窮地【scene12】
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ケインは屋上に侵入をはかるオークたちを防ぎながら、周囲に注意を払っていた。ときおり、投げ込まれるように矢が下から飛んでくる。適当に放ったものなので大抵は見当違いのところに飛んでくるが、たまにケインめがけて飛んでくるものもある。ケインはそれらを丁寧に叩き落しながら様子を見ていた。正門入り口を上から狙う敵は排除した。あとは正門を固めようと押し寄せる千に近い敵を後続が撃破できるか、である。数だけであれば圧倒的に不利だ。しかし、敵の多くが人間より非力なゴブリンだ。魔物狩りに手慣れた冒険者たちなら、対処は可能なはずだ。
リオンの様子も気にかかるが、リオンはほとんどその場を動かずに剣を振っている。屋上からの出口を塞ぐこともなく、昇ってくる敵を片っ端から斬っているようだ。遠目ではあるが、疲労を感じていないような軽やかな動きだった。リオン自らが言った通り、『聖光十字撃』使用後の極端な疲労は見られない。ケインが心配したことは杞憂で済みそうだった。
正門ではリオンの仲間たちが次々と押し寄せている。エリスの雷撃魔法で痺れたオークたちをトルバが切り伏せていた。トルバがいるということは、丘の制圧が完了したということだ。それは、2番隊から5番隊までの4百名が、リオンたちが率いていた3百名と合流してアングリア攻略に加わることを意味する。少々の違いはあるが、おおむね段取り通りだ。
……正門を完全制圧すれば、塔の周囲も掃討されて俺たちが動けるようになる。そこからはアングリア内部の掃討戦だ。戦況は大詰めってところだな。
不意に、ケインは背後の気配に気づいて振り返った。1匹のオークが音もなく忍び寄って剣を振り上げているところだ。
「こいつ! いつの間に!」ケインは叫びながらオークを斬った。気がつけば、塔の周囲から一斉にはしごがかけられて、そこからゴブリンやオークたちが昇っている。屋上へ続く出入口はケインによって侵入することができない。そこで、彼らは塔の外から一斉に攻めかかる手段を取ることにしたのだ。
「いちいち、知恵のあることをする!」ケインはひとつのはしごを力任せに押し倒した。はしごにはオークが数匹昇っていたが、オークたちは大声をあげながら地上へ落ちていった。ケインはすぐさま隣の壁に走り寄ると、顔を出したゴブリンの頭をはね飛ばし、ゴブリンがつかまっていたはしごを落とした。今度は、首をはねられたゴブリンに続こうとしていたゴブリンたちが地上へ落ちた。ケインはぜぇぜぇと息を吐いた。
「まずい、とんでもない重労働だぜ……」
ケインはあえぎながらもさらに隣の壁に向かった。そこには、また別のはしごがかけられ、オークが登り切ろうとしていたのだ。オークは叫び声をあげながら屋上へ降り立った。
「四方の壁すべてに対応できるか!」ケインはやけくそに叫びながらオークの剣を防いだ。
「じゃあ、2面ならどうだい?」
ケインの耳元から囁き声が聞こえた。ケインが横目で見ると、リオンの笑顔があった。
「リオン? どうやって、ここへ?」
リオンはケインに襲いかかっているオークを斬ると、ケインに顔を向けた。
「向こうの搭から飛び移ったのさ」簡単なことのように答える。
「マジで?」ケインはリオンがいた塔に目を向けた。ケインがいる塔と隣の搭は、10メルテは離れている。助走をつけても飛び移れる距離ではない。少なくとも通常の人間には。
しかし、リオンはアイリッシュ伯爵邸の塀をひと飛びで飛び越えてみせた。あの塀は2メルテ以上の高さはあった。ケインがいくら跳躍力に自信があっても、あれは飛び越えられるものではない。以前は超常的な力を見せつけられるたびに驚いていたが、最近は変に慣れてしまっていた。リオンが超越的な力を持っているのだと、改めて思い知らされた。
「……何にせよ助かった。俺の背中を頼む」
ケインはリオンと背中合わせにして剣を構えた。
「状況は上向いている。ここが辛抱だ、ケイン」リオンの声に、ケインは振り返らずに尋ねた。
「上向いている? これで?」
「敵が情勢を見極められるのであれば、俺たちを屋上に釘づけにしておいて、当面は正門の防衛に集中するはずだ。俺たちのことは後回しでもいいはずなんだ。なのに、わざわざ人手を割いて攻撃をしている。正門の攻撃が緩む分、こちらに有利に働くはずだ」
「理屈ではな。ただ、そのせいで俺たちがしんどい思いをする羽目になっている。味方がいつ正門を突破できるかわからないのに、俺たちがいつまでも持つとは限らないぞ」
「問題は、そこだな」リオンから弾んだ声が聞こえて、ケインは顔をしかめた。
「……リオン。お前、この状況を楽しんでいるだろ?」
リオンは笑顔を向けた。「まさか」
ケインはため息をついた。英雄気質というのがあれば、リオンの気質がそうだ。危機に陥れば陥るほど、気持ちが上がってくるのだ。今日は、すでに『聖光十字撃』を1発放っている。リオンが覚醒者だと言っても、残っている体力はそれほど多くないはずだ。こんな状況で声が弾むのであれば、「英雄気質で高揚している」と考えて間違いないだろう。
周囲からは続々と魔族たちが昇ってくる。リオンとケインは片っ端から斬り捨てた。これまで多くの魔族を倒してきたケインも、さすがに息が切れてきた。リオンに視線を向けると、リオンは背中で息をしている。ケインに顔を向けていないので表情はわからないが、余裕があるようには見えない。
「くそ! 正門に突入するのが早かったか……」ケインは口の端を噛んだ。勢いで突き進むリオンを抑えられなかった自分の責任だ。ケインは腹を決めた。自分がどうなろうとリオンは守る。リオンにはアルタイルを倒すという使命がある。リオンをここで失うわけにはいかないのだ。ケインはリオンに背中を合わせながら話しかけた。
「リオン、お前なら塔から飛び降りられるよな? 正門前ではエリスたちが敵を片付けている最中だ。そこへ向かって、一旦ここから離れるんだ。俺もお前の後から飛び降りて、一緒に脱出する」
「下手な嘘だな、ケイン」リオンは振り返りもせずに答えた。「俺だけ逃がして、自分は残る腹積もりだろ?」
「何言ってやがる」ケインは顔をしかめた。リオンの妙なところで勘が良い。普段は鈍いというか天然なところがあるくせに、だ。
「俺ならこの高さは大丈夫だが、ケインには無理だろ? 違うかい?」
図星だが「そうだ」なんて答えられない。
「あいにくと、そんな犠牲心なんて持ち合わせていないね。塔の高さを忘れちまってただけさ」
「へぇ」リオンはセリフを棒読みするような調子だ。
ケインはじろりとリオンを横目でにらんだ。「何だよ」
「別に」リオンは向かって来たオークを斬り倒しながら答えた。
こんなやり取りで時間だけが過ぎていく。敵は何が何でも塔の侵入者を排除しようと躍起だ。こちらのことを脅威に思ってくれるのは、かく乱した側としては願ったり叶ったりではあるが、効果がありすぎた。何事もあり過ぎて良いことはない……と思う。
「このままじゃじり貧で共倒れだ。お前にはまだ生きてもらわなくちゃいけないんだ。早く離脱するんだ、ここから!」
ケインはゴブリンを斬り倒しながら叫んだ。リオンからの返事はない。
「意地っ張りめ!」
ケインの怒鳴り声が塔全体に響き渡った瞬間だった。
風を切る音が耳元をかすめ、目の前のオークのこめかみに矢が生えた。オークはそのまま横倒しに倒れた。
「まさか!」ケインは城壁に目を向けた。リオンの口の端から笑みがこぼれる。「ようやく段取り通りか」
正門の上にはずらりと並ぶ人間の姿が見えた。北側の城壁を攻めていた6番隊から8番隊の者たちが正門の上まで制圧したのだ。
ルッチは正門の上からリオンたちを見下ろしていた。メリーたち弓隊の矢が、次々とリオンやケインを囲んでいる敵を倒している。
「外は押さえた。これから内部の制圧戦だ」
ルッチは誰に言うともなくつぶやいた。




