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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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戦闘前夜【scene8】

8


 メネアの町に夜が訪れていた。あちこちにかがり火が焚かれて、王国兵士がそのそばで見張りに立っていた。彼らは一様に緊張の面持ちで、ぎこちなく周囲に目を配っている。昨日の夜に酒盛りをしていた『勇者の団』の者たちも、さすがに今夜は酒を控え、それぞれの宿舎で武具の点検をしていた。誰もが口数少なく、口元に笑みひとつ浮かんでいなかった。敵の規模はすでに彼らの耳に届いていて、明日の戦いが容易ではないとわかっているからだ。

 「今回の敵に、リザードマンが含まれていると聞きました。彼らはどのぐらいの強さなのですか?」

 剣を磨きながら、レトはルッチに尋ねた。ルッチもレトの隣で剣を入念に検めているところだった。

 「リザードマン? ああ、やつらは亜竜族に分類される魔族だが、多くの亜竜族に較べて、だいぶ人間に近いかな。近いと言っても、人間と同じ二足歩行で、身体つきが人間に似ているってだけだが」

 「ほかの亜竜族は二足歩行じゃないのですか?」

 「両手が翼で空を飛び回るワイバーン、両腕と両足がひれ状で、湖や海に棲む水龍だとか、海龍とか呼ばれるものも含まれる。亜竜族って範囲が広いんだ。ただ、人間のような知性や社会性を持っているのはリザードマンの系統ぐらいだな」

 「ずいぶんと大雑把な説明じゃない」

 ふたりの背後からガイナスの声が聞こえた。彼は武具の手入れもそこそこに、ベッドで横になっていたのだ。

 「起きていたのか」ルッチは振り返った。

 「夜と言っても、まだ宵の口だからね。それより、あなたたち、リザードマンのこと良く知らないの? まぁ、レトちゃんが知らないのは当然として、ルッチちゃんも戦ったことがないの?」

 「俺を『ルッチちゃん』と呼ぶな。気持ち悪い」

 ルッチは不機嫌そうに抗議した。ガイナスは横になったまま、にやりと笑った。

 「そんな邪険にしないでよ。せっかく、リザードマンの強さっていうものを教えてあげようとしてるんだから」

 「ガイナスさんはリザードマンと戦ったことがあるのですか?」

 レトも振り返って、ガイナスに尋ねた。ガイナスは軽く片目をつむった。

 「アタシは経験豊富なの、いろいろとね。リザードマンは、これまであなたたちが戦ったゴブリンやオークたちとは比べものにならないわよ。腕力、敏捷さ、頑丈さ。どれをとっても上回っているの。特に頑丈さは苦労するでしょうね。硬いうろこで覆われているのだから」

 「僕の剣で斬ることはできますか?」

 レトは磨いたばかりの剣を掲げてみせた。

 「背中から斬りつけても無理ね。背中は特に硬いから。斬るのだったら、腹やのど元ね。のどもうろこで覆われているけれど、のど元はさすがにうろこがないわね。そこまでうろこに覆われると、呼吸ができなくなっちゃうから。つまり、リザードマンと戦うには、背後から襲うのではなく、正面から身体の柔らかい部分を攻撃すること。これに尽きるわ。危険度は高いけれど、そこからでないと弱点は狙えない」

 「正面であれば、僕の剣でも通用すると」

 ガイナスはホホホと笑った。

 「あなたは意外と楽天的ね。正確に言えば、レトちゃんがリザードマンを背後から攻撃しても、間違いなく倒せない。背中の硬さはそれぐらい強固なものなの。正面からであれば、倒す可能性は生まれるけれど、簡単じゃないわよ。たいていのリザードマンは、レトちゃんよりも間合いが広いのだから。レトちゃんの剣が届くより先に、やつらのかぎ爪がレトちゃんののどを切り裂くでしょうね」

 レトは考え込んだ。「じゃあ、僕の前にリザードマンが現れたら、どうすればいいのでしょう」

 「そんときは逃げりゃいいのさ」

 オーギュストが、ルッチとは反対側からレトの首に腕を巻きつけて言った。

 「逃げていいんですか?」

 「レトは変則的な攻撃役アタッカーだ。前面で戦うには耐久性が圧倒的に足りない。頑丈な敵と対するのは壁役タンクの役割さ。俺たちカイル班の中では、デュプリと汎用型オールラウンダーである俺とのふたりさ。なあに、がっつり攻撃を防いでいる間に、俺たちの両脇からやつらの腹やのどを狙えばいいんだ。やってくれるだろ?」

 「もちろんです」レトは力強くうなずいた。

 「それより、お前は参謀のそばにいたほうが良くないか?」

 ペックがツヴァイハンダーを壁に立てかけながら言った。大型のツヴァイハンダーは、ランプの明かりを受けて、ひときわ目立って輝いている。

 「聞けば、今回の作戦に、お前が一枚噛んでいるんだってな。今日一日、俺たちはお前の策の準備に駆り出されていたんだぜ。あれがお前の策だって聞いてびっくりしたよ。あんなこと、よく思いついたものだって。だから、お前は前線で戦うより、参謀とともに策を練る役目が向いているんじゃないかってな」

 「僕は何に向いているのか、僕自身わかっていません。ただ、参謀の隣に立って策を練るなんて、僕にはとんでもないことだというのはわかります」

 「変なところで謙遜するよな、こいつ」ペックが呆れたような表情で笑った。

 「本心ですって」

 「こいつの言うことに嘘はないよ」

 ルッチがレトの肩をぽんと叩きながら言った。「こいつは正直の上に『バカ』がつくんだ」

 レトはじとっとした目つきでルッチをにらんだ。

 「そんな言いかたはないんじゃないですか」

 「でも、あの策はたしかに面白いわね」

 ガイナスは相変わらず横になったままつぶやいた。

 「あれがうまくいけば、相手に強烈な一撃を喰らわせられるわ。でも、問題は後よね。あの策は一撃のみのもので、後がない。もし、あれで敵を打ち破れなかったら、アタシたちは大軍に囲まれての籠城戦を強いられる。籠城戦で勝つには、味方の救援が前提になるけど、見当違いな作戦でコリントにたてこもる将軍が、アタシたちに援軍を送るなんて考えられないわよ」

 「そのことは参謀にも指摘されました。ただ、僕の策を使わない手はないともおっしゃってくださいました。そして、後の策は参謀が引き受けてくださったんです。参謀が何をお考えなのかはわかりませんが、参謀は必ず勝つ策を考えてくださるはずです」

 「そうだといいのだけどねぇ」

 ガイナスは天井を見つめながら、ちろりと舌なめずりしながらつぶやいた。


 司令部の一室で、ザバダックは図面を前にして腕組みをしていた。表情はわかりやすいほどの困り顔だ。ザバダックは、レトと話していたときを思い返していた。

――あんなに純粋な瞳で「後の策がなくて、ごめんなさい」なんて言われたら、「後のことは任せとけ」って言ってしまうわな。しかし、こんな籠城戦。『勝ち』の姿がまったく見えん!

 ザバダックは不機嫌に立ち上がった。基本的な対応策はいくらでもある。しかし、それらはすべて守るためのものであり、敵を討ち破るものではない。ランブル将軍のように、ただ耐えるだけの策は、このメネアでは通用しない。そうするには、味方の数と要塞の防御力が決定的に足りないのだ。せめて、敵の司令官を討ち取るなど、相手を撤退に追い込む作戦が必要だ。

――しかし、今回も、敵の司令官が誰かわからない。アングリアでは、そこを見誤ったためにチェック君が命を落とした。黒狼のような化け物が司令官だと、敵を撤退させるのはなかなか骨な話だ……。

 ザバダックは王国軍や『勇者の団』に「情報力」が不足していることを痛感していた。敵の情報が多ければ多いほど、そして、それらが正確であれば正確であるほど、対処する方法は生まれてくる。現在、彼の頭の中に『攻め』の策が浮かばないのは、この情報不足によることが大きいのだ。

 参謀を務める魔導士は再び腕を組んだ。城内で一番の知恵者と言われる彼でも、この難問はたやすく解けるものではなかった。ザバダックは腕を組んだ姿勢のまま、ぐるぐると部屋の中を歩き回る。考えは上っ面の浅いところをなぞるばかりで、核心に迫る考えはまったく浮かんでこない。ザバダックはようやく立ち止まるとため息をついた。

 扉を遠慮がちにたたく音が聞こえた。振り返ると、扉の陰からケインが顔をのぞかせていた。「今、よろしいですか?」

 ザバダックはうなずいた。「かまわないよ」

 ケインは部屋に入ると、ザバダックは図面を広げているテーブルに戻って腰を下ろした。続けてケインもザバダックの向かいに腰を下ろした。ケインはまじまじとザバダックの顔を見つめた。

 「そのお顔だと、『二の矢』を放つ算段はついていないようですね」

 「『二の矢』か。うまいことを言う」ザバダックは面白くもなさそうな声で言った。

 「斥候からの報告では、敵はここより1里離れた丘の上で陣を張り、今夜はそこで夜を明かすようです。かなり見晴らしのいいところで、夜襲をかけて数を減らす策は難しいでしょう。我々も、ここへ来る途中であの丘を通りましたから、敵があそこに陣を張るのが理に適っているとわかります。おそらく、明朝の夜明けと同時にここへ進軍するでしょう」

 「敵はずいぶん余裕を持って攻めてくるじゃないか。彼らなら今からでも攻められるだろうに」

 「今回の敵には獣人の姿が見られないとのことです。やつらであれば夜目が利きますから夜襲を行なう可能性はあったのですがね。おかげで、俺たちは今夜、寝る時間を取ることはできるってわけです」

 「君はこの籠城戦に反対していたんだってね、ケイン」

 「住民の避難が完了すれば、ここは放棄してもかまわないのではないかと。それに、メネアの上にある『名もなき陵墓』を敵にくれてやっても、陵墓はまだドドナの地にもあります。ドドナに味方を結集させれば、敵の大軍を撃破することもできましょう。今の俺たちにできるのは、あのレトの策で敵の鼻っ面に強烈な一撃を与えてやることだけです。まぁ、それがなければ、俺はこの籠城戦にやる意味なんて、まったく浮かんでこないのですけどね」

 「しかし、君のリーダーはやる気だ」

 ケインはうなずいた。

 「ええ。ですが、あいつの中にあるのは使命感とも勝利への渇望とも、ちょっと違うんです。あいつの中には、負けること、死ぬこと。そういった考えが抜け落ちているんですよ。あえて目をそむけているとも違う。どこか、俺たちの考えを超越したところにあるっていうのか……」

 ケインはそこで「いえ、やっぱり、よくわかりません」と言うと口をつぐんだ。

 「彼は覚醒者だからねぇ。俺たちとは次元の異なる思考をしているのかもしれない」

 ザバダックはケインに同意するようなことを言ったが、ケインは首を振った。

 「いいえ。あいつは俺たちとは『別』の存在ですけど、まったく人間離れしているわけでもないです。むしろ、妙に人間臭いところもあって……」

 ケインはそこで、リオンがスライスに激昂していたときの様子を思い出していた。あのときの表情は、日頃の冷静なリオンとは全く違うものだった。怒りと憎悪、そして、ケインにはわからない何か別の感情。そうした複雑な感情にあふれた険しい表情だった。あれは、まさしく俗世の人間が見せる表情だった。

……俺はあいつとつき合いが長いのに、あいつの本質的な部分をまるで理解できていないんじゃないか。あいつの穏やかな表情の陰に、ほかに何かあると疑ったことなんてないからな……。

 コツコツと再び扉からノックの音が聞こえた。入ってきたのはメリーだった。

 「ちょっといいかしら」

 「何だい、メリー」

 「あの材料がけっこう残っていたから、残り全部加工に回したのよ。そうしたら、酒樽6個分もできたのよ。さっき、ようやく残りを造り終えたところなの」

 「あの仕掛けのほかに、まだあれが使えるのか」ケインは驚いたようだった。

 「さすが鉱山の町だな。そんなに用意できるなんて」

 「昨夜、あなたたちが、酒盛りでだいぶ樽を空にしたからね。あれを収める容器も困らなかったわよ」

 メリーは皮肉っぽく付け加えた。

 ケインはメリーの皮肉を相手にせず、ザバダックに顔を向けた。

 「参謀、これ、使えませんか?」

 ザバダックはうなずいた。

 「俺もそう考えていたところだ」

 メリーはふたりの様子を見て、少し笑みを浮かべた。

 「いい知らせができたようで良かったわ。じゃあ、後のことは参謀と副長にお任せしてよろしいかしら?」

 ザバダックはうなずいて言った。

 「もちろんだ。君たちの苦労に報いるよう、俺が何とかしよう」

 メリーもうなずくと、部屋を出ようと扉に向かった。その背中へケインが「メリー」と声をかけた。メリーが振り返ると、ケインは笑顔をメリーに向けていた。メリーが思わずどきりとするほど、爽やかな笑顔だった。

 「ありがとう、メリー。君は最高だ!」

 メリーは少し顔を赤らめた。

 「よしてよ、恥ずかしい!」

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