包囲の穴【scene13】
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「おかしい……」
アングリアの正門をくぐり抜けたチェックがつぶやいた。チェックは参謀ザバダックとともにゼダンの丘を制圧。そのままアングリア攻略組に参戦すべく駆けつけたのだった。
「どうかしましたか、チェック殿」チェックのかたわらでウォレスが話しかけた。チェックたちは9番隊とも合流していた。
「敵が退却する気配がまったく見られないんです」チェックは辺りを見回しながら答えた。「ここでの戦いはもう、勝敗がはっきりしているはずなのに……」
チェックが戸惑った声をあげたのは、作戦会議で話されたことが頭にあるからだ。
「ひとつ質問いいですか?」
部隊の展開位置を決めたときだった。チェックは手を挙げてザバダックに尋ねた。
「何かね」
「参謀の策では、部隊は北と西に展開するものです。東は運河に面しているのでわかりますが、南側に一兵も置かないとはどういうことなのですか?」
「それが作戦の重要な点だからさ」
ザバダックはこともなげに答えた。
「重要、ですか?」
チェックの釈然としない様子に、ザバダックは指を一本立ててみせた。
「ひとつ確認したいが、今回の作戦の目的は何かね? 『アングリアの解放』だろ? つまり、敵を殲滅するのではなく、アングリアから敵を取り除くのが目的になる。似てはいるが、内容は大きく異なる。殲滅は敵を皆殺しにすることが主目的だ。しかし、『取り除く』のは皆殺しのみを意味しない。敵がアングリアを放棄して立ち去ることも含まれる。こっちが脅しをかけて敵さんが泡喰って逃げ出してもらえれば、こっちの被害も少なくなる。兵の補充が厳しい状況では、味方の損耗はもっとも避けたいことだ。そこで、アングリアの一か所を空けて包囲する。我々に北の城壁や正門を押さえられたら、さすがにやつらも自分たちの敗北を理解するだろう。そのとき、もし、逃げ場がなければ、やつらは覚悟を決めて最後の1匹になっても戦い続けるはずだ。当然、こっちの被害も相当数になると覚悟するしかない。何せ、死を覚悟した敵の攻撃を受けるんだからな。だが、南から逃げられると気がつけば、敵は南門から一斉に逃げ出すはずだ。こっちはそれほど頑張らずともアングリアを奪還できるってわけさ」
「包囲の一角を空けて攻めるという兵法ですね。何かで読んだ覚えがあります」
チェックは納得してうなずいた。
「その通り。あからさまな手だが、敵に兵法の心得があれば、こちらの意図を理解して、落としどころに応じてもらえるだろう」
「うまくいきますかね」ラリーが腕を組みながら疑わし気に言った。「あいつらにまともな知恵があるって考えられないんですがね」
「それに、こちらの意図が読めても応じない可能性もあります」トルバがラリーの懸念にかぶせてきた。
「やれやれ。ここでは、俺は新参者になるから、あまり信用できないってことだな」
ザバダックは頭をかいた。
「と、とんでもないです、参謀殿」
スライスが慌てたように手を振った。
「そうだぜ、参謀のおっさん。俺は人間相手に有効な策でも、魔族相手に通じるか疑問だって言ってるのさ」ラリーも手をひらひら振りながら補足した。
「……おっさんって……。たしかにおっさんだがな」ザバダックは苦い表情になった。
「2千の敵を全部相手にするのは面倒だ。できれば追っ払う策でいきたい。兵の展開は参謀の考えでいこう」
ケインがまとめるように言うと、リオンに顔を向けた。「それでいいな、リオン?」
リオンはうなずいた。「それでいい」
こうして、勇者の団は南側に穴を空けた形で兵を展開させたのだった。
戦いの情勢はこちらが圧倒していた。正門は突破し、北側から城壁を押さえてある。敵側にも弓を使うものはいるが、低地からの攻撃は命中度も低く、こちらの脅威にはなっていない。正門からは、リオンたち精鋭が進撃してアングリア内部の敵を殲滅しているところだ。ゴブリンやオーク程度の知能でも、この戦いの勝敗は決したと考えるはずだ。実際、遠目でもゴブリンやオークたちはたじろいでいる様子が見てとれる。そのまま背を向けて南門に駆け出してもおかしくない。だが、敵はそこで踏みとどまり、武器を構えるのだ。まるで、アングリアを死地と定めているかのようだ。追い詰められているのであれば理解できるが、そうでないからこそ理解できない。
「何か様子が違うな」
背後から声がして、チェックは振り返った。参謀のザバダックがチェックに近寄っていたのだ。
「参謀殿。敵が退却する気配を見せません。抵抗は弱いのですが、これでは掃討戦になります」
「……みたいだな。敵の抵抗が弱いので、こちらの被害は知れている。だが、だからこそ腑に落ちんな」
「私はこれよりリオンの元へ駆けつけて状況の確認と、彼の加勢をしたいと思うのですが」
「俺の護衛という役目のことなら気にしなくていい。俺の周囲は味方で固められているし、敵のいるところと離れている。俺は手筈通り、後方の指揮で勇者殿を支援しよう」
「よろしくお願いします」
チェックは一礼するとアングリアの中心部に向けて走り出した。
……敵の動きが予想と違うのは、やはり相手が魔族だからか? 魔族の思考は人間には計り知れないっていうことなのか……
チェックは考えながら走った。頭の片隅に何か危険なものを感じていたが、その正体はわからなかった。普段の彼は慎重な性格だが、これまでの冒険の戦いと異なる『戦争』の空気に冷静ではいられなかった。焦りの気持ちが募ってくる。
リオンたちはすぐ見つかった。アングリアの中心部にあたる通りの真ん中だ。元々、通りは商店街だったらしく、2階建ての建物が肩を寄せ合うように並んでいた。リオンたちは先頭で敵を切り払いながら前進している。チェックはケインの横に並ぶとすぐ近くのゴブリンを斬り倒した。
「応援に来ました。参謀にはお許しいただいています」
「チェックか。ありがたい」ケインは横目でちらりとチェックを見ながら言った。
「どうなのです? 敵は下がる気配を見せませんか?」
チェックの問いに、ケインはかぶりを振った。「いいや。敵さん、まだ頑張るつもりらしい」
「参謀の思惑は外れましたね」
「どうだろうな」
戦いの最中だが、チェックはケインに顔を向けた。「どういうことです?」
「いくら魔族が相手でも、表情ぐらいは読める。やつら完全に戦意喪失って顔をしているんだが、それでも引き下がろうとしない。……って言うか、引き下がれない様子なんだ」
ケインは目の前のオークを斬り倒しながら答えた。チェックは目の前で武器を構えている魔族たちが、いずれも怯えたような表情をしているのに気がついた。
「言われれば、そうですね。やつらは南門から逃げられることに気がついていないんでしょうか」
「そんなことはない。南門は開いているし、何匹かは逃げ出している。しかし、こいつらは逃げられるとわかってて逃げようとしないんだ」
チェックの動きが止まった。顔色が蒼ざめる。
「それじゃあ、まさか、こいつらは……」
風が唸るような音が聞こえたのはその時だった。
太いオークの槍が、まるで矢のように飛んでチェックの鋼鉄の鎧を貫いた。チェックは口から血が噴き出すのを感じながら仰向けに倒れた。倒れるまでのそのわずかの時間に、彼は状況を理解した。
……敵が逃げ出さなかったのは、逃げる気がないのではなくて、逃げられなかったんだ。敵である僕たちよりも恐ろしい存在が背後で見張っていたからだ。自分が逃げれば、そいつに殺されるという恐怖に縛られていたんだ。だから、こいつらは逃げ出したい気持ちを殺して、僕たちに立ち向かっていたんだ。こいつらにそんな恐怖心を抱かせたのは、きっと……
「チェックゥゥゥ!」ケインが絶叫した。リオンも剣を構えたまま凍り付いていた。
チェックを刺し貫いた槍が飛んだのは通りに並ぶ建物の2階あたりだ。そこから黒い影が姿を現わすと、大きく跳躍して通りへ飛び降りた。ずううんという腹に響く地響きに、ケインはおろか、周囲の魔族たちも動きを止めた。
「まったく、お前たちは情けねぇよな」黒い影が呆れたような声をあげた。それは、ゆっくりと身体を起こした。
「俺が出張らないと戦にならないなんてな」
立ち上がると背の丈は2メルテを超えるほどの巨体だった。一見大柄な大男だが、頭部は尖った口にぴんと張った耳。まるでオオカミそのもので、はだけた上半身も含めて黒い毛で覆われていた。それは、まさに直立した獣だった。
「まぁ、お楽しみはこれからさ。なぁ?」
『それ』は口の端に笑みを浮かべながら言った。




