている。ルッチが慌ててレトのそばに駆け寄った。レトの腕を取ると、遠くまで引き離そうと引きずっていく。
『緑龍』の背中からはシューと、これまでとは違う音が聞こえてきた。『緑龍』の表情に、初めて恐怖の色が浮かんだ。
『緑龍』が急いで首にかけられたひもを引きちぎろうと、ひもに手をかけた瞬間だった。
閃光とともに『緑龍』の背中から大きな爆発音が轟いた。『緑龍』は一瞬で黒煙に包まれた。『緑龍』を取り囲んでいた者たちは急いで身を伏せて爆風から身を守った。
ザバダックは片手で頭をかばいながら身を伏せた。いまだ晴れない黒煙の奥を、少し咳き込みながらつぶやいた。
「今度こそ、やったか?」




