第二章 アングリア奪還作戦 戦場へ【scene1】
これまでのあらすじ:
魔侯アルタイルの侵略に対抗すべく、ギデオンフェル王国は勇者リオンを代表とする討伐軍の編制を行なう。その入団審査にレンガ職人見習いのレトは仮面の剣士ルッチと挑んだ。見た目では資質に乏しいと思われたレトは周囲の予想を覆す才能を示した。しかし、それが勇者リオンの不興を買うことにもなる。レトは勇者リオンとの一騎打ちに挑んだが、勇者の必殺技(かなり手加減されていたものだが)に敗北した。しかし、戦いの内容が評価されて、レトはルッチらとともに入団が認められたのだった。
こうして、リオンを旗頭とする『勇者の団』は結成された。かれらの初戦に向かうのは城塞都市アングリア。『勇者の団』千名に対し、守備する敵側は2千を超える戦力。実に2倍以上の戦力差があった。この不可解なほど不利な作戦に、彼らは挑もうとしていた……。
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王都から城塞都市アングリアまでは馬車で3日の距離だ。しかし、勇者の団は軍で言えば歩兵中心の軍隊なので、現地までは一週間かかる見込みだった。ちなみに、馬に乗っているのはリオンたち幹部だけだ。また、アングリア周辺の小さな町や村などは敵の侵略を受けていた。アングリア解放のためには、進軍途中にある町や村も解放する必要があった。そうしないと側面か背後から敵に襲われかねないのだ。
街道を進むのはリオンを中心とする1番隊を先頭に、2番隊と3番隊が続き、4番隊以降は街道を逸れ、周辺地域の探索および町や村を解放するべく行動を開始した。リオンの部隊約3百名はアングリアを見下ろせるゼダンの丘を目指し、そこで陣を張る予定である。進軍と軍事行動を同時に行なうのは、とにかく時間に追われてのことだ。
「アングリアに駐留する敵の数は2千前後。それが作戦部からの推測です」
出陣前に行われた作戦会議で、スライスは簡易掲示板を背に説明を行なっていた。掲示板にはアングリア周辺の地図が貼りつけられている。
「アングリアを襲撃した敵の数は、脱出した者からの証言より5千以上とのことでした。そのため、アングリアを防衛していた8百の駐屯軍は抵抗敵わず壊滅したということです。アングリアを陥落させた魔侯軍は2千ほどの部隊を残し、周辺地域への侵攻を開始。さらに少なくない数がポラトリスへ向かった。そう報告にはあります」
「つまり、アングリアには勇者の団の2倍の戦力があり、さらにその周辺にも少数の部隊が展開している、ということだな」
ケインは頬杖をついてつぶやいた。つまらなそうな表情だ。
「いきなり戦力的に不利じゃねぇか」
ラリーも不快そうな声で言った。
「戦力的に不利かは、敵の内訳を聞いてから判断してもらいたい」スライスは書類をめくりながら話を続けた。
「アングリアを攻めたのはホブゴブリンを中心として、ゴブリンとオークの混成部隊だ。ホブゴブリンは体格も知能も人間にかなり近いが、ゴブリンはともかく、オークは完全に力馬鹿だ。たしかに、ひとの数倍もある腕力は侮れないが、動きの鈍さといい、頭の鈍さといい、オークは攻略できない相手ではない。ホブゴブリンどもも、私たちは一個中隊を壊滅させているじゃないか。数は戦力の目安だが、この場合の数は大きな問題にならないはずだ」
「だが、あのときホブゴブリンの大半を仕留めたのはリオンだぜ」トルバが腕を組んで言った。「俺たちだけで、あの数のホブゴブリンを倒せたかは疑問だな」
「問題は別のところにもあると思うのだが」チェックが手を挙げて発言した。
「アングリア周辺の町や村を解放して進むのはいい。アングリアへ向かうのに側面や背後の危険を排除しながら進むことになるのだから。だが、同時に私たちの進軍が相手に知られることにもなる。アングリアに着く頃には、敵は体勢を整えて待ち構えているだろうな」
「待ち構えているならまだいい。あいつらが先にゼダンの丘で陣を敷いてしまうと、俺たちは軍を展開できなくなる。街道が塞がれることになるから王国軍も進むことができない。アングリアの攻略も、チリンスの丘へ援軍を送ることも、両方できなくなってしまう」
ラリーがケインと同じようにテーブルで頬杖をついて言った。メリーがじろりとラリーを睨んだ。
「ラリーの指摘はもっともだ。ここは危険を承知で、ゼダンの丘を目指すことと、周辺地域の解放を同時進行で進めるしかない」
リオンが地図を見つめながら言った。
「しかし、そうなると、ゼダンの丘には数百の部隊で陣を敷くことになります。それこそ敵が打って出るのではないですか? 千以上の数でです」
スライスは不安そうな表情で言った。
「数は問題ではないって言ったのは、お前のほうだぜ」トルバが指摘した。
「あの丘は見晴らしのいい地形です。千人の部隊を展開するには都合が良いのですが、少数で守るには不向きの地形だと思うのです」
「ゼダンの丘に向かうのは俺たち1番隊を中心として、2番隊と3番隊を合わせた3百で向かう」
リオンが指を3本挙げて言った。「もし、敵が打って出たら、俺が迎え撃つ」
「いきなり聖光十字撃を放つのか?」ラリーが慌てたように言った。「後が続かないぞ、それじゃあ」
「あの技については、少し使いこなせるようになっている」リオンはラリーに視線を向けて言った。「体力の消耗を抑えるやり方がわかってきたんだ」
「え? それじゃあ……」
「あいにく、連発はまだ無理だ。だが、あの技を使った後、しばらくは通常の戦闘が可能なぐらいには体力を残せるメドが立ったんだ」
「そうか……、まだ、連発は無理か……」ラリーは残念そうな口ぶりでつぶやいた。
「勇者殿が大技を使った後は、俺が引き受けよう」これまで黙って会議を聞いていたザバダックが口を開いた。彼も勇者の団の一員として軍議に参加していたのだ。
「俺だって魔導士だ。広範囲を攻撃する魔法のひとつやふたつは使えるからな」
「2番隊と3番隊は比較的に弓隊と魔法使い部隊の比率が高い。壁役で敵の侵攻を抑えながら、中距離からの攻撃を行なう。それならば、3百の数でも十分戦えるのでは?」
チェックがスライスに話しかけた。
「決まりだな。まずはゼダンの丘までの電撃戦だ」リオンが結論を下した。
こうして、4番隊以降の部隊はそれぞれ分かれて、周辺の町や村に向かったのだ。街道ではなく細い道を進むのは不安感や緊張感に苛まれる。うっそうとした樹々がすぐ横にあり、奥の様子がうかがえないからだ。時刻は昼前だが、天気は曇りであたりは薄暗い。そのおかげで森の奥はまともに光が差していなかった。こんな状態では、いつ敵から襲撃を受けるのかわからない。レトたちは周囲に目を配りながら慎重に進んでいた。
「正直、おっかないぜ」あたりをうかがいながらルッチがつぶやいた。
「ゴブリンどもなら大したことはないが、もし屍霊に襲われでもしたらな」
この世界では人間が死んでそのまま放置されると、屍霊と呼ばれる化け物へと変貌する。また、死者が屍霊と化すことを屍霊化と呼んでいる。そうなる理由ははっきりとわかっていない。伝承では、かつて勇者に倒された魔王が死に際に残した呪いによるものとされている。この異常な現象は主に人間に起こるもので、魔族やその他の生き物で起きることはめったにない。屍霊は生きとし生けるものに襲いかかり喰い殺す。屍霊は人間にとって身近な脅威だった。ルッチは魔族の侵攻で命を落とした者が屍霊化しているのではないかと恐れているのだ。
「おそらく、敵は殺した者の死体は処分しているはずです」レトは落ち着いた表情で言った。
「その根拠は?」
「屍霊は人間も魔族も区別なく襲います。あれらが襲う基準は、相手が『生きているかどうか』なのですから。魔族たちも人間の死体をその場に放って置くことはしません。彼らにとっても、生きた人間より死んだ人間のほうが脅威なんです」
ルッチは納得したようだが、表情は晴れなかった。
「死んでいる人間のほうがやつらにとっての脅威か。ずいぶんな皮肉だぜ」
レトはそれには何も応えずに歩き続けた。
「あの……、すみません」
レトは背後から声をかけられ振り向いた。レトぐらいの背丈の若者が不安そうな顔で歩いている。腰には身体に似合わないほど大きめのポーチを着けていた。
「ぼ、僕は6番隊デル班のアントニイと申します。急にもよおしてきたので、用を足している間にだいぶ遅れてしまったみたいなんです。この隊は何番隊でしょうか?」
レトは頭を下げた。「ここは8番隊です。僕は8番隊カイル班のレトと申します」
「うわぁ、だいぶ置いていかれてますね。ありがとうございます。急いで隊に戻ります」
アントニイはレトに頭を下げると小走りで走り始めた。レトが様子を見ていると、アントニイは「わかってる、いきなり失敗だ。でも、大丈夫。必ず追いついてみせるから」と腰のポーチに向かって話しかけているようだった。レトは首をかしげて様子をよく見ようと思ったが、アントニイの姿はすぐ見えなくなった。
「8番隊、止まれ」
ふいにレトたちの部隊に命令する声が聞こえた。8番隊の隊長、ウィル・フリーマンの声だ。
「8番隊はこれから隊列を離れ、西の脇道へ進む。その先にあるキュノス村へ向かうのだ」
「村は現在……?」どこからか尋ねる声が聞こえた。
ウィルはうなずいた。「おそらく敵に占領されている」
「数は?」今度は、別の方角から声が聞こえた。
「それは不明だ。村の規模から見て少数だと思うがな」ウィルは腰に手を当てて答えた。
「敵はゴブリンとオークの混成だ。連携も取りづらいだろうし、大したことないはずだ」
また、別の誰かが声をあげる。その声にウィルはうなずいた。
「その通りだ。だが、気をつけなければならないのは、1匹たりとも逃がしてはならない、ということだ。1匹でも逃がすと、アングリアに駐留する本体に我々のことが知らされてしまう」
「やることは『撃退』ではなく、『殲滅』ってことだな」ルッチはレトに囁いた。「いよいよ戦が始まるぞ」
さすがにレトも緊張した面持ちでうなずいた。
キュノス村への道はかなり細いものだった。馬車が1台通れる程度である。8番隊は3列に並んで進んだ。この頃になると、口をきく者は誰もいなかった。
不意に先頭のウィルがさっと片手を挙げて立ち止まった。それに合わせて全員が立ち止まる。ウィルは無言で右手を右、左、と順に差してから腰の剣に手を伸ばす。展開の合図だ。
ウィルの視線の先には、小さな小屋がいくつか並んだ村が広がっていた。




