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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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陵墓への襲撃【scene13】

13


 メネア山にある『名もなき陵墓』は白亜の壁にぐるりと囲まれていた。背の高い壁のため、中の様子は誰にも見ることができない。メネア山は間もなく日暮れを迎えようとして、白亜の壁は赤紫の色に染まっていた。

 スライスは赤紫の壁にもたれかかっている自分の影を見つめていた。今日一日、敵の1匹も姿を現さなかった。メネアの要塞のある方角から大きな爆発音がしたのが、遠くにいるはずのスライスの耳にも聞こえた。昨日聞いた作戦は予定通り進行しているに違いない。おかげで、ここまで敵がやってこないのだ。スライスはそう信じていた。

 スライスは自分の影から視線を外し、高い壁を見上げた。この遺跡を囲む壁には防御魔法と反撃魔法が仕込まれている。遺跡を見たいと壁をよじ登ったりしたら、何らかの攻撃がなされるはずである。魔侯軍に狙われている『名もなき陵墓』に興味はあるが、命の危険を冒してまで探りたいとは思わない。スライスはそんな好奇心と自制の気持ちが複雑にからんだ状態で、ぼんやりと壁に向かい合っていたのだ。

 あたりは刻々と暗くなっていく。スライスと同行した10番隊は等間隔で壁を囲んで、遺跡を守っていた。陵墓はそれほど大きいものではないので、百名全員が陵墓を囲んでいるわけではない。何名かは陵墓からそれほど距離をとらずに周囲を巡回している。『名もなき遺跡』はメネア山中腹より、さらに山頂よりに登った、ごつごつとした岩に囲まれたところにあった。そのせいで、見晴らしは良くない。メネアの町の周囲にはかなりの樹々が生えていたが、このあたりは小さな草がところどころで顔をのぞかせているだけである。それで、さらに何名かが高い岩に登って、遠くの警戒に当たっていた。視界をさえぎる木がないからである。

 「かがり火を焚きますか?」

 スライスの近くにいた者が尋ねた。間もなく、ここは夜になる。しかし、スライスは首を振った。

 「明かりを灯して、こちらの居場所を敵に知られると危険です。それに、満月ではないが、まもなく月が昇ります。多少は暗闇も弱まるはずです」

 「そうですね。わかりました」

 スライスに声をかけた男は持ち場に戻った。スライスは周囲を歩き、夜は交代で見張りを続けることを伝えて回った。三交代で夜を明かすのだ。10番隊の者たちは、朝からほとんど立ちっぱなしだったため、休憩が取れると安堵のため息をついた。それを見て、スライスはもっと早い段階で交代制を取るべきだったと反省した。敵がメネアを襲撃したとき、こちらへも敵がすぐ襲ってくると警戒して、交代のことは考えていなかったのだ。

 10番隊の隊長、テッド・バスは経験豊富な冒険者だが、単独ソロの活動が多く、隊を率いるには荷が重いところがあったと思う。陵墓に向かい、現地についてからも隊に守備の指示をするのは心もとなかった。しかし、面倒見のいい性格で、誰からも慕われている彼を隊長にしない選択肢はなかった。実際、テッド率いる10番隊は、もっとも統制が取れていた。だからこそ、百名で陵墓を守備する任務を彼らに任せることにしたのだ。ただし、作戦など軍事に明るくないテッドのために、スライスがそうたいちょう作戦司令として加わることにしたのである。これは正解だったらしく、テッドはスライスの指示にいっさい口をはさむことがなかった。むしろ、彼の指示を待ち望んでいるふうであった。面倒にならない点ではありがたいが、スライスもさすがにため息をつくしかなかった。それでも、交代で休憩を取ることが決まると、テッドは無難に班を整理し、守備隊はごたつくことなく交代制に移っていった。その点はさすがというほかない。スライスは深夜に警戒に当たることにし、月の出を待つことなく眠りについた。

 「作戦司令、作戦司令。交代の時間です」

 肩を揺すられ、スライスはもがくように目を覚ました。深い眠りについていたらしい。起きるのが辛い状態だ。スライスは頭を振りながら、わずかの間、状況が理解できずに戸惑った。そして、自分が熟睡していたことに気づくと、申し訳なさそうに肩を揺すった相手を見た。それはテッドだった。

 「大丈夫ですか? 疲れが溜まっていたのですかね?」

 テッドは気遣うように話しかけた。スライスは苦笑して首を振った。

 「いえ、大丈夫です。不思議ですねぇ。寝心地は悪い。安心して眠れる状況でもない。それでも、なぜか熟睡してしまったようです」

 テッドは不安そうな表情を見せた。気づけば、少し欠けた月が高く昇っており、月の光がテッドの顔を照らしていた。

 「大丈夫だよ、隊長」

 スライスは重ねて言った。テッドは口の中で「そうだと良いんですがね……」と歯切れの悪い言いかたをした。スライスは首をかしげた。その様子を見て、テッドが慌てたように両手を振った。

 「い、いえね、俺たち冒険者ってのは縁起だの、兆しだのを信じているところがありましてね。危険が近づいているときに、ひとはよく眠るって話があるんですよ」

 「私に危険が近づいているとでも?」

 「ま、まぁ、迷信ですよ、迷信。ただ、眠っているときに死んでしまえば、苦痛を味合わずに済むそうですから、ひとは本能的に苦痛のない最期を望んで熟睡するっていうんですよ。それで、さっきのことは単なる迷信に思えなくって……」

 『冒険者』はいわゆる水物の仕事である。運が良ければ儲かるし、悪ければ命を落とすこともある。どちらかと言えば理不尽な世界だ。そこに長く身を置いていたテッドであれば、迷信を信じる考えが沁みついても不思議ではない。それに迷信と呼ばれていることも、彼ら冒険者が長い経験の中で積み上げた知恵であるかもしれない。元は根拠のある話が、いつの間にか根拠を抜きに語り継がれたとも考えられるのだ。だが、知識人であるスライスも、テッドの話が正しいものであるとは考えられなかった。それで、スライスは力強くうなずいてみせた。

 「あなたの話は忠告として受け取っておきます。ですから、あなたはゆっくり休んでください。明日には、あなたの話が迷信であったことを証明してみせますよ。お互いが無事に顔を合わせることでね」

 スライスの話に、ようやく安心したらしい。テッドはうなずくと、陵墓の白い壁にもたれるように腰を下ろした。壁に頭をつけて目を閉じると、間もなく寝息を立て始めた。緊張状態の中、あたりを警戒し続けていたのだ。やはり、疲れが溜まっていたのだろう。

 スライスはテッドの様子を見届けると、周囲をひと回りして、警戒態勢の確認を行なった。あまり休みが取れなかったにもかかわらず団員の士気は高く、不満そうな表情を浮かべる者はいない。スライスは安心して、元いた位置に戻った。

 あたりはシンとした静けさで、風がそよぐ音も虫のなく声もない。このあたりに草がほとんど生えていないから、虫がいなくても不思議ではない。しかし、ここまで静かなところへ来たことがないスライスには、この状況は新しい体験のような気がした。そんな感慨はたちまち不快感で打ち消されることになった。周りが静かすぎるので、耳の奥に圧迫感を抱くようになったのだ。どこかキーンと耳鳴りのような音がしている気もする。どうも、落ち着かない。

 スライスは不快感に顔をしかめながら、月を見上げた。周囲の警戒をしなければならない身だが、月を見ていないとこの不快感を抑えられないと思えたからだ。実際、月の明かりは優しくあたりを照らしている。月の光にはひとの心を惑わすものがあると聞いたことがあるが、スライスはその話は誤りだと思った。彼の心は月の光で落ち着きを取り戻せたからである。

 ふいに、スライスは誰かに肩をつかまれた。驚いて振り返ると、テッド・バスがスライスの肩をつかんでいた。彼は真剣なまなざしでスライスを見ている。

 「作戦司令、下がってくれ」

 テッドの声には緊張感が滲み出ていた。額から汗が伝い落ちていくのが、月の明かりで見える。

 「どうしたのです?」

 スライスは先ほどまで眠っていたテッドが起きていることにも驚きながら尋ねた。

 「しっ! あまりに禍々しい気配で目が覚めちまったんです」

 テッドはゆっくりとスライスを後ろに押しやりながら小声で答えた。

 「……敵です」

 スライスは身体をびくっと震わせてあたりを見渡した。周囲にはゴツゴツとした岩が月の明かりに静かに浮かび上がっている。さきほどから目にしている光景だ。何も異常は見当たらない。テッドの思い過ごしではと思いかけたが、周囲にはテッドと同じように剣を構えている者や、休憩中だったはずなのに起き上がっている者も見える。彼らもまた、テッドと同じように敵の気配を感じたようだ。

 「くそ!」

 温厚であるはずのテッドから、苛立った声が吐き出された。「完全に囲まれている。気づくのが遅かった……」

――囲まれている?

 スライスは焦りにかられて駆け出しそうになった。それに気づいたテッドが鋭い声をあげた。

 「じっとしろ! 殺されたいのか!」

 これまでと違う乱暴な口調に、スライスは身体を硬直させた。これがテッド本来の姿らしい。スライスは恐怖に満ちた目でテッドの広い背中を見つめた。いったい、自分たちはどんな敵に狙われているというのか。

 スライスの背後から「うわぁあああ!」という悲鳴が聞こえた。スライスのいる位置から反対側で守っている者から上がった悲鳴らしい。悲鳴はひとつではない。方々から聞こえてくる。

 「やつらめ、始めやがった!」テッドが剣を握り直しながら叫んだ。

 「作戦司令、もうすぐ来るぞ。あんたも自分の身は自分で守ってくれ!」

 「な、何が……、何が来るんだ……」

 敵が来ることはわかりきったことだが、スライスは思わずつぶやいた。そのとき、やや斜め前方の岩陰から黒い小さな影が飛び出した。影はまっすぐに自分のかたわらで剣を構えている青年に突っ込んでくる。

 「ぐっ!」

 若者は剣を突き出したが、その剣は宙を斬った。影は若者の肩の上に飛び乗ると、そのまま高く飛び上がった。スライスは影をただ目で追うだけだった。どさりという音が聞こえ、音のした足元を見ると、先ほどの若者が地面に倒れている。首の向きが奇妙なほど横向きに曲がっているようだ。

 「ひっ」スライスは小さく悲鳴を上げた。若者の首は半分切れてしまっていたのだ。

 「うわぁ」

 今度は逆方向から悲鳴があがる。急いで振り返ると、先ほどの若者とは反対側で守っていた青年が上半身を黒い影に覆われているところだった。黒い影がサッと離れると、その若者も血しぶきをあげながら倒れていく。影は次にテッドに向かっていった。テッドは剣で影を受け止める。

 「こいつ!」

 ガキンと音をさせて影の攻撃を受け止めながらテッドが叫んだ。

 「こいつ、暗黒処刑人ダーク・アサシンだ!」

 月の明かりが舞台の照明のように、影を照らした。黒装束に丸い顔。鼻梁がなく、どことなく魚類を連想させる黒い目と大きい口。三日月のように大きく湾曲した短剣をきらめかせているのは、闇の住人、暗黒処刑人ダーク・アサシンだった。

 「こ、これが暗黒処刑人ダーク・アサシン……」

 スライスは驚愕に満ちた表情で小柄な敵を見つめた。背が低く、立っていてもテッドの半分ほどしか身長がない。それは、振り下ろされたテッドの剣を難なくかわすと、ひと飛びで大きく間合いを空けた。

――どういうことだ。なぜ、こんなに強力な敵が大勢で攻めてくる?

 暗黒処刑人ダーク・アサシンは1匹でも王国軍兵士50人を殺せると言われるほどの強敵だ。それが何匹も、辺境の『名もなき陵墓』に押し寄せているのだ。

 そこで、スライスは初めて気づいたように目を見開き、ガタガタと身体を震わせた。それは戦慄と呼べるものだった。

――私たちはとんでもない過ちを犯していた。魔侯軍はメネアを本隊で襲い、ここは少数の別部隊で攻めると思い込んでいた。でも、教授が言っていたではないか。やつらの目的は『名もなき陵墓』にある、と。それじゃあ、メネアを襲っているのは、やつらの主力ではなく、こちらを攻めているのが主力なんだ。逆だったんだ。勇者やこちらの精鋭を置くべきは、この遺跡だったんだ! それなのに、私たちはわずか百名でここを守っているのだ……。

 周りでは戦う音が次々と聞こえなくなり、かすかに呻き声が聞こえる。しかし、とどめをさされているらしく、それらの声はたちまち聞こえなくなった。

 テッドは1匹の暗黒処刑人ダーク・アサシン相手に善戦していた。しかし、周囲から味方を片づけたほかの暗黒処刑人ダーク・アサシンたちが集まってきた。彼らはいっせいに飛びかかろうと武器を構えた。

 「ちくしょおおおおおおお!」

 テッドの咆哮が合図のように、彼らはテッドめがけて飛びかかった。テッドはたちまち黒い影で覆われてしまった。影たちがいっせいに離れると、テッドは全身から血しぶきをあげて、ゆっくりと地面にくずおれた。

 スライスは声もなく、ただ壁に張り付いてこの惨状を見つめていた。恐怖で舌が乾き、声が出せそうにない。いや、ひと声でもあげれば、それを合図にいっせいに串刺しにされるだろう。さっきのテッドのように。

 スライスはじりじりと身体をずらしながら、その場を離れようとした。テッドを討ち取った連中はテッドを囲んでとどめをさそうとしていた。その隙に逃げなければならない。

 スライスは右手で壁を探りながら右へ進んでいた。陵墓の陰に入れば、やつらの目からも見えなくなるかもしれない。とにかく、気づかれずにこの場を離れるのだ。

 ぴとっと、右手が冷たいものに触れた。スライスはゆっくりと右手が触れたものに目を向けた。

 スライスの手は1匹の暗黒処刑人ダーク・アサシンの額に触れていた。それは黒く丸い目でスライスを見上げていた。

 スライスは、まったく感情のない目に魅入られたように動けなかった。その暗黒処刑人ダーク・アサシンは、スライスの右手を額につけたまま、短剣を抜き放った……。

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