進軍開始【scene5~6】
5
レトたちが所属する8番隊は、夕方過ぎに本隊に合流した。合流する手前に小さな村があり、そこも攻略しておいた。今回は後方支援に回ったので、レトが直接戦うことはなかった。それでも本体に合流したころには、レトは疲労で誰とも口がきけなくなっていた。
「8番隊はアングリア攻略組に加わることになった」
ウィルは隊員たちの前で作戦の概要を話し始めた。
「僕たちは街道を外れて、森の中を進む。そして、北側からアングリアを攻める。北側には城門は狭いのがひとつあるきりで、そこを抜いて行くのは難しい。おそらく、敵はその門から出入りできないよう潰してしまっているはずだ。北側から攻め込むには、はしごを使うしかない。そこで弓隊は半数以上を大弓装備でいく。ボーガンを使用するのは数名の特に腕の良い者に絞る。大弓で城壁の陰の敵に射かけ、城壁の上からはしごを落とそうとする者にはボーガンで射落とすんだ。魔法使いはボーガン隊とともに城壁の上の敵を攻撃してくれ。その間に、攻撃役が城壁を昇るんだ。壁役は大楯を手に、弓隊と攻撃役の守備。向こうから撃ってくる矢を防いでほしい。作戦の概略は以上だ」
ウィルは説明を終えると、腰に手を当てて周りを見回した。質問を受け付けるぞ、と言っているようだった。
「北を攻めるのは8番隊だけですか?」どこからか質問が飛んできた。
「北を攻めるのは6番隊から8番隊までの3つの隊だ。西側の正門を勇者率いる1番隊、9番隊と10番隊の3つ。ゼダンの丘の上にも3百の敵が陣を敷いている。そこを2番隊から4番隊で攻略するんだ。残りの5番隊は街道を西にそれて、丘の西側から攻め込む。丘の西側も森で進めにくいが、側面から敵を叩くためだ。丘を短時間で落とせば、彼らはアングリアの攻略に参加できる。丘に戦力が多めなのはそのためだ」
「じゃあ、北に俺たちを配置させるのは、敵の注意を分散させるためもあるのか」
カイルが機嫌の悪そうな表情で言った。
「俺たちはどっちかと言うとおとり役になるってことだよな?」
隊員たちからざわざわとした声が起こった。ウィルは両手で抑えるようにして静まらせた。あたりが静かになるとウィルは再び話し始めた。
「たしかに、この作戦の役割は牽制役の意味合いが強い。だからと言って、北の攻略に手を抜いていいって話じゃないよ。もし、正門組よりも先に北を押さえることができれば、それは大きな手柄になる。国に帰ったら褒美がもらえるよ」
隊員からは「おお」という声が上がった。この義勇兵に参加している者の多くは、冒険者や賞金稼ぎたちだ。職業柄なのか、『褒美』という言葉に反応してしまう。
「どうせ戦うのなら、何かもらえるほうがいいよな、やっぱ!」どこからかそんな声も飛んでくる。
「そういうことだ」ウィルはうなずいた。
「もし、北の城壁を押さえられたら、弓隊と魔法使いを呼び、正門を押さえている連中の排除を行なう。攻撃役は城壁の上を進んで、正門の上にいるやつらを掃討するんだ。その際、敵のリーダーを仕留められたら、さらに褒美が増えるぞ」
隊員から再び「おお」という声があがった。
「みんなを乗せるのがうまそうね、あのひと」ガイナスが腕を組んでつぶやいた。
「手柄や褒美の話は本当か?」ルッチは疑わしそうな声だ。「義勇兵って、奉仕活動的な存在だと思うんだがな」
「それだけ、この作戦は困難だということよ」ガイナスは落ち着いた声で答えた。「簡単なものなら、そもそも褒美の話なんて出ないはずだわ」
「イヤな話を聞いちまったなぁ」ルッチは呆れたように天を仰いでため息をついた。
レトはルッチの隣に立っているが、舟を漕ぐようにゆらゆらと揺れている。その様子にガイナスは苦笑した。
「レトちゃんはおねむみたいね。今日が初陣だってことだから疲れちゃったのね。アングリア攻めが明日の朝で良かったわ。これから攻めろと命令がきても、これじゃカカシほどの役にも立ちそうにないわ」
「レトにケガはない。8番隊はほぼ無傷で本体と合流した。今夜休んだら、明日は万全の態勢で戦えるぜ」
ルッチはレトの身体を支えながら言った。レトは目を半開きにして、かろうじて立っていた。
「そう願いたいわね」ガイナスは周囲の顔を眺めた。レトほどではないにせよ、ほかの者たちも疲れた表情をしていたのだ。
「さぁ、今夜はよく休んでくれ! 明日は日の出前に出立だ!」
ウィルの元気な声が聞こえた。
6
アングリアの北側に入る森は朝もやの中だった。リオンたちはまだ薄暗いうちに宿営地を出発した。街道を外れて森へ分け入り、もやをかき分けるように前進する。朝の冷え込みは相当だったが、寒さに震えている者の姿はない。誰もが額に汗を流していた。それが、身体が火照っているからなのか、緊張のせいなのかはわからない。
「もやのせいで、進みにくいことこの上なしだが、一方で敵に見つかりにくい。運がいいのか悪いのかわからないな」
リオンのすぐ後ろでケインがぼやくようにつぶやいた。
「運がいいんだよ。何より、街道から丘へ向かう仲間が見つかりにくいのが大きい」
リオンはあたりに目を配りながら言った。
「作戦の成否は、俺たちの動きよりも参謀のゼダンの丘攻略にかかっている。参謀はわざわざ危険の高いほうを買って出てくれたんだ」
「アングリアの正面で戦うほうが高いと思うがね。お前は生き残れるかどうかの危険は計算に入れないんだな」
ケインは呆れたようにつぶやく。
「俺が言っている『危険』は、あくまで作戦の成否にかかる危険だ」
リオンの答えにケインは天を仰いだ。「やれやれ」
「リオン、気をつけてくれよ」
トルバがリオンのそばへ駆け寄って言った。
「すでに遅れ始めているのがいる。予定の時間までに最後尾が追いつくかわからないぞ」
「もともと足元の悪い道を進んでいるのです。ある程度は予想していましたが、このもやで遅れているのでしょう」
スライスがトルバの陰から顔を出した。
「最悪の場合、人数が揃っていなくても飛び出さなきゃいけないわけだ」ケインはつまらなそうに言った。「丘を攻める味方のもとへ、敵の増援を行かせるわけにいかないからな」
「作戦の修正はできないのですか?」
エリスが不安そうに尋ねる。
「参謀のおっさんを呼び寄せて相談するには、もう時間が経ちすぎている。今は予定時間までに森の出口へ急ぐしかない」
ケインが両手を挙げて答えた。もう仕方がない、といった様子だ。
リオンは森の中心を南進しているが、ラリーとメリーは森の東側を進んでいた。森を東に抜けると運河が流れている。かつてはアングリアを行き来する船が多く見られたのだが、魔族に占領されてからは船の往来はまったく見られない。この運河はアングリアだけが使うものだったので、ほかの船はよその運河を通って王都へ向かうようになったのだ。
「6番隊はちゃんとついて来てるかぁ?」ラリーが気の抜けたような声を後ろにかけた。ラリーの表情にはすでに疲れた様子が見える。
「たぶん、あなたを置いていったほうが早く進んでいると思うわよ」
メリーがラリーの背中をどやしつけながら言った。
「あなたがしゃんとしないと、ついて行くみんなも疲れてしまう。あなたはリオンを勝たせないつもり?」
「……んなワケねぇよ。ただ、このもやが思ったよりやっかいで、神経をすり減らされるんだよ。敵にとってもこっちの接近に気づかないだろうが、俺たちは俺たちで、敵が近くにいても気づけないんだからな」
「だったら、無駄口を叩かないで歩く。敵に接近を知らせるつもり?」
「へいへい」ラリーは首をすくめると、それからは無言で歩き続けた。
……ちぇっ。俺もリオンたちの後ろを歩いていきたかったぜ。やっぱり、敵と遭遇する危険と隣り合わせってのは嫌なものだぜ。
ラリーは腹の内でぼやいた。
……おまけに腹まで空いてきやがった。森のはずれに着くころには、俺は空腹で戦えないんじゃないか? くそっ。何で大事な時に、こんなつまらないことで悩まされてるんだ、俺は。
これまで魔族とは何度も戦ってきた。主にゴブリンなどだが、まれにギガントベアのような凶暴な魔獣を相手にしたこともある。だから魔族に対する恐怖心などない……はずだった。だが、相手の数は千を優に超えている。経験豊かなラリーもこれほどの規模を相手にしたことはない。もし、これが戦争ではなく、これほどの数を相手にするとなれば、ラリーは迷うことなく逃げていただろう。状況が不利と見れば撤退する。これは冒険者が生き残るための鉄則だ。戦争は常識が通用しないものとは思っていたが、生き残るための鉄則が守られないものとは思わなかった。
……そうさ。俺は怖いんだ。怖くて何が悪い? 人間は誰だって死ぬのは怖いんだ。怖いからこそ、その脅威を取り除く冒険者って商売が成立してんだ。街や村を魔族から救うことで、そうやって俺たちはメシが食えてたんだ。だが、今回は違う。性格がまるで違うんだ。同じ救うったってよ。いつも通りの気持ちで戦えるかって話だよ。
ラリーはすぐ後ろをついて歩くメリーを見やった。
……こいつは何を考えているんだろうな。さっきの様子じゃ、俺みたいにビビッていなかったように見えたが。これが、これまでとは違う殺し合いだって自覚あるのか?
「何よ」メリーがむすっとした表情で睨んだ。
「何でもねぇよ……。いや、待て」
ラリーは急に立ち止まると、あたりを見渡した。
「何、急にどうしたの?」さすがにメリーも不安そうな表情を見せて身構えた。
ラリーは油断なくあたりを見ているが、運河のある東側に目を向けると「見つけた、あれだ」と小声で言うと走り出した。
「え? え? 何?」メリーは戸惑ったが、急に何かに気づいたように鼻を動かした。「何? この甘い匂い……って、あいつ。まさか……」
ラリーは1本の樹に駆け寄っていた。「思った通りだ。こいつは梨の樹だ。ちょうど実が生っているんだ」嬉しそうにつぶやく。森の中で自生しているものらしい。あるいは誰かが落とした種がここで成長したものかもしれない。空腹を感じていた彼にとっては見逃せない獲物だった。
ラリーは樹のそばまで寄ると、果実を探した。すぐ手を伸ばせば届く位置に手ごろな大きさに実ったものがある。ラリーは迷うことなくそれをつかもうとした。そこでラリーは「おや?」という表情になった。自分より先に梨を獲ろうとした者がいるらしい。ラリーは実の上から誰かの手をつかんでいたのだ。
「あ、悪い……」
ラリーはつかんだ手の主に詫びた。相手は樹に抱きついて梨の実に手を伸ばしていたのだ。黒褐色の顔、極端に曲がったカギ鼻、子供のように小さい身体……。それは1匹のゴブリンだった。
ラリーとゴブリンはひとつの梨でつながったまま、しばし無言で互いを見つめ合っていた……。




