作戦変更【scene4】
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リオンが率いる1番隊は、2番隊や3番隊とともに、ゼダンの丘へ続く道を急いでいた。
天気が曇りがちだけでなく、森の中はうっすらともやがかっており、視界はあまり良くない。アングリアから最も離れた町や村では、すでに戦闘が行われているはずだ。敵は1匹残らず仕留めるよう指示はしているが、討ち漏らしを出さない保証はない。最悪の事態も想定して、先へ進まなければならない。
リオンたち、団の中心人物は馬に乗って進軍していたが、歩兵中心の軍であるため、進行速度はそれほど速いものではない。体力自慢の猛者もいるが、体力勝負が苦手な射手や魔法使いも引き連れている。先を急ぐと言っても、どうしても制約はあった。
「俺たちだけで丘へ向かって、丘を押さえるって手もあるぜ」
ケインはリオンの隣まで馬を進めると、提案するように話しかけた。
リオンは首を振った。
「もし、敵が丘の上で待ち構えていたら、俺はさっそく聖光十字撃を使わなくちゃいけない。ただ、そうなるとアングリア攻めには使えなくなる可能性がある。次に使えるようになるまで、どのくらい間隔を置いたらいいのか、まだわからないんだ」
「待ち構えている敵が多ければ、大技を使うしかないってことか」
「でも、敵が丘の上にいるかどうかはわからないんですよね?」
エリスがふたりに馬を近寄せて言った。
「だから、メリーとチェックを斥候に向かわせている。彼らが到着するまでに、俺たちも半分以上は進んでいないといけない」
ケインが手綱を操りながら答えて、後ろを振り返った。「しかし、この隊は足が遅めだ。みんな俺たちみたいに馬に乗っているわけじゃないからな。このままではあいつらを待ちぼうけさせてしまう。だが、この作戦は時間が大事だ。じっくりと構えていくわけにはいかないんだぜ」
「いつものケインらしくもない。何を焦っているんだよ。こんなのは想定されていたことだろ?」
ラリーが声をかけた。
「焦っているわけじゃない。でも、この状況が気に入らないんだ」
「何が気に入らない?」
「周囲の町や村では戦闘が始まっているはずだ。だが、この街道は静かだ。これまで通りかかる敵の1匹もいない」
「ありがたい話じゃないか。何か問題か?」
「かえって不気味なんだよ。まるで待ち構えられているみたいじゃないか」
リオンがケインの肩に手を置いた。
「もし、ケインが心配している通りなら、先を急ぐのは危険だ。メリーたちの報告を聞いて行動するほうがいい」
「……わかった」
リオンはうなずくと、後ろを振り返った。後に続く者たちは誰ひとり口を開く者もなく、黙々と行進している。表情にも変化がなく、何の感情もうかがえない。ただ、戦いの最前線に向かうのだという緊張感が、隊の全体を覆っているのは間違いない。
リオンが正面を向くと、目の前の街道を2頭の馬が走ってくるのが見えた。馬にはそれぞれメリーとチェックが乗っている。
「どうだ?」ケインがふたりに声をかけた。
ふたりはリオンたちの正面で馬を止めると、街道の先を指さした。
「丘の上には小さな陣が敷いてあって、ホブゴブリンやオークたちが集まっている。やつらに丘を押さえられている」
チェックの報告を聞いて、ケインが「くっ」と悔しそうな声をあげた。
「やつらに、俺たちのことがもう伝わっていたのか。くそったれめ!」
「ちょっと違うと思う」メリーが首を振った。
「本当に私たちのことが伝わっているのなら、大部隊で押さえているはず。でも、私が見た限りでは、敵の数は3百ぐらい。今の私たちと同数ぐらいだった。アングリアには2千を超える魔族がいるのでしょ? 街を押さえるのに人数を割くにしても、丘の兵数3百は少なすぎるわ。これは私の推測だけど、あそこは元々、やつらが押さえているところなのよ」
「ずっと前から押さえられていただと?」ケインが驚いて声をあげた。
メリーはうなずいた。
「私たち、敵がゴブリンやオークしかいないと思って、あいつらの知性を低く見積もっていた。でも、あいつらはアングリアを取り戻しに王都から軍を動かす場合、私たちがゼダンの丘を目指すって見当をつけていたんだわ。だから、最低限の兵は残すようにしていたのよ。おそらく、丘と街は連絡できる態勢が敷かれていて、丘に異常があった場合、街から増援が駆けつけるはず。丘の3百は、それまで私たちを食い止める壁役なのよ」
メリーの説明にケインは絶句した。後ろで聞いていたラリーも信じられない表情でぽかんと口を開けている。
「そんな話、信じられるか? ゴブリンやオークどもだぜ。いっぱしの軍略家のような考えをするっていうのか?」
トルバが疑問を口にしていた。列が止まったので、様子を見に後方から馬を走らせてきたのだ。
「今回、敵側の首脳部にはホブゴブリンがいます。ホブゴブリンはゴブリンと違い、だいぶ人間に近い存在です。背丈も通常の人間ぐらいですし、知能も人並みに近い。ひとの言葉を解する能力もあるそうですから、ひとと似たような軍略を考える者もいるのではないでしょうか」
トルバの後ろからスライスが現れて自分の考えを述べた。
「ホブゴブリンもゴブリンだろう? そりゃあ買いかぶりじゃねぇのか」トルバはまだ疑わしげだった。
「地図を確認しよう。誰か、参謀を呼んでくれ」
リオンが指示すると、エリスが馬から降りて地図を取り出した。スライスが馬を返してザバダックを呼びに隊列の後方へ走り出した。
ザバダックがリオンたちの元へ行くと、リオンたちは地面に地図を広げて、その上に石を並べているところだった。ザバダックの姿に気づくと、リオンは地図を指さした。
「参謀、あまり良くない事態です」
「さっきスライスから概略は聞いた。丘の上はやつらに押さえられているんだってな」
「それで、これからの行動を考えたいのです」
「出陣前に、この場合を想定して作戦を練ったじゃないか。残りの隊と合流して、一気に丘を獲るってな」
リオンは首を振った。
「あれは、こちらの動きをつかまれて、敵が態勢を整えた場合の強硬策です。一刻も早い対応を迫られてのもので、こちらの損害は大きいものになるはずです。ですが、今、丘を押さえている連中はこちらの接近に気がついていません。それなら、こちらの損害をできるだけ小さくした戦術が考えられるのではないかと思ったのです」
ザバダックは自分のあごを撫でた。「なるほどな。君の言う通りだ」
ザバダックは地図の上を見つめた。「詳しい状況を聞こう」
リオンは地図上の太い道の真ん中に置かれている石を指さした。
「ここが現在の我々です。街道を進んで、ふたつの丘を越えるとゼダンの丘です。ここにはゴブリンやオークの混成部隊3百が陣を敷いています。距離にして3里ほど。このまま進めば、3時から4時の間に丘の手前に着くでしょう。できれば日が暮れる前に丘を占領しておきたいのです。いかがでしょうか?」
「気持ちはわかるが、今日の戦闘はなしだな。それに王国軍の通過予定は明後日だし、作戦を明日まで伸ばしても問題はないはずだ」
ザバダックは地図を見つめながら言った。
「何だよ、残りの隊の合流を待つのか?」ケインが拍子抜けしたように言った。
「そうだ。理由は、こちらの数が少なすぎる。丘を獲るなら、短時間で決着をつけたい。狭い街道から、軍を広く展開させている丘の上に攻め込むのは、それだけで不利だ。同じ数でもこちらは敵に包囲されながら戦うのだ。損害を抑えたければ、少数での突貫攻撃は最後の策に取っておこうじゃないか。それより、今日中で街道周辺の町や村の解放にメドが立つだろうから、合流できる隊を編成して、丘を押さえるものと、アングリアに攻めかかるものに分けるほうがいい」
ザバダックの説明に、トルバが目を丸くした。「こっちのほうが少ないのに、それをふたつに分けるって言うのか?」
「本来なら、この二正面作戦は無茶苦茶な話だ。だが、ひとつだけ我々に有利なことがある。それは、こちらには勇者殿の聖光十字撃があることだ」
「それでも、まだ無茶な話だ。あの技は連発できないんだ。丘を攻めるのに使うにせよ、街を攻めるのに使うにせよ、1回ぶっ放せばしばらく使えない。そして、しばらくの間リオンは並みの剣士になる。力が回復するまで動きも落ちるんだよ。この前、百を超えるホブゴブリンどもと戦ったときのような動きはできないんだ。あの技は使いどきが難しいんだよ」
ケインは顔をしかめていた。たしかにリオンの大技の威力は計り知れない。しかし、あの技を前提にして作戦を考えられるのは気に入らない。それは、あの技を使った後のリオン憔悴ぶりを見てきたからだ。あれはとっておきの中のとっておきにしておきたい。つまり、めったに使わないようにしたいのだ。
「副長の勇者殿を気遣う気持ちはわかる。だが、あの大技でないと、数の不利を覆すことはできない。一撃で百を超える敵を倒せるのはあれぐらいだからな。それに、勇者殿だけに負担を強いるつもりはない。俺も魔導士の端くれだ。大型の攻撃魔法で支援させてもらう。聖光十字撃ほどの威力はなくても、百に近い敵を一撃で葬る魔法のひとつは使えるからな」
ケインはまだ渋い表情だったが、リオンが先を促した。「参謀、話を続けてください」
「アングリアは元々、城塞としての機能を持った街だ。つまり、城塞に相応しい攻めにくい地形にある。流通の要になる運河を魔の森ミュルクヴィズと挟んでいるのは、魔の森から攻めてくるかもしれない魔族に対して、運河で堀の役割を果たさせるためだ。中途半端に開けた場所にあるのは、敵が身を潜めながら接近するのを困難にするためだし、街の南側に水田が広がっているのは、ぬかるみで足を取られるので南側から攻めにくくしているのだ。環境と街の暮らしも防衛機能に関連付けてあるなど、アングリアは本当のところ攻めにくい街なんだよ」
「それを、あっさりと敵に奪われるなんて」トルバが呆れたように言った。
「そうだな。おかげで、こちらが攻めるのに頭を悩ませなければならん。アングリアを落とすためにはやつらに籠城はしてもらいたくない。さっき言ったように攻めにくいところなのでな。できれば打って出るようにさせたいのだ。こちらが二正面作戦で出れば、当然こちらは少数になる。ならば、やつらは勝てると思って打って出るとは思わんか?」
「まさか、その大勢で攻めてきたところをリオンの技で?」
ザバダックはうなずいた。
「敵を一掃する、というわけだ。それなら百と言わず、千の敵を葬ることもできるのではないかね?」
「あまり賛成できないな」ケインが手を挙げた。「なぜなら、その後がないからだ。リオンが動けなくなってからも戦闘は続くんだぜ。リオン抜きで残りを仕留められるかどうか、目算が立たない」
「おそらく、リオンの技で敵は大混乱に陥るだろう。統制が取れなくなった軍は、逃げ出すものや、わけもわからず恐慌状態で暴れるだけのものでごった返すことになる。その規模が大きければ大きいほど、収拾がつかなくなって戦線の維持ができなくなる。我々は収穫するように、あいつらの首を狩り取ればいいのだ。そのときは勇者殿の手を煩わせることはないはずだよ」
ザバダックの説明に、ケインは腕を組んで考え込んだ。たしかに、リオンの聖光十字撃を目の当たりにすれば、どんな敵も混乱するだろう。あの技の威力はやつらも想像できないはずだ。
「……リオンはどう思う?」ケインはリオンに尋ねた。
「王国軍を無事通過させるためには、せめて丘の敵は取り除いておきたい。アングリアを奪還するのに多少の時間がかかるにしてもだ。俺たちの優先順位は、王国軍がチリンスへの救援に向かうための道を作ってやることだ。参謀の考えに、丘の攻略部分が見られないが、そこに関する具体策はないのですか?」
「丘の上が攻めにくいのは、我々の攻め口が狭く、敵の守り手が広く土地を使える点にある。しかし、相手も狭い街道側に入ってきたらどうだろう? 地形の有利不利はなくなり、条件が対等になる。そうなれば、我々が数で劣ろうとも勝負ができる」
「街道に敵を誘い込むのですか?」リオンが尋ねるとザバダックはうなずいた。
「簡単にいくかな? 相手が誘いに乗らなかったら、にらめっこするだけだぜ」
ラリーが意地悪な口調で言った。周りから冷たい視線を集めると、慌てたように「だ、だってよ。あっちには知恵のあるやつがいるんだろ? そいつが『街道まで敵を追うな』って指示する可能性はあるじゃないか」と付け加えた。
「ラリーの言うことにも一理あります」チェックが腕を組んで言った。「この作戦は敵側の司令官を先に討ち取らないと成功の可能性が下がるんじゃないでしょうか?」
「あるいは、司令官が指示できない状況にするか、だな」トルバがチェックの考えにかぶせた。
「敵の頭は、おそらくアングリアにいるだろう。敵の司令官を倒すのはアングリア攻略組に任せるしかないな」ザバダックが地図上のアングリアを指さした。
「勇者殿にはアングリア攻略をお願いしたい。俺は丘の上の敵を一掃する役目を任せて欲しい。もし、街道に敵を誘い込めれば、俺の魔法の集中攻撃でやっつけてやる」
ザバダックはリオンたちの顔を順に見回しながら付け加えた。
「大丈夫。勝てるさ、俺たちは。楽勝でな」




