『緑龍』ドラルク【scene16】
16
「ガイナスさんは、これまでどんなリザードマンと戦ったのですか?」
昼休みに入り、8番隊のカイル班は軽い昼食をとっていた。そのとき、配給されたパンにかぶりつきながらチェンがガイナスに尋ねていたのだ。ガイナスはパンを一瞬で平らげると、することがなくなったと横になっているところだった。ガイナスは細い目を開けて、眠そうな表情でチェンを見つめた。
「どんなって?」
「そうですねぇ。どういう強さのものと戦ったのかとか、どれほどの強さだったのかとかいう話です。同じ班とは言え、将来の商売敵に教えたくはないですか?」
「そんなことはないわよ」
ガイナスはゆっくりと身体を起こした。ぼりぼりと頭をかきながら大きなあくびをする。
「……そうねぇ。頑丈さとかの基本的な話はこの間話した通りよ。あなたが知りたいのは、そういう話じゃないということよね」
チェンはうなずいた。
「僕たちはリザードマンと戦った経験がありません。彼らの生息地に足を踏み入れてこなかったからです。僕たちはゴブリンやオークとは戦った経験が豊富だと自負していますが、リザードマンはまったくです。もちろん、この間レト君が聞いていた対リザードマンの正面戦法は聞いていますが、あの話ってすべてのリザードマンに通じる話じゃないでしょ? おそらく、まともに正面で戦うことそのものが死に直結する相手だっているはずです。ご存知なのでしょ? リザードマンの中にも『黒狼』並みの敵がいるって」
「その言いかただと、あなたも知っているんじゃないの?」
ガイナスはそう言うと少し口をつぐんだが、チェンは無言でガイナスを見つめ返している。それを見てガイナスはため息をついた。
「やれやれね……。たしかに、これまで戦ったリザードマンの中に、まるでけた違いの化け物がいたわよ。『黒狼』と同じように『字』を持っているわね。ちなみに、そいつの字は『緑龍』。『黒狼』並みの化け物よ」
「……ガイナスさんは、そいつとも戦ったんですよね……?」
「戦ったと言えば戦ったけど、やつもアタシも生きているから、結果は話すまでもないわよね。アタシも頑丈だけど、あっちはさらに上よね。こいつでいくら斬りつけても、やつの肉を断つまではできなかったわ」
ガイナスは自分の大剣をスラリと抜いて、ごつい刀身に陽の光を当ててみせた。大剣は陽の光をまぶしく反射する。
「やつもこれと同じ大剣を振り回すわ。人間の胴体なんて、野菜を斬るみたいに簡単に両断できる。とにかく剣速が速いのよ。そのせいもあって、一度の戦いで何十人も斬り殺すことができるわ。その大剣1本でね。血脂がこびりついて固まる時間もないぐらいの速さよ。やつはそれを自慢するみたいに、片っ端から人間をバラバラにしてみせるの。バラバラ趣味よね、あれは」
ガイナスは、さも軽蔑しきっているように吐き捨てるが、内容の壮絶さに、チェンは言葉がなかった。
「今回、ここにリザードマンが来てるってことは、そいつも来てませんかね?」
チェンは不安そうにつぶやいた。
「さぁ? あいつは自分で『緑龍隊』なるものを組織して、勝手に好き放題やってるわ。そんなやつが魔侯の傘下で戦ったりするかしら? ミュルクヴィズの森で鉢合わせする可能性はあるけど、ここで出くわすなんてないと思うわ」
「そうですか……」
チェンはやっと安心したようなため息をついた。どうも、『緑龍』が現れることを危惧していたらしい。
「まぁ、魔侯アルタイルも一筋縄でいかない相手だから、絶対とは言えないわね。それに、さっきの意見はアタシの願望も入っているわ。アタシ、あんなバラバラ趣味の男と付き合う趣味はないの」
「そんな趣味のあるやつなんていませんよ」
チェンは苦笑いを浮かべ、話を聞かせてくれた礼としてガイナスに水筒を手渡そうとした。
地面が揺れるほどの大音響が、メネア中に轟き渡ったのはそのときである。
「な、なんだ!」
ガイナスと同じように横になって休んでいたカイルが飛び起きた。ペックもツヴァイハンダーを手にして立ち上がった。
「司令部の裏手だ!」
「崖から何か落ちてきたのか?」
その場に居た8番隊は全員武器を手に、司令部の裏手へ急いだ。
司令部の裏は崖に面していた。かなり急峻な崖で、ほぼ垂直と言ってよかった。雨の少ない土地柄もあって、植物の姿はあまりないが、それでも何本かの木がまばらに生えていた。
そのなかで、おそらく一番太くて大きい木であったと思われるものが、地面に横たわっていた。あたり一面に枝葉が散らばり、粉々に砕けたと思われる幹の破片がそれらに加わっていた。その場に集まった者たちは息を呑んだ。
立ち昇る砂ぼこりの中から、ゆっくりと立ち上がる影が見えた。頭部は人間のような縦型ではない。横に伸びた何か動物を思わせるものだ。その影は砂ぼこりを手で払いのけると、取り囲んでいる王国軍や勇者の団員たちの前に姿を現わした。
「やっと着いた。やれやれだぜ」
大きなひとり言を言いながら現れたのは1匹のリザードマンだった。2メルテを超える巨体に、濃緑のうろこに全身が覆われている。うろこで見えなくとも太い筋肉は隠しようがなく、全身がごつい筋肉で固められていることは容易に想像できた。周囲の者たちはいっせいに武器を構えた。
当のリザードマンは周囲の様子を一向に気にする様子を見せず、ぐるりと崖の上を見上げて大声をあげ始めた。
「おおい、お前ら! 俺が飛び降りたら、続いてお前らも飛び降りろって言っただろ! 何で降りてこないんだぁ!」
声の調子には怒っている様子はない。ただ、大声で呼びかけているようだ。リザードマンの大声につられて、周りの者も崖の上を見上げると、「あ、あそこにいる!」という声が聞こえてきた。メネア背後にそびえ立つ崖は百メルテを超えるほどの高さで、ここから落ちて無事に済む者などいるはずがないだろう。崖の頂上は鋭利な刃物のような形状で、軍隊がメネアの背後に回り込むのを不可能にしていた。このリザードマンはその崖の頂上から飛び降りてきたのである。
「だって、ドラルクさまぁー」
崖の頂上から小さな頭がいくつかのぞいている。声はそのひとつかららしい。緊迫感のない、どこかのんびりした調子だ。
「飛び降りるのにちょうど良さそうな木は、今さっき、ドラルク様がつぶしちゃいましたぁ。残りの木は、あまりにチンケで緩衝の役に立ちそうにないですよ。地面に激突したら、さすがに俺たちだって死んじゃいますぅ」
間延びした声は崖下のリザードマンにそう応えていた。理由を返されたリザードマンは「ん? ん?」と言いながらあたりを見渡した。そして、周囲の木が思っている以上に華奢であると認めると、「そうか。ごめーん」と大声で詫びた。
「で、どうするんですぅ、俺たちぃ。ドラルクさまぁ」
崖上の者は指示を要請してきた。ドラルクと呼ばれたリザードマンは、両手を拡声器のように筒状にして指示を出した。
「お前ら、崖を降りがてら、ここまで飛び降りられる場所を探してこい。いつまでもリーダーひとりに戦わせるなよぉ」
「ドラルクですって?」
ガイナスは崖上の声を聞いて反応した。顔つきが険しいものになる。ガイナスは人込みをかき分け、侵入者が見える位置まで進み出た。ドラルクと呼ばれたリザードマンはまだ崖の上を見上げて何か指示を出している。その横顔を見て、ガイナスは「ちっ」と舌打ちをした。
ガイナスが進み出る間に、リザードマンを取り囲んでいる者の中から武器を手に近づく者がいた。王国軍の兵士たちである。彼らは槍を構えて、じりじりと距離を詰めていた。
「バカ、不用心に近づいたら……」
ガイナスは思わず小声でつぶやいた。
リザードマンの反応は早かった。兵士たちが槍を突き出そうと槍を引いた瞬間、背中に背負っていた大剣を抜き放つや、ぐるぐると振り回したのだ。一瞬、何が起きたのか誰もわからなかった。ごく一部の者をのぞいて。
兵士たちが突き出そうとした槍はいくつもの破片に分かれ、兵士たち自身は首を失った肉体となって地面に崩れ落ちた。
リザードマンは振り回した大剣で自分の肩をトントンと叩いた。
「おいおい、まるで手ごたえがねぇじゃんか。本当に『黒狼』を討ち取ったのか、これで?」
緊迫感のない声の調子は相変わらずで、さらに呆れているような響きが含まれていた。
「ガ、ガイナスさん。あ、あれは……」
ガイナスに続いて人込みをかき分けてきたチェンが惨状を目の当たりにして声を震わせた。ガイナスはチェンの横顔をちらりと見ると、再び正面のリザードマンに視線を戻した。
「まったく。変なうわさ話はするもんじゃないわね……。そうよ。目の前にいるのが、噂の化け物、『緑龍』よ……」
ガイナスの額から一筋の汗が流れ落ちてきた。




