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Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


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「大人」な考え【scene7】

7


 「では、私は10番隊とともに『名もなき陵墓』へ向かいます」

 スライスはリオンたちに手を振りながら言った。日暮れに近いのであたりは夕闇に包まれようとしている。魔侯軍の到着を明日に控え、彼らは敵を迎え撃つ準備に追われていた。ようやく一段落が見えたところで、スライスと10番隊が『名もなき陵墓』防衛の任務に就くことになったのだ。

 「ああ。向こうに着く頃には日が暮れているだろうと思う。本当はもっと早く向かわせたかったんだがすまないな。くれぐれも事故やケガに気をつけてな」

 ケインも手を振って応えながら詫びた。

 「仕方ないですよ」

 スライスは首を巡らせて今日一日過ごした広場を見渡した。司令部前の広場には多くの兵士や団員たちが歩き回っていた。誰もが顔や腕に黒い『すす』のようなものをつけて汚れている。

 「明日には敵が着くんです。ここで迎え撃つ準備が最優先ですからね」

 「本当にすまない」ケインは再び詫びた。

 「しかし、実験は上手くいきましたが、この作戦、うまくいけばいいのですが」

 スライスは手にしている球状の物体を見つめながら、手のひらで転がしてみせた。

 「ああ。俺もそれを願っている。逃げる選択を捨てて、みんなここに残ったんだからな」

 ケインはスライスが転がしている球状の物体に目を向けた。リオンが少し顔をしかめた。

 「しかし、面白い男ですね。……ええっと、名前は何って言いましたっけ。8番隊カイル班の……、小柄な若者」

 「レトだ」リオンがぶっきらぼうに答えた。

 「そう、そのレト。メネアの要塞に、魔王との決戦に備えた仕掛けが残っていると気づいたんですからね」

 「よく考えたら、俺たちにもわかったかもしれない。かつて、魔王と戦った人びとが、わざわざこの地を最終決戦の場に選んだんだ。策のひとつもあって不思議じゃなかった。俺たちが考えなしだから気づけなかったんだ」

 「問題は、あの仕掛けでどれだけの敵を削れるかだ」

 リオンが不機嫌な口調で口をはさんだ。ケインのどことなく弾んだ口調とは対照的だ。

 「敵の数は1万なんだ。千は削っておきたいがな」

 「さすがに千は無理だろ」

 ケインは苦笑して言った。「ただ、数百は……、参謀の『氷柱乱打アイス・ミサイル』で攻撃したぐらいの効果は欲しいな」

 「参謀がゼダンの丘で倒したのは数十匹ですよ。参謀の前にそれほど敵が集まらなかったんです」

 スライスが訂正した。

 「今回はメネアの正面に敵が殺到する見込みだ。思惑通りにいけば、初手で大量の敵を始末できる」

 ケインはワクワクしているように声が弾んでいる。リオンは興味なさそうに横を向いた。話を聞きたくないようなそぶりだった。

 「どうかしたのですか?」スライスがリオンの様子に違和感を抱いて尋ねた。

 「別に」リオンは短く答えた。

 「まだ、具合が良くないのですか?」

 スライスはリオンの体調がまだ回復していないのではないかと不安になって尋ねた。

 「俺は、大丈夫だ」

 リオンの声には力強さが感じられない。これでは「大丈夫だ」と言われても信じられるものではない。

 「やっぱり、本調子じゃない様子ですね。今日は早く休まれたほうがいいですよ。明日は、いよいよ魔侯軍が到着するんですからね。あなたが戦えなければ、せっかくレト君が思いついた作戦も効果が薄れます」

 「あいつの名前は出すな!」

 リオンは片手を大きく振って怒鳴った。リオンの剣幕に、ふたりは硬直したように身動きできなかった。リオンは険しい表情でふたりを交互に見ていたが、やがて「ばつ」の悪そうな表情になると顔を伏せた。「……すまない。急に怒鳴って」

 「わ、私こそ、すみません。気に障ることを言ったようで……」

 スライスもどもりながら詫びた。脳裏には入団審査の光景がよみがえる。そうだ、リオンはレトと剣を交えている。レトの戦い方にいらだったリオンが『聖光十字撃グランド・クロス』を放ったのだ。本気でなかったにせよ、人間のレト相手に。レトはリオンにとって「話題に触れてはいけない存在」だったのだ。スライスは理解した。

 「では、私は出発します。みなさんの無事を祈っています」

 スライスは頭を下げると、身体の向きを変えて歩き出した。ケインは手を伸ばして何か話しかけようとしたが、かたわらで身じろぎしないリオンを見て、手を引っ込めた。スライスは一度ふたりを振り返ったようだが、そのまま10番隊とともに出発した。

 「リオン、あいつが気に入らないか」

 ふたりきりになって、ケインは尋ねた。リオンのほうを見ずに、空を見上げていた。

 「別に」

 リオンは顔をそむけてうつむいたままつぶやいた。

 「お前の背中を守る、大事な仲間だ。あまり嫌ってやるなよ。ただ、ふと、思い出したんだが、お前、最初からあいつのことが気に入らなかったようだな。入団審査のとき、わざわざ自分が出向いて、あいつの前に立ちはだかったんだからな」

 リオンの顔色が変わった。大きく目を見開き、唇の端が小さく歪んだ。

 「何が気に入らないのかはわからない。だがな、俺たちが相手にしているのは魔族だ。人間じゃない。今は人間同士でいがみ合ってるヒマなんてないぞ。そして、そんなことをしていれば、やつらにつけこまれて殺されることになりかねない。いや、俺たちが味方を殺しかねないんだ。俺たちは人類の敵になるつもりか?」

 リオンは驚いたようにケインに振り返った。「……何を、バカなことを……!」

 「そうさ、バカなことさ。今、俺がここで言っていることはな。だから、俺をバカなままでさせてくれよ。頼むぜ」

 ケインはリオンの肩にポンと手を置くと、司令部に向かって歩き始めた。

 ひとり残されたリオンは、ケインの後を追うこともできず、ぽつんと立ち尽くしていた。


 「さて、あらかた見るべきものは見終わった」

 パジェット教授はがれきの中から身体を起こすと、自分の腰に両手を当てて身体をそらした。

 「教授。探し物は見つかりましたか?」

 やや離れたがれきの山から、ヴィクトリアが顔だけのぞかせた。ずっと捜索活動に集中していたのだろう。鼻の頭や、ほおが汚れたままだ。

 「ウスキ君。ここには探すべきものは残ってはおらんよ。あったとしても、やつらが根こそぎ持って行ったのだろうな」

 教授はあごのヒゲをしごきながら答えた。その様子は落胆しているというより、予想通りだと確信していたような、どこかさっぱりした表情だった。

 「陵墓の防衛機構が破壊されているから、ここまで調べることができるわけですが、何も残っていなければ、あまり意味もありませんわね」

 「そんなことはないよ、ウスキ君。何もない、ということが手掛かりなのだよ」

 ヴィクトリアは首をかしげた。「何もないが手掛かり?」

 「ここは便宜上、『名もなき陵墓』と呼ばれていた。形状が陵墓を連想させるものだったからだ。しかし、こうして調査してみると、ここは陵墓と呼べるものでないことがわかった」

 「陵墓ではない? ここがですか?」

 「やれやれ、君は歴史が専門ではなかったね。もし、ここが陵墓であるなら、当然あるべきものがあるはずだ」

 そこで、ヴィクトリアは気づいたようだった。「葬られた遺体がありませんでした、ここには」

 「正解。ここには棺も遺体も見つからなかった。やつらが遺体を棺ごと持って行ったのかもしれないが、そうであるなら棺を納めた玄室、またはそれに類する空間があるはずだが、その痕跡も見つからなかった。現在の我々は、死亡した状態のままだといずれ屍霊化グールかする呪いを受けている。そのせいで、遺体は必ず火葬される。ここが陵墓だとして、同様に遺体を火葬した場合は、遺灰を納める壺や箱が収められていたと考えられるのだが、その空間もなかった。つまり、これは内部に空間のない、岩の塊みたいなものだったのだよ」

 「空間がないと断言できるのですか?」

 「ワシはがれきを取り除いただけではない。記録に残っている陵墓の大きさと、これらのがれきの体積を比較したのだ。結果、がれきの体積は、記録の陵墓とほぼ同じとわかった。つまり、陵墓の中は詰まっていて空間が存在しなかった、ということになるのだ」

 「教授のおっしゃることはわかりました。ですが、ここが陵墓でないと結論するのは早いのではないですか。教授が調べたのは地上の建造物だけであって、地下に空間があるかはご確認されていないのでしょう?」

 「うーん、たしかに、地下を隈なく調べたとは言わないが、空間が存在するかどうかは、地上から叩く音を頼りに、ざっくりとは調べている。少なくとも浅い位置に空間は存在しない。そして、深い位置にも空間はないだろうと考えている」

 「それはどうしてです?」

 「これは学術的な根拠ではない。ここを荒らした魔侯軍が地下を掘り返さなかった。それが根拠だ。やつらは、わざわざ軍隊を組織して我が国に攻めてきた。しかも目的はこの『名もなき陵墓』だ。どうしてかは知らないが、やつらは陵墓の正体を知っておる。そして、その陵墓には、是が非でも手に入れたい物が存在するのだ。もし、それが地下にあると言うなら、せっかく陵墓を破壊しておきながら、地下を掘り返さないはずがないだろ? ただ、その場合、探し物はいったいどこに存在したのか、という問題が生ずるのじゃがな」

 「それはそうですが……」

 「何かね、学術的根拠がなければ納得できないかね?」

 「いいえ。教授の説明に納得はできるのですが、では、ここには何があったというのでしょうか? 遺跡そのものにも、その地下にも空間がなかったとなれば、彼らがここを襲ってまで手に入れたかったものって存在するのでしょうか?」

 「さぁ、さすがに見当もつかん。そもそも、ワシらが便宜上『陵墓』と呼んできた遺跡が、実際には陵墓でないことは、彼らのおかげで明らかになった。やつらの探し物が何であるか、陵墓の正体を知っているやつらの行動によって、今後、推察できるかもしれんがね」

 のんびりした教授の口調に、ヴィクトリアは少し眉をひそめた。教授の説明に納得できる部分はある。しかし、学者としてはずいぶん学術的思考が足りない気がする。

「教授ご自身は納得されているのですか? そんな勘のようなことでここの状況を推し量っておられますが?」

 教授は、ほっほっと笑った。

 「ウスキ君。学者に必要なのは、思考の柔軟さだよ。歴史を振り返れば、世紀の大発見などというものには、常識的には馬鹿らしい発想や視点、あるいは理に適っていない過程を経て見つけられたものがある。学者というのはね、どこか商人と似ているところがある。考えや、行動はともかく、結果が出て、はじめて学者として認められる。学者の成果も同様じゃ。方法論が正しかろうと、検証行動が真っ当であろうと、そこから何も得られなければ、その学者は無能と呼ばれるのじゃ。真っ当な商人でも、売り上げをあげられないのが一人前に認められないのと同じじゃよ」

 「教授は、この陵墓に対する推論の根拠が、魔侯軍の動きでも問題はないと」

 「どうせ、ここで調べたことは世に公表ができん。何の実績もワシに残らない。ならば、好きな考えで行動して何が悪い? 報告の義務がないから、大学からとやかく言われることもない。そもそも、ワシが休暇中に何をしているのか、大学はまったく把握しておらんのだからな」

 「教授はこの特別任務を楽しんでらっしゃるようですね……」

 ヴィクトリアは呆れぎみにつぶやいた。

 「どうせ、ただ働きじゃ。楽しまないでどうする?」

 教授の答えに、ヴィクトリアは額に手を当てた。「このおっさん、こういう性格だった……。忘れてたわ」

 呆れ果てているヴィクトリアを尻目に、教授はほっほっと笑って歩き始めた。陵墓跡近くの木陰に固めておいた自分の荷物に近づいている。

 「教授、これからどこへ向かうつもりですか?」

 我に返ったようにヴィクトリアが尋ねた。教授は荷物を拾い上げると、ゆっくりと振り返った。

 「もちろんメネアへ……と言いたいところじゃが、さすがに敵も近づいておるじゃろう。メネアの陵墓はあきらめて、ワシはひと足先にドドナへ向かおうと思うのじゃ」

 「ドドナですか」

 「そうじゃ。ここからだとゆっくり行っても3日で着くじゃろう。もし、『勇者の団』が敵を壊滅できれば良し。しかし、メネアを抜かれることになれば、やつらの次の狙いはドドナじゃからな」

 「『勇者の団』が敗れるでしょうか?」

 「あの若者が本当に覚醒者だとして、彼ひとりの力だけで勝てるものではないよ。それが戦争というものじゃ。もっとも、ワシはあの若者に期待はしておるんじゃがな」

 「でも、ドドナの陵墓へ先回りはする、と」

 「それが大人の考え方というものじゃよ」

 教授はヴィクトリアに向けて片目をつむってみせた。

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