メネアの戦い(その2)【scene12】
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爆音と地響きは思った以上に大きかった。エリスたちは耳をふさいでいたが、それでもすぐに立ち上がることができなかった。爆風が黒煙とともに頭上を激しく吹き抜けていたからである。頭上からは細かな石などがばらばらと降ってくる。城壁の陰にいたが、黒煙は彼女が伏せているところも覆ってきた。苦い煙を吸って、彼女は激しく咳き込んだ。
それでも、エリスは歯を食いしばって立ち上がると、黒煙で見えない壁の向こう側へ手を伸ばした。打ち合わせで、爆発があった後に狙うよう指示があった方向だ。
「雷閃飛矢!」
すばやく呪文を唱えると、彼女の手から激しい稲光とともに雷の矢がいくつも生まれ、轟音とともに黒煙を切り裂きながら飛んでいった。周囲の魔法使いも彼女に遅れまいと立ち上がり、めいめいの魔法を唱え始めた。エリスの雷撃の矢に続き、炎や氷の矢が黒煙の彼方へ打ち込まれた。
――遠距離からの魔法攻撃は反撃されにくいが、命中精度が落ちる。相手にも来るのがわかるからね。先に避けられてしまう。そこで、黒色火薬の特性を利用して、爆発と同時に上がる黒煙を煙幕にするんだ。煙幕が晴れないうちに魔法を放って、メネア手前の急こう配を登ろうとする魔侯軍に浴びせてやるんだ。そうすれば、城壁前に集中する敵だけでなく、メネアに突撃する大勢の敵にも大打撃を与えられる。初手で敵に大損害を与えられるんだ。この作戦の成否は、魔法使いの力にかかっている。射手? 弓は期待できない。爆発後に起こる爆風や突風で弓が役に立たなくなるんだ……。
参謀の説明は、エリスにはわかりやすかった。これなら、自分はできる。やってのける。そして、リオンに認めてもらえる。エリスは深くうなずくと、各隊から魔法使いを集めるために動き出した。人数をそろえると、配置につく城壁に集まり、作戦開始後にどの位置、どの角度から魔法を放つか確認を行なった。準備段階では第一城壁がそびえ立っているために、壁を狙うことになる。しかし、その壁が爆発で失われれば、敵が押し寄せるはずの坂道にまっすぐ魔法を喰らわせることができる。
黒煙はなかなか晴れなかった。しかし、この煙こそが自分の助けになる。エリスはそう信じて、雷の矢を放ち続けた。爽やかな風が頬を撫でながら吹き抜けていく。気がつけば黒煙は透明に近い白い煙となり、ぼんやりと向こうの景色が見えるようになっていた。
爆発は、第一城壁を完全に破壊した。吹き飛ばされた城壁のかけらは、巨大な岩の砲弾となって、メネア手前の坂に密集した魔侯軍に直撃していた。数え切れないほどの岩が坂道に喰い込み、多くのゴブリンやオークたちを押しつぶしていた。岩に押しつぶされているものには、何匹かのリザードマンも含まれていた。さすがに頑丈さで知られるだけあって、何匹かのリザードマンはまだ息があった。彼らは岩の下で唸り声や呻き声をあげていたのだ。もっとも、すべてのゴブリンやオークが即死したわけではないので、岩陰からはほかの魔族の呻き声も漏れ聞こえる。岩の直撃をまぬがれたものは、エリスたちの魔法にやられて岩の上で倒れていた。メネア手前の上り坂は、一瞬で岩と身動きできない魔族たちで埋め尽くされたのである。
「やった……」
エリスは戦果を確認して、思わずつぶやいた。大きな瞳がさらに大きく開いている。思わず両手で握りこぶしを作ってしまった。これで、これでようやく、自分は認めてもらえる……。
エリスの目の前にある狭間から、血まみれの手が伸びてきた。その手は壁の端をつかむと、リザードマンが額から血を流しながら現れた。エリスは思わず悲鳴をあげた。
エリスの耳元をかすめるように剣が突き出され、剣はリザードマンの目を刺し貫いた。リザードマンは無言で壁の下へ姿を消した。
「さすがに硬いやつらだ。あの爆発でも生きていやがる」
声の主はケインだった。ケインがエリスの背後からリザードマンを刺したのだ。
「あ、ありがとう、ケイン……」
「礼には及ばない」
ケインは短く応えると、足早に隣の魔法使いの元へ走っていく。そちらでも1匹のリザードマンが壁を乗り越えようと、狭間の端に手をかけてぶら下がっているところだった。ケインはそのリザードマンの喉を突いて下へ落とした。
エリスはぼんやりとケインを見送っていたが、我に返ると呪文を唱えて壁の下に雷を落とした。足元から複数のリザードマンらしい悲鳴があがってきた。
エリスは大きく深呼吸すると、「ほんと、硬い……」とつぶやいて、さらに魔法を唱えるべく口を開いた。
「初手の戦果は、文句なし、だな」
双眼鏡でのぞきながら、ザバダックはつぶやいた。まだ少し呼吸が整っていない。彼は、メネア手前の坂で敵に一撃を加えてから、この司令部の屋上まで一気に走ってきたのだ。さすがに息が切れて、しばらく口もきけない状態だった。予定通り爆発が起きて、魔法使いたちが攻撃している間に、ようやく息が整ってきたのである。
「目算ですが、千の敵は倒したと思います」
ザバダックの隣で、メリーが同じように双眼鏡でのぞいていた。彼女は、司令部の屋上での戦況確認と、屋上からの牽制役を担っていた。爆風の影響を受けやすい壁からは離れて、屋上からメネア内部に侵入した敵を狙い撃つためだ。
「当初の目標は達成できた。敵も一割の戦力を削られて、さぞ肝を冷やしただろうな」
ザバダックは目をこらして奥をよく見ようとした。魔侯軍の後列は、爆発と飛んでくる岩に驚き、かなり遠くまで退却していた。しかし、完全に引いたわけでなく、遠くで足を止めて、こちらの様子をうかがっているようだ。
「……そうでもないか。魔族は簡単に心が折れないねぇ……」
ザバダックは仕方がないというふうに苦笑いを浮かべて、のぞいていた双眼鏡を下した。
「だが、これでやつらもうかつに近づくことができなくなった。整備された道が、一瞬で悪路に変わったんだ。もたもた坂道を登って行こうとすると、こちらから矢と魔法の雨が降ってくるわけだからな」
「千年前に魔王と戦っていた人びとは、こうなることまで考えていたのですね?」
メリーが尋ねると、ザバダックはうなずいた。
「壁を何重にするより、こちらのほうが敵を狙い撃てるので有効だ。狭い要塞を最大限に生かす作戦だよ」
「これを、まったく無名の冒険者が思いついたのですか?」
「冒険者? ああ、彼のことか。彼は冒険者じゃないよ。『勇者の団』に志願する前はレンガ職人の見習いだったそうだ。勇者とともに戦いたいと、地元を離れて王都にやって来たのだ」
「一介のレンガ職人が……、しかも、まだ見習いの身で、過去の戦術を見抜いたのですか?」
メリーは信じられないように言った。
「彼は頭がいい。特に観察力と洞察力に優れているんだ。攻撃役にしておくには惜しいね」
ザバダックは身を乗り出して、下を見下ろした。この頃には、ザバダックの息もようやく整った。
「ケインたち、魔法使いの護衛隊もうまく機能している。こっちはまったくの無傷だな」
「しかし、煙は晴れました。敵も再び襲ってくるでしょう」
メリーは手にしているボーガンを構えながら言った。
「敵が襲ってくるのは間違いないだろう。しかし、すぐではないと思うよ。やつらは次の罠を警戒している。しばらくは遠巻きで警戒して、少しずつ距離を詰めるだけじゃないかな」
「敵に囲まれる時間を与えるのはまずいのでは?」
「この籠城戦は覚悟のものだよ。退却に使う道を悪路にしたのもそのせいだ。俺たちは、『解放戦争』では実際に行われなかった、最終決戦を実行しているんだ」
ギデオンフェル王国が成立する前から、魔族の大規模な戦争には、その戦いを象徴する言葉に『戦争』をつけて呼んでいた。千年前に勇者ラファールが魔王を倒し、その支配から人びとを解放した戦いは『解放戦争』と呼ばれている。今回の戦いは、魔侯アルタイルを討つためのものだ。後に、この戦いは『討伐戦争』と呼ばれるようになる。
「賭けですよね。味方が助けに来るかどうかは……」
メリーは不安そうな声でつぶやいた。
メネアに留まって敵を迎え撃つと決まってすぐ、ザバダックは王国軍から援軍を要請するように動いた。ハミルトン少佐はすぐに同意し、王都とコリントへ救援要請する兵を出発させた。本来なら、コリントよりアッチカのほうが近いので、アッチカにひとを送るべきである。しかし、「あの副官は将軍の指示以外は受け付けない」ということで断念したのだ。そのため、アッチカよりさらに遠いコリントへひとを送ることになったのだ。メリーの懸念は一昨日の作戦会議でも触れられていた。
「ランブル将軍は動いてくれますでしょうか?」
スライスが遠慮がちに声をあげた。当初の打ち合わせを無視して、勝手にコリントで陣を敷いた将軍に対し、不信感を募らせているのはスライスだけではなかった。
「無理じゃねぇかな。将軍の頭の中に『攻め』の考えがないのだろう?」
トルバがつまらなそうに言った。ラリーもその横でうなずいている。
「とは言え、メネアに送った2千の兵と我々をむざむざ見殺しにする方でもあるまい。自分の過ちをそのまま見過ごすことはないと思うが……」
ザバダックが将軍をかばうように発言したが、当のザバダックの声にも自信が感じられなかった。
「いずれにせよ、援軍の要請を行なわない話はないです。要請はコリントにも送りましょう」
ハミルトン少佐は結論づけるように言った。
要請のための兵士が早馬にまたがり、王都とコリントへとそれぞれ駆けていったのは間もなくのことである。その様子をリオンたちは静かに見送っていた……。
「籠城戦で勝つためには、味方の救援が必須だ。井戸水があるから、水はともかく、食糧は長くは持たない。長期戦になれば、俺たちは全滅する」
ザバダックは遠くに目をやりながらつぶやいた。司令部の屋上は爆薬の匂いが漂っていたが、ザバダックに気にしている様子はない。むしろ、そんなことを気にかけていられないほど、彼方でこちらをうかがう魔侯軍に集中していた。
「さあて、『二の矢』を放つ算段をしなければな」
ザバダックは張りのある声で、誰に言うともなく言った。




