『勇者の団』vs『緑龍』【scene17】
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『緑龍』ドラルクは次第に広がる血だまりを踏みしめながら、あたりをねめ回すように見渡していた。
「聞きてぇんだがよ。ここに『黒狼』を殺ったやつがいるんだろ? ちょっと出てきてくれねぇかな。俺はそいつに会いに来たんだ」
『緑龍』の視線はガイナスにぶつかると止まった。ガイナスは再び「ちっ」と舌打ちした。
「んんんんん?」
『緑龍』はあごに手を当てながら、ガイナスを細目で見つめている。やがて、鼻をひくつかせると、「ああ」と気づいたような声をあげた。
「なぁんだ、オカマの大将じゃねぇか。こんなところで何をしてるんだ?」
「……あなたにオカマの大将なんて言われたくはないわね」
ガイナスはさらに進み出て『緑龍』を睨みつけた。
「生きてたようだな、何よりだぜ。すると、あれか。あの『黒狼』を殺ったのはお前か?」
『緑龍』はまるで友人を見つけたかのように気さくに話しかけている。一方、ガイナスはしかめ面のままだ。
「……あいにくと、『黒狼』を討ち取ったのはアタシじゃないわ。『黒狼』はリオンという勇者の血を引く覚醒者の手で討ち取られたのよ」
「勇者? 覚醒者?」
『緑龍』はあごに手をかけたまま首をひねった。ガイナスは仕方がないというようにため息をつく。
「……あんたたちにはバルバトス王を殺した男の子孫って言いかたのほうが伝わるのかしら? その子孫がバルバトス王を殺した同じ技で『黒狼』を葬ったのよ」
「ほう、そんなやつがここにいるのか!」
『緑龍』は目を輝かせた。
「そいつはどこだ? 早く姿を見せろ! 俺と戦わせろ!」
ガイナスはすばやく左右に目をやった。
「……こちらもあいにくだわね。まだ、姿を見せていないわ」
……この騒ぎに気づいていない? それとも……。
勇者の団の主だった者の姿が見えないことに、ガイナスは奇妙な違和感を抱いた。司令部の裏とは言え、『緑龍』が飛び降りた音は大音響で、司令部の中にも届いたはずである。幹部のひとりも様子を見に来ないということがあるのだろうか?
「つまんねぇな。せっかく無理してやって来たっていうのによ」
『緑龍』は大剣を両手でお手玉をするようにもてあそびながら、ガイナスに向かって歩き始めた。ガイナスはすばやく大剣を抜きだして構える。
「じゃあ、そのリオンってのが来るまで相手しろよ!」
言うが早いか、『緑龍』は剣を振り上げて飛びかかった。ガイナスは口の端をゆがめた。
「……やっぱり、こうなるわね!」
ふたりの剣が激しい音を立ててぶつかり合う。『緑龍』の剣が横に跳ねると、すぐかたわらにいた兵士の顔に直撃した。兵士は顔半分を斬り飛ばされて倒れた。
「みんな、離れろ! 巻き込まれるぞ!」
誰かの声が響き、周囲は慌ててガイナスから離れていく。
「気に入らないけど、いい判断ね」ガイナスは口の端を舐めながらつぶやいた。
『緑龍』は残酷な笑みを浮かべて、次から次へと剣を打ち込んでいく。一撃一撃が必殺の、重い攻撃のはずだ。ガイナスはそんな危険な一撃を紙一重でかわし、『緑龍』の首を狙った必殺の攻撃を打ち続ける。
「……あいつ、すげぇじゃねぇか」周囲から驚きの声が漏れる。ガイナスの助太刀に入るべきだが、『緑龍』の竜巻のような攻撃に誰も近づくことができなかった。彼らはただ、ふたりの攻防にまるで観客のように見守るしかなかったのだ。先ほど漏れた声も観客的な立場での、やや無責任な発言だと言える。
「おいおい、もうちょっと頑張らないか? お前の本気はこんなもんじゃないだろ?」
『緑龍』は攻撃の手を緩めることなくガイナスに話しかけている。
「ちょっと黙ってくれる? 気が散るのよ!」
ガイナスは苛立った声をあげて、『緑龍』の攻撃を跳ね返した。
……まずいわね。力が出し切れないから、こちらが不利だわ。このバカは本気でアタシを殺すつもりだし、面倒だわね……。
ふたりの戦いは一方的でないにしても、ガイナスが圧倒的に不利だった。『緑龍』の一撃ごとに身体が少しずつ後ろへ押されている。竜巻のような剣の動きをすべて防いでいるわけでもなく、ガイナスの腕や胸には細かな切り傷が現れ、それらから血が滲んでいた。
ガイナスの腕から新たな傷が生まれ、そこから血しぶきがあがった。たまらず、ガイナスの口から「くっ」と呻き声があがる。
それを隙とばかりに、ぶんと木の幹のような太い脚がガイナスの腹に蹴り込まれた。ガイナスは後ろへ弾き飛ばされ、背後の細い木にぶつかった。ガイナスは木をへし折りながら地面に倒れ込んだ。周囲からどよめきの声が上がる。
……まずったわ!
ガイナスは歯を食いしばった。急いで立ち上がろうとしたが、木の枝が邪魔をしてすぐに立ち上がれない。『緑龍』は剣を槍のように構え、ガイナスに突きかかっていった。
ガァアアンと大きな音が響くと、『緑龍』の剣が地面に突き刺さった。『緑龍』のかたわらから何者かが剣を打ち下ろし、『緑龍』の剣を地面に叩きこんだのだ。
「何だぁ?」『緑龍』はとどめを邪魔した相手に目を向けた。
「……レトちゃん……」ガイナスはあえぎながらつぶやいた。
「間に合って良かったです」
レトも息を切らせた様子だった。レトの背後にはルッチも剣を抜いて、すぐに飛びかかる構えを取っている。
「ガイナス、よく耐えたな。次は俺たちが相手になるぜ!」ルッチが力強く叫んだ。
「頼もしいこと言ってくれるじゃない。……でも、アナタじゃ無理よ」とガイナス。
「即座に無理宣言かよ!」ルッチが怒鳴った。
ガイナスはレトにも目を向ける。
「アナタもよ。こいつはアナタひとりの力で倒せるものじゃないの」
『緑龍』は小柄なレトの姿をまじまじと見つめていたが、レトを指さしてガイナスに尋ねた。「リオン?」
ガイナスは首を振る。「さっきからレトちゃんって呼んでるじゃない、アタシ」
「なら、邪魔なだけだな!」
『緑龍』は剣でレトをなぎ払った。レトは素早く身をかがめると、『緑龍』の剣はレトの頭上をかすめ飛んだ。
「うわっ、あっぶね!」ルッチが思わず叫んで後ろへ飛び下がった。
レトはそのまま『緑龍』のふところに飛び込むと、まっすぐに剣を突き出した。レトの剣は『緑龍』の腹を突き刺した。『緑龍』の腹から血が噴き出す。
「いってぇ! このチビ!」
『緑龍』は剣を持っていない手でレトを殴りつけた。レトは盾を斜めに構えて『緑龍』の一撃をかわした。
「え?」
ガイナスは目を見張った。
レトはその場で両足を踏ん張ると、突き刺した剣を横向きに振りぬいた。『緑龍』の腹の傷口が大きく開いていく。『緑龍』の顔が苦痛でゆがんだ。
「バカ野郎! 本当に痛ぇじゃねぇか! 俺の腹に傷をつけやがってぇえええ!」
『緑龍』はめちゃめちゃに両腕を振り回した。レトはすばやく後ろへ飛びのいた。その間にルッチはチェンとノギスとともに、ガイナスを木の残骸から引っ張り出した。そのまま『緑龍』から距離を取る。
「今だ! 撃て!」ルッチが叫ぶと、ヒュンッと風を切る音とともに、クロスボウの矢が一直線に『緑龍』に向かった。『緑龍』は剣を盾にして矢を弾いた。
「クソ! 今度は何だ!」『緑龍』が睨んだ先には、細いが背の高い木が立っていた。その枝のひとつからハイデラが矢を放ったのだ。
「こんな戦い、面白くねぇぞ、コラァ! ぶっ殺すぞ、てめぇら!」
『緑龍』は地団駄踏みながらわめき散らす。
「どうせ、皆殺しにするくせに……」ガイナスが顔をしかめたままつぶやいた。
「ガイナスさん。傷、痛みますか?」
傷口に布を当てながらチェンが尋ねた。布はみるみる赤く染まっていく。
「ちょっとね……。でも、大丈夫よ。これぐらいの傷は『日常』だもの」
ガイナスはようやく身体を起こしながらつぶやいた。
「それより、あの子にまともに戦っちゃダメと言わなきゃ。あいつは『緑龍』なのよ」
しかし、立ちあがりかけたガイナスは前へ進み出ることをしなかった。レトは『緑龍』を前にして一歩も引かずに剣を振っていた。その姿を見て、思わず立ち止まったのである。
……あの子が戦っている。この間は敵を殺して、そのことで震えていたのに。殺すことにまだ『慣れて』いないはず。どうして……?
ガイナスは疑問を抱きながらレトの表情を見つめた。レトは歯を食いしばって、正面の『緑龍』のみに集中している。
……アタシを守るため? そう言えば、最初に敵を斬ったのはルッチちゃんを守るためだった。あの子は殺すことをためらうのに、味方の危機には危険を顧みずに飛び出すんだわ……。あの子の慎重な性格だったら、力量がわからない『緑龍』に挑むなんてことしないはず。
ガイナスはすぐにでも加勢に向かおうと一歩踏み出したが、「クッ」と呻き声をあげてうずくまった。
……アタシとしたことが……、左肩を脱臼したみたいね。
レトの様子を見ると、レトは左腕の盾で『緑龍』の攻撃を何度も受け流している。
……受け流し? もちろん、あんなちゃちな盾ではアイツの攻撃は受け止められない。でも、受け流すには盾を斜めにそらさなければならない。下手すりゃ腕ごと持っていかれる。よく、あんな無茶ができるものだわ。
レトの戦いぶりにガイナスはつい分析を始めていた。
……違う。レトちゃんはあえて敵の近距離からの攻撃に徹しているんだわ。あれだけ間合いが狭いと『緑龍』の力も発揮できない。窮屈で攻撃も出しづらい。自慢の剣速も鈍ってしまっている。あの子はそれを見越して危険地帯に踏み込んでいるのかしら? だとしたら、あの子は別の意味で天才だわ……
ガイナスの目が光った。
……戦術の天才。ほかの才能にはまるで恵まれていない、不遇が決まっている天才……。
「ああ、もう、面倒くせぇ!」
思い通りに戦うことができないことに、『緑龍』はいら立ちを隠さなかった。わめきながら両腕を振り回している。レトは剣の攻撃は盾で受け流しつつも、左腕の攻撃は頭を下げてよけた。
……あれがよけられるんだから、ホント大したもんだわ。
ガイナスは素直に感心した。
「こんのおおおおお!」
『緑龍』はぐっと踏ん張ると、太い脚でレトを蹴りあげた。上からの攻撃に目が慣れ過ぎているだけでなく、間合いを詰めているレトに、それをよける余裕がなかった。「ぐう!」呻き声に近い声とともに、レトの身体が空中に浮いた。
「レトちゃん!」ガイナスは思わず叫んだ。
意識がもうろうとなりながらも、レトは状況を理解した。
……空中では身体の向きを変えられない。このままでは敵の剣がよけられない……。
『緑龍』はすでに剣を後ろに引いて、振りぬく体勢に入っていた。間合いに入れば一瞬でレトの身体は両断されるだろう。この光景を見ている誰もがレトの死を確信した。
「ぬう?」
『緑龍』はレトから目を離すと、首を右に曲げた。レトはそのまま地上に落下して動かなくなった。
周囲の者もつられるように、『緑龍』が視線を向けた方角に注目した。そして、全員が息をのんだ。
黄金のような髪をなびかせて、リオンが地上に舞い降りていた。白銀の鎧が陽の光を受け、それはまばゆく輝いた。




