表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ragnarok of braves ~こちらメリヴェール王立探偵事務所 another story~  作者: 恵良陸引


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/235

防衛戦の準備【scene6】

6


 「本当に迎え撃つのか?」

 メネアの人びとが続々と町を退去していくのを見送りながら、ケインはつぶやいた。ケインはリオンとともにメネアの高台から、町を去る住民たちを見守っていた。足元を通り過ぎる住民のほとんどは、何の感情も見せずに黙々と歩いている。彼らがこの事態をどれほど理解できているのか、その表情からはうかがい知れない。

 「作戦命令はメネアの防衛だ。それ以上の指令は来ていない。もし、ここを放棄するとなったとき、俺たちはどこに逃げ込めばいい? 戦わずに逃げ出したとなれば、そんな俺たちを受け入れてくれるところがあるとは考えにくい。ハミルトン少佐も戦うつもりでいる。俺たちが逃げ出してどうする?」

 リオンはケインと同じように住民を見送りながら答えた。表情は凪いだ湖の水面のように静かで穏やかだ。

 「しかし、3倍以上の敵だ。しかも、その中にはリザードマンの部隊も含まれているんだ」

 ケインは無駄だと知りながらもリオンに言った。


 魔侯軍の動向を知らせた兵士の報告には続きがあった。1万の軍勢には、百を超えるリザードマンの部隊も含まれている、というものだ。

 「リザードマンも魔侯の傘下にいたのか」

 ケインはソファにもたれながら天を仰いだ。直接戦ったことはないが、リザードマンの手ごわさは知っている。腕力はオーク並み、すばやさはゴブリン並み、知性はホブゴブリンと同等。しかも、身体を固いうろこに覆われているため、頑丈さは群を抜いている。これまで戦った魔族とは「格」が違う。

 「数でも負けているのに、今度はリザードマンのおまけつきだぜ。勝ち目はないだろ、これは。少佐、悪いことは言わない。ここの防衛は諦めて撤退しよう。まずは住民の避難を最優先に進めて、みんなの命の安全を確保するんだ」

 ケインは顔を戻すと少佐と町長の顔を交互に見つめた。町長はケインの言葉にブンブンとうなずいている。大量の汗が額からあふれて、今にも倒れそうなぐらいに顔は蒼ざめていた。戦いとは無縁に生きてきた者であれば当然の反応だ。しかし、少佐は厳しい表情のまま首を横に振った。

 「私は撤退に関する命令は受けていません。それに、王国兵士が戦わずに敵に背を向けたとあっては末代までの名折れとなるでしょう。今、引くわけにはまいりません」

……これだよ。まったく王国兵士ってのは、どうも融通が利かない。このままじゃ死んじまうんだぞ。

 ケインは不満そうに鼻を鳴らしたが、隣のリオンは少佐の言葉にうなずいた。

 「少佐の言う通りです。我々はここで敵を迎え撃ちましょう」

 リオンの言葉にケインは目をむいたのだった……。


 「リオン。実はこの戦いに勝算があるのか?」

 ケインは思い切って尋ねてみた。もしかしたら秘策が頭の中にあって籠城を決めたのかもしれない。そんなわずかの期待を砕くようにリオンは首を横に振った。

 「正直、わからない。ここの地形は『聖光十字撃グランド・クロス』を放つには障害物が多すぎて出しにくい。俺にとっての最高打撃の技が使えないんだ。まだ、打って出るほうが技を使える分、ましかもな」

 「『聖光十字撃グランド・クロス』を放った後は?」

 「力の続く限り、敵を斬りまくるだけさ」

 「ダメだ、絶対!」

 ケインは怒鳴り声をあげた。ふたりの足元を通りかかった住民の一部がびくっと身体を震わせて、不安そうにリオンたちを見上げた。ケインは苦々しそうな表情でリオンの肩に手を置いた。

 「お前、わかっていないな。あの技はただ強力なだけじゃないんだ。お前の命も削る技なんだ。アングリアの戦いの後、意識を失っているお前を見て俺は確信した。あれは、お前を殺す呪われた技だ」

 「そうかもな。あの技を使うたびに、俺は自分が壊れるような感触があるよ」

 「だったら……」

 「ケイン」

 リオンはくるりと身体ごとケインに向けた。

 「俺は別に勇者としてチヤホヤされたいわけじゃない。ただ、俺の居場所が欲しいんだ。勇者の家系でありながら、誰にも見向きもされない。明日のパンを買うお金もなくて、ただ空腹を忘れる方法を考えていた。それが俺の子供時代さ。どこにいたら良いのかわからない、それどころか生きて良いのかさえわからない。俺はずっと、そんな状態から抜け出したかった。今、俺は必要とされてここにいる。俺が生きている意味が、そこにはあるんだ。勇者として生きることが、そして、この戦場そのものが俺の居場所だよ。せっかく手に入れた居場所を、自分から捨てるはずないだろ? たとえ、自分の身体が壊れようともさ」

 ケインは言葉を失って、ただリオンの顔を見つめていた。違い過ぎる。リオンの生きる世界と、自分の世界とは何かが決定的に異なっている。しかし、その「違い」を言葉に表現することができない。明確に言えるのは、「自分はリオンの真の理解者になりえない」ということだった。そんなことは拷問されても口には出せない。もし、それを言葉にすれば、ふたりの間に取り返しがつかないほどの大きな亀裂が入るに違いないからだ。

 たまらず、ケインは顔をそむけて足元の住民に視線を移した。さきほど立ち止まった住民も、すでに歩き始めている。ケインはほっと息を吐いた。

 「たしかに、俺はあの村からお前を連れ出したいと思って、冒険者として誘った。あんな反吐の出そうな世界に、お前はいるべきじゃないと思ったからな。でも、それが、お前を殺すことになるなら、連れ出すんじゃなかったと思うぜ」

 「そんなこと言うなよ」リオンは微笑んで言った。どことなく寂しげな表情だが、うつむいているケインには見えなかった。

 「ケインには感謝してる。お前と村を出てからの5年。本当に充実していた。楽しいことばかりじゃなかったけど、それでも総じて『楽しかった』って思えるんだ。こんな気持ち、お前と村を出なければ感じることができなかった」

 「ええい、くそ!」

 ケインは両腕をぶんぶんと振りまわした。

 「こんな会話、まるで死ぬ前に交わすみたいじゃないか。やめだ、やめ。俺は司令部に戻って、参謀と作戦について話し合う。参謀は司令部にこもったきり考え込んでいたからな。何かいい知恵が浮かんでいるかもしれない」

 ケインはさっとリオンに背を向けると、リオンの返事も待たずにすたすたと歩き去った。

 リオンはさきほどと同じ微笑みを浮かべたまま、ケインを見送った。

 「ええい、くそ!か。ケイン、君のそういうところも俺を救ってきたんだ。君にはわからないだろうな……」

 リオンはケインの背中を見つめながらつぶやいた。


 レトは目の前を通り過ぎるメネアの住民たちを見守るようにして立っていた。8番隊はメネアを出た少し先の細道の警戒にあたっていた。レトたちが警護している道は、ハデス火山を迂回してスファクスの町へと通じている。スファクスの町までは徒歩で4日かかる。メネアの住民たちは、そこを目指すのだ。住民たちには老人や子供も含まれている。4日とはいえ、その道のりは楽なものとは言えない。命がけの逃避行なのだ。

 住民たちの行列を見送るレトの表情は、そんな過酷な旅を強いられる住民に対する同情の色は浮かんでいなかった。むしろ、住民たちを見ていないかのように、どこか上の空だった。

 「ルッチさん……」

 レトは隣に立つルッチに話しかけた。

 「何だよ」

 「ルッチさんは、最初にメネアへ到着したとき言いましたよね? 『なぜ城壁を二重にしたのか』って」

 「ああ、言った。それが?」

 「城の防衛力を上げるなら、城壁を二重にするのは有効なはずです。ですが、ルッチさんはそれに疑問を感じていました。どこに疑問を感じたのです?」

 ルッチは呆れたように口の端をゆがめた。

 「お前、さっきからボーっとしているが、そんなこと考えていたのか。大したことじゃねぇよ」

 「教えてください。僕も気になっているのです」

 「つくづく、変なやつだな、お前は。……ええっと、城や砦の防御を高めるのに壁は必要だ。これは当然だ。しかし、壁ってのは、ただあればいいってものじゃない。壁は外だけでなく内側にもさえぎる存在になるからな。無駄に高い壁は、防衛側が外の敵に攻撃する手段を奪う。あの狭いところじゃ、弓隊を用意して上に向けて矢を放つしか攻撃手段がない。敵の位置が見えないから、精度は悪いだろうし、逆に矢を打ち込まれたら逃げ場がない。一番外の城壁は、ただ壁として存在するだけで、守りには適していないのさ。大昔にメネアを要塞化した連中は、そういう意味で馬鹿なことをしたって思ったのさ」

 「デュプリさん、メネアの外側の城壁は、建設された当時のままのものですか?」

 レトはルッチのさらに向こう側に立っているデュプリに話しかけた。デュプリは軽くうなずいた。「そのはずだよ。メネアは、ほとんど当時の姿のままで町になったと聞いているから」

 レトは任務の最中であるにもかかわらず、腕を組んで考え込み始めた。

 「メネアは当時の決戦のために造られた要塞。なのに、理に適っていない構造のものだった。本当に、そうなのでしょうか?」

 「こだわるねぇ、君は」

 デュプリは苦笑いを浮かべた。「外側の城壁の問題点は、構造的な問題だけじゃないよ」

 「ほかにも問題が?」

 「外側の城壁にある登城門はメネアの一番左端にある。でも、そこは門以外に守りを置ける場所がない。あれじゃ、門を攻められたら、一時も持たずに破られるだろうね。だから、あれは気休め程度に造られたというのが定説さ。メネア防衛のかなめになるのは内側の城壁と内門さ。内門は鋼鉄の扉だし、門構えも登城門とは比べ物にならないくらい立派だ。もちろん頑丈さも保証できるよ。たぶん、俺たちは登城門である程度戦った後に、内門まで撤退して、そこで徹底抗戦するというのが戦いの流れになるだろう。外側の城壁は、まぁ、そうだな。時間稼ぎのためにあるのさ」

 「そういうものなのでしょうか?」レトは納得していない様子だ。

 ひとりの少年がレトたちの前を通りかかったのは、そのときだった。少年は足元の石を蹴りあげながら歩いている。目的地に着くまでに、石を蹴るだけで運ぶ遊びをしているのだろう。

 「あ」

 少年が蹴り上げた石は大きな弧を描いて、レトの頭上に落ちていった。考え事に夢中だったレトはそれに気づかなかった。石はポトリとレトの頭に当たった。

 「うわぁ、お兄ちゃん、ごめんなさい! わざとじゃないんだ」

 少年は慌ててレトの腰に手をかけて、レトの顔を見上げた。レトは頭の上から落ちた石を片手で受け止めた。

 「あれ、この石……」

 レトはぼんやりと石を見つめながらつぶやいた。ルッチはレトの肩に手を置きながら少年に話しかけた。

 「気にすることないよ。こっちのお兄さんも、まるで気にしていない顔しているだろ? 早く家族のところへ戻りなよ」

 普段、雑な話し方をしているルッチと同一人物とは思えないほど、優しい口調だった。少年は再び「ごめんね、お兄ちゃん」と謝ると、くるりと向きを変えて走り出した。少年の向かう先には、少年の両親らしい男女が足を止めて様子を見ていた。少年が両親に駆け寄ると、少年の両親もレトたちに会釈して歩き出した。ルッチは口もとに笑みをたたえて手を振ったが、レトは石を見つめたままだった。

 「おい、どうした? そんな石ころ、ずっと眺めて」

 ルッチが話しかけたが、レトは反応しない。レトは石に顔を近づけると臭いを嗅ぎ、ぺろりと舐めた。

 「おいおい、レト……」

 ルッチは呆れたようにつぶやいた。レトの行動はルッチには理解できなかった。

 レトは石を見つめたままだったが、表情は大きく変化していた。ぼんやりとした様子は消え、真剣な眼差しに変わっていたのだ。

 「メネアは、鉱山の町……。良質の硫黄が採れ、鉄や銅の生産もしている……。つまり、ここには炭も存在する……」

 レトはサッと後ろを見上げた。レトの視線の先にはメネア山がそびえ立っている。レトは雪が積もっているかのように見える白い山頂を見上げ続けた。レトはデュプリから聞いた話を思い返していた。そうだ、山頂が白く見えるのはグリフォンの糞の跡という話だった。グリフォンがいなくなったのは百年も前のことだと言うから、あれは百年以上も前のものだ。風向きのせいで雨が少なく、グリフォンの糞が洗い流されることがなかった。そして、火山のそばにある岩山であるせいで、山頂には植物が生えている様子もない。山頂に残された糞は、長い年月の間、そこに残り続けた。つまり、あの白く見えるものは、現在……。

 「そうか、そういうことか。だから、魔王と戦った人びとは、ここに要塞を築いたんだ。そして、城壁を二重にしたんだ」

 レトは納得したように声をあげた。その声にルッチは目を丸くした。「何だって? お前、城壁を二重にした理由がわかったのか?」

 レトはうなずくと、あたりを見渡した。

 「僕の考えが正しければ、この戦いに貢献できるかもしれません。さっそく隊長に話しをしようと思います。隊長から上へ報告を上げていただいて、すぐに取り掛かれば、まだ間に合うかもしれません」

 「いったい何の話だ、レト?」

 レトはルッチに顔を向けた。その顔は活き活きと輝いていた。


 「魔侯軍にひと泡吹かせる作戦です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ